第12話 英雄なんかじゃない
街へ行く当日の朝、ルーペアトがロダリオ公爵家に来た時に荷物が少なかったことで、持っている服も少ないのではないかと考えたリヴェスから水色の外出用ドレスが渡された。
ルーペアトのサイズはいつの間にかハンナに把握されていたようで、丈も完璧で動きやすくルーペアトが好む代物ものだ。
更にはちゃっかり短刀が隠せるポケットまである。剣を扱えることが知られたことで、そんなところまで配慮してくれるようになってしまって、ルーペアトは申し訳ない気持ちが湧いていた。
「お待たせしました」
「…良く似合っているな」
「用意してくださりありがとうございます」
「ついでに今日はルーの服も買えたらと思っている」
「はい?」
(まだ買うの?)
一着貰っただけでも、持って来たものと合わせれば問題なく着回せると思うのだが、それでは駄目なのだろうか。
「契約妻の私にそこまでする必要はないと思いますが…」
「いや、ロダリオ公爵夫人として流行りの服は持っておくべきだ。それに俺が妻に服も買ってあげない男に思われる」
「あ…そうですよね…ごめんなさい」
確かに公爵夫人なのにも関わらず、流行りに遅れた服を来て、それを着回しているなんて知られたら、ロダリオ公爵家の名に泥を塗るようなものだ。公爵家の身分に相応しい装いでいなければいけない。
もう伯爵家の養子ではないのだから。
それとリヴェスが妻に服を買ってあげないなんて思われてほしくない。ただでさえ根も葉もない噂が飛び交っているというのに。
今までの婚約者は好きに服を買っていたからリヴェスが用意する必要がなかったものの、ルーペアトが自ら何かを買うことがほとんどないから、こうしてリヴェスの手を煩わせてしまっているわけだ。
「最後のは冗談だ。別に俺はどう思われたって気にしない」
ルーペアトが真に受けたのが面白かったのか、リヴェスは珍しく笑っていた。
リヴェスがどれだけ噂も他人からの評価も気にしないとはいえ、ルーペアトはどうしても気にしてしまう。
(私が結婚を持ち掛けたんだし、リヴェスが悪く言われることがないように振る舞わないと…)
少し緊張して面持ちで馬車に乗り込み、街へと向かって行くルーペアトだった。
馬車に乗っている間は窓から見える景色に感動したり、リヴェスが丁寧に説明してくれて、楽しく過ごしていればあっという間に街に着く。
「とても広い…栄えてる」
「そうだな。ルーが以前住んでいた付近よりはかなり栄えているだろう」
ルーペアトは伯爵家に居た時の街ではなく、母国ヴィズィオネアと比べていたのだが。
伯爵家付近の街と、母国の街は似ている方だった。その二つと比べれば中央都は建物の造りも違ければ、人の数だって倍以上居る。
母国は兵力に力を入れていたから、こんなに店も商人も居なかった。国は隣同士なのに、これほど差が出るものなのか。
「こんなに人が集まっているのは初めて見ます」
前線で戦っていてもこんなに人が密集していることなんてなかったのに。
これでは気を抜くとすぐにリヴェスを見失ってしまうかもしれない。
「はぐれないようにな」
「はい」
そう言ってリヴェスはルーペアトの手を掴んで歩き出した。
ルーペアトはリヴェスの行動に最初は驚いたが、はぐれないためにはこうするしかないと一人で納得し、街を見るのに集中する。
進めば進むほど別世界に来たみたいで、次々と新しい発見がある。街の人達も生き生きしていて、ハインツはとても良い国だ。
ハインツの皇帝は優秀なのだろう。そうでないとこんなにも良い国は作れない。どんな人なのか会ってみたい気もする。
ルーペアトは母国の皇帝がどんな人なのかも、名前も知らない。居ることは知っていたのだが、両親に詳しく教えてもらったことがなかった。
明らかなのは、ハインツの皇帝ほど優れていないということだけだろうか。
「本当に良い国ですね。楽しいです」
「それは良かった。俺はこの国が好きだから」
「私も好きです」
(辿り着いた先がハインツで本当に良かった)
あの後、別の方角に進んでしまっていたら一生ハインツに来ることはなかっただろう。
思うがままに走ってここまで来たが、本当に運が良かった。
(…出来ることならずっとハインツで暮らしたい)
ハインツにはいつまで居られるかわからない。契約があるからリヴェスが色々用意してくれるとは思うが、生まれがヴィズィオネアだと知られたらどうなるか。
国を追い出される可能性だってなくはないのだから。
「もうすぐ花屋だ。ルーの探している花があるといいが」
「きっとありますよ」
と、思って店内を探し回ってみたものの、ブルースターは売っていなかった。
母国ではそれなりに売られていたから、ハインツでも絶対売っていると思っていたのに。
「ありませんでしたね…」
「仕方ない、花屋なら他にもあるから探してみよう」
「はい」
