第119話 幸せをくれてありがとう
皇宮で一夜を過ごしたイルゼは翌朝に心地良く目を覚ます。
ここ最近はティハルトやルーペアト達に恥を掻かせてはいけないと気を張っていたからか、無事に終えることが出来た安心感と最高の待遇のおかげで朝までぐっすり休めた。
使用人を呼ぶとすぐに朝の準備を始めてくれ、朝から豪華な食事まで。皇宮に泊まると皆これくらいの待遇を受けるものなのだろうか。
(ここまでしてもらうのは申し訳ないわ…)
ハインツを発つのは明日だが、今日も皇宮でお世話になるわけにはいかない。
とはいえ、宿に泊まる以外の方法はないのだが。
さて、朝食も食べ終えたのだが、この後どうすればよいのだろう。
ティハルトが色々心配だからと念を押され皇宮に泊ったものの、勝手に外に出たりするのはやはり良くないはず。
外出するならティハルトに聞きに行った方が良いと思うが、もう仕事をしているかもしれないし邪魔になっては悪い。
だから使用人に聞いてみることにした。
「ねえ、外出に関してとか、陛下から何か聞いていないかしら?」
「それらに関しては、皇宮内を見て回っても問題ないですし、街へ行かれるのでしたら馬車と護衛の用意をするように仰せつかっております」
「見て回っても問題ないって…、入ってはいけない部屋もあるのではないの?」
「いえ、入られて困る部屋はありません」
「そ、そうですのね」
(私のことを信用し過ぎじゃないの…?見られて困るものは全部片づけてあるのかしら)
あれこれ使用人に聞くと困らせてしまうだろうと、気になることはあるが諦めて庭へと行くことにした。
庭へ行くと花がたくさん咲いていてとても良い香りがする。
皇宮内を見て回るのは恐れ多いからと庭へ来て良かった。
「やっぱり皇宮といえばこうじゃないとね」
ヴィズィオネアも花が咲いていないわけではないが、威厳や見栄を張るために植えられているだけで、ちゃんとした手入れが行き届いてなかった。
今後ルーペアトが皇宮を管理することになるから、見違えるように元気になって素敵な庭にしてくれるだろう。
暫くの間、花を愛でていれば足音が聞こえ、音の方に顔を向ける。
「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。本当に良くして頂いて、とても快適に休むことが出来ました。ありがとうございます」
「それならよかった」
ティハルトと花。この二つが同時に視界に入ったことで、イルゼはあることを思い出す。
それは、ティハルトがハインツに帰る前に花を渡したことだ。
(花の意味…絶対調べてますわよね…?!)
鼓動が速くなり始め、内心不安や羞恥心でいっぱいになってきたが必死に取り繕う。
「…やっぱりハインツの皇宮は庭も素敵ですわね」
「気に入ってくれた?君に花を貰ったし、君もルーペアトも花が好きだから僕なりに色々調べて植えてもらったんだ」
「そ、そうなのですね。とても良いと思いますわ」
更に鼓動が速くなって心臓が口から飛び出そうなほど緊張が走る。
「ありがとう。それで、実は君に大事な話があるんだ」
「何でしょうか」
「ここで話をするのはおかしいかもしれないけど、僕とリヴェスの過去に関する話を聞いてくれるかな?」
「ええ。お聞きしますわ」
渡した花の意味を話題にされなくてイルゼは安堵した。ティハルトはイルゼがそう思っていることを察して、何も言わないでくれたのかもしれない。
ティハルトの過去について真剣に聞いていれば、鼓動も落ち着き緊張も解れてきた。
終始ティハルトは不安や罪悪感を浮かべた表情で話していたが、イルゼは話に一切口を挟まず最後まで静かに聞き続ける。
「ーハインツが良い国だと褒めてくれてありがとう、凄く嬉しかったよ。でも、僕は皇帝を上手くやれていると思えないんだ。皇帝にはやっぱりリヴェスの方が向いていると思ってる。これまでリヴェスにたくさん手伝ってもらっていたから今のハインツがある。けれど、これから先リヴェスは居ない…僕は不安でいっぱいだよ。ずっとリヴェスに助けられていたんだ、昔も今も。僕は兄なのに情けないよ…。こんな本当の僕を知って失望するよね…?」
それはティハルトが誰にも見せたことがない、自分の弱いところだった。
きっと誰にも言えなかったのだろう。自分よりも誰かのことを優先するような人だから。
「失望もしませんし、私は陛下の方が皇帝に向いていると思いますわよ」
「え?どうしてだい?」
「だって、彼は外交が下手ですもの。根は優しいのでしょうけど口調があれですから、今まで陛下の影として街で情報収集するのには良いですが、貴族達と親交を深めるのには向かないでしょう。その点、陛下は話すのが上手ですし、貴族達と仲が良いではないですか。国民だって陛下を信用しているのは、陛下の人柄があってこそです」
実際、二人がイルゼと初めて会話をした時、ティハルトは笑顔で友好的だったのに対し、リヴェスは警戒心が剥き出しだった。
最近は皇帝になるから意識し始めたのか、以前より良くはなってきているがもっと改めるべきだと思う。
「お互いに足りないところを補い合っていたんですのね。でも、陛下は自分に足りない部分をわかっていらっしゃるのでしょう?それならこの先成長していけますわ」
イルゼのお世辞じゃない、嘘偽りのない本音にティハルトは心を打たれた。
正直、イルゼが失望したり誰かを傷つけるようなことを言わない人柄だとわかっている。でも心のどこかでもしかしたらと思ってしまう自分がいた。
それがティハルトの笑顔と余裕の裏に隠されていた弱さ。
そんな弱さがあったからこそ、自分の意思を貫き通している強いイルゼに惹かれていったのだ。
「…ありがとう。これからもハインツをより良い国に出来るよう頑張る。その時は君も側にいて欲しい、君以外考えられないんだ」
突然のことにイルゼは動揺するが、こうなることを予想できなかったと言えば嘘になる。
お互いに少しずつ惹かれていたことは気づいていたから。
「…昨日、貴族達の前で話をしている陛下に見惚れていましたの、皇帝としてとても立派だと。そして、そんな陛下の側で役に立ちたいと思いましたわ。ですから、私も一緒に頑張らせて下さい」
イルゼが笑顔でそう言うと、ティハルトは嬉しさのあまりイルゼに抱き着いてしまった。
「本当にありがとう…!とても嬉しいよ」
「ちょっ…了承しましたけど、まだ婚約も何もしてないんですのよ?!こういうのはまだ早いですわ…!」
心の準備が出来ていないから、落ち着いていた鼓動が再び速くなりだしたし、身体中が恥ずかしさで熱くなっているのがわかる。
「嬉しくてつい…。でも婚約したら良いってことだよね」
「わかっているのなら口にしないで下さい!私だって嬉しいですし、抱擁は…嫌じゃないですから…」
「ごめんね、君の反応が可愛くて」
「もう!恥ずかしいから今は何も言わないで…!」
ルーペアトが繋いでくれた出会い。やっぱり結ばれたんだと喜びながらも笑われるだろうけど、ルーペアトに感謝しないと。
勿論ルーペアトだけじゃなく、ヴィズィオネアの件で関わってくれた人達にも。
ハインツの皆に出会えていなかったら、今頃ミランと結婚させれていてもおかしくないのだから。
(…ハインツに来て良かった。皆様方…ありがとう)
ティハルトの腕の中でイルゼは静かに涙を流していた。
読んで頂きありがとうございました!
イルゼの結婚相手を決めるという話が出てから、ティハルトと結ばれることになると、ほとんどの方がわかっていたと思いますが、やっとここまで書けて嬉しい限りです^^
次回は24日月曜日の7時となります。