それから数店舗行ってみたが見つからず、時々休憩したりルーペアトの服を買ったりもしていれば、すっかり夕方が近くなってしまった。
ハインツでは売っていないかもしれないと、せっかくリヴェスが店を探し回ってくれているのに、諦めの気持ちが芽生えてしまう。
「大丈夫だ、絶対どこかに売っている」
「…ありがとうございます」
そう思っていたのが顔に出ていたのか、リヴェスは励ますように握っていた手に少し力を入れた。
リヴェスの励ましでルーペアトも前向きになる。
(そうだよね、ハインツなら売ってるよね)
そして中央都最後の花屋。これまでと違って店自体はそれほど大きくはないが、売っている花の種類が違うような気がする。この辺では見かけることのなかった花ばかりだ。
「あ!」
中に入ったルーペアトはすぐにある花に気がついた。今日ずっと探し続けていた、五枚の水色の花びらが星の様に見える花、『ブルースター』だ。
母が大好きで大切に育てていた花。
「やっと見つけた…」
「これがブルースターか…、確かにルーの瞳と同じ色で綺麗だ」
「この花は咲き終わりに連れて水色が濃くなっていくんですよ」
「そうなのか、不思議だな…」
話を聞いてみれば、ブルースターはこの辺では咲いていない花で、遠くの国から来ている花なのだそうだ。
この店ではそういった遠い国の花を多く取り扱っていると、店の人が話してくれた。
ブルースターは暑さに強く、暖かい場所で育てれば寒い冬も越せ、長く楽しめるらしい。
母が育てていたのは家の庭で、冬に枯れてしまうのはそういうことだったのかとルーペアトは納得した。
「屋敷に温室を作るか」
「そこまでしてもらうのは…」
「俺はあの屋敷に生まれた頃から住んでいるのではなく、褒美として受け取ったんだ。だから来てから日が浅くて庭にまで手が回っていなくてな。ルーが庭を飾ってくれると俺としては助かる」
「そうだったんですね。そういうことなら綺麗な庭に出来るよう頑張ります」
「ああ、楽しみにしてる」
リヴェスの屋敷のためという名目で、花をたくさん育てられるのは嬉しい。
(天国に居るお母さんにも喜んでもらえる庭にしたいな)
一人になってしまったけどお母さんと花を育てた大事な思い出は記憶に残っているから、これからもその思い出を失くさないためにも花を大切に育てていきたい。
温室を作り屋敷全体の庭を飾るため、ブルースターだけではなく他の花も買うことにした。
屋敷が華やかになるかどうかはルーペアトの手に懸かっている。
「そろそろ帰ろう」
「はい。…あ」
花屋から出れば子供達が木刀を持って遊んでいた。外でこんな風に子供が遊んでいるのを見るのは何年ぶりだろう。
母国では勉強に飽きた子供が外に出て遊んでいると叱られていた。
幼い頃から勉強と剣術の日々ではないハインツの子供達はなんて自由なんだ。
ハインツで生まれていたなら、両親とどんなに幸せに暮らせたのだろう。
そんなことを考えながら子供達を見ていれば、一人が負けてしまって倒れてしまった。
ルーペアトは近くに行き手を差し出す。
「大丈夫?」
「ありがとう!」
「…戦う時はね、相手の動きを良く見て隙を見つけるの。その隙をついて攻撃すれば勝てるよ」
ルーペアトの手を取り立ち上がった少年は、助言を聞いてもう一度遊び始める。
助言のおかげか今度は少年が勝ち、目を輝かせてルーペアトに駆け寄って来た。
「おねえちゃんすごい!ほんとうにかてたよ!」
「剣筋も良かったよ。良い剣士になれそうだね」
「ほんと!?ぼく、えいゆうにあこがれてるんだー!」
「英雄?」
「そう!りんごくのえいゆうだよ!一人でてきをぜーんぶたおしちゃったんだって!」
少年の話を聞いてルーペアトの鼓動が大きく波打ち始める。
(その英雄って…、そんなわけ…ないよね?)
隣国、そして一人で敵国の兵士を全部倒した剣士。そのどちらもルーペアトに当てはまる。
でもまだルーペアトと決まったわけではない。
恐る恐るどんな人なのか尋ねてみる。
「どんな…人なの?」
「う~んとね、かみは赤色で…目はね、おねえちゃんみたいな水色!」
少年の言葉を聞いて確信した。少年の言う英雄は間違いなくルーペアトだ。
目の色は同じ、そして赤い髪は血の付いたルーペアトの金髪のことだろう。
「…そっか」
なれると良いね、とは言ってあげることが出来ず、またねと手を振る少年に笑顔しか返してあげられなかった。
何故なら、あんな剣士にはなってはいけない。あれは英雄なんかじゃない。
「……ただの人殺しだよ」
ルーペアトと少年のやり取りを見ていたリヴェスは、英雄の話を聞いていたルーペアトの様子や、微かに聞こえた呟きの言葉に言葉を失った。
読んで頂きありがとうございました!
今回はこの先明かされる謎の種がたくさん散りばめられてる回です。
特にリヴェスの言葉に注目してみて下さい^^
次回は木曜7時となります。