第106話 ルーペアトの両親に挨拶
今日はリヴェスと一緒に両親と会うため、朝から皇宮へと向かっていた。
皇宮は色々な準備があることで騒がしくなるからと、両親は敷地内にある離宮で療養中だ。
医師が様子を見たり、世話をするのに楽だからと、二人は同じ部屋で過ごしているらしい。
話をする上でも両親が別々の部屋で過ごしていたら、まだ健康ではないのに別の部屋へ呼ばなければいけないところだった。
同じ部屋で過ごしているのなら都合が良くて助かる。
「…なんだか緊張するな」
「リヴェスも緊張してるんだね」
「ああ。普通、婚約や結婚するとなったらお互いの両親に挨拶をするだろう?だが、俺とルーの場合それがなかったからな」
「確かにそうかも」
リヴェスがルーペアトを迎えに来た時、一応義母だったデヴィン夫人が居たが、あの時は緊張なんてしないだろう。
ルーペアトがそこで大切にされていたわけではないのだから。
「でも私はお義兄さんと会う時緊張したかな」
「そうだったな」
ルーペアトに家族は居なかったが、リヴェスには一人だけ家族が居た。
会ったのはすでに結婚した後だったこともあり、ティハルトと会った日はとても緊張していたことを覚えている。
「リヴェスの話を聞いてて優しい人だとわかってたけど、妻になった私を快く受け入れてくれて、喜んでくれたのが嬉しかったなぁ」
「ルーの両親は俺を受け入れてくれるだろうか…」
自分がどうなろうと子供の命を優先した両親だ。離れていても我が子を想い続けていたルーペアトの両親に、自分の過去のことを話すのは少し怖い。
両親を手に掛けた男が娘の夫だなんて、簡単に受け入れられるものではないだろう。
受け入れられなくてもルーペアトを諦めるつもりはないが、そのせいでルーペアトと両親の間に溝ができてしまっては困る。
だから何が何でも認めて受け入れてもらわなければならない。
「きっと大丈夫ですよ。私もまだ一度しか会ってないけど、私と血が繋がっているのなら受け入れてくれると思ってます」
ルーペアトが両親の立場だったらリヴェスのことを受け入れる。
だって娘が彼が良いと、幸せだと言うのなら、どんな事情があっても受け入れざるを得ないだろう。
「…そうだな」
ルーペアトの言葉に少し緊張が解れたようで、リヴェスの表情が和らいだ。
離宮に着き、二人は気を落ち着かせてから扉を開いた。
両親は二つ並んだ寝台の上で上半身だけを起こしている。会場で会った時より顔色も良くなり、かなり痩せていたのも多少は戻ってきているだろうか。
「…久しぶりです、元気でしたか?」
「ええ、調子も良くなってきてるわ。ルーペアトも元気だった?」
「はい」
まだ二度目だから会話はぎこちない。
リヴェスには想いを伝え合った日から、砕けた口調で話すようになったが、両親とはまだまだそんな風に話せなさそうだ。
「それなら良かった。隣の彼はルーペアトの護衛?」
「いえリヴェスは…」
「お初にお目に掛かります、リヴェス・ロダリオと申します。俺はルーの夫であり、今は公爵家当主ですがヴィズィオネアの次期皇帝となる予定です」
リヴェスは正装で腰に剣を携えていたからか、母に護衛の騎士だと間違われてしまったが、動揺する素振りも見せず落ち着いて挨拶をした。
「夫…結婚していたのね。指輪をしていなかったから、てっきりまだなのかと思っていたわ」
「どうして着けていないんだ?結婚したばかりなのか?」
両親から痛いところを突かれ、脈が速くなる。
二人は契約結婚だったから結婚式を挙げていないし、指輪も贈っていない。
皇帝になって色々落ち着いてからちゃんと結婚式を挙げるつもりだった。
指輪より先に贈ったものが剣だと知られたら怒られる気がする。
「えぇ…と、話せば長くなるんだけど…」
そうしてルーペアトはリヴェスとの出会いや、兵士になってからのことを両親に話した。
ルーペアトが話している間、三人は静かに聞いていたが、話し終わった時両親の目には涙が。
「そんなに苦労させて…辛い思いばかりさせてしまってごめんね…」
「辛いことばかりじゃないよ。確かに始めは死にたくなるほど辛かったけど、リヴェスと出会ってから楽しくて幸せをいっぱいもらってるので」
「良かった…。本当にごめんなさい」
「何もしてやれなくてすまなかった」
「もう謝罪は聞き飽きました」
許すとか許さないとか、そういうことじゃないし、謝られたからって何も変わらない。
ただ、これでもう過去の話をするのは終わりだ。
これからは未来のことを話していきたい。
「私達はルーペアトとエデルの両親で居て良いのかしら…?」
「良いとかじゃなくて両親でしょう」
「ありがとう。…これからは親らしく貴方達を見守れるのが嬉しいわ」
「…そうですか」
今はまだぎこちなくても、いつかは仲良く過ごせる日も来るだろう。
血が繋がっている家族なのだから、これまで過ごした時間が全くなくても、それよりも長い時間がこの先あるのだから、過去の時間なんて埋めていける。
「ルーペアトとまだ話したいこともあるし、せっかく来てもらったんだけど…、彼と二人で話をしても良いかしら?」
「はい、そう言われると思ってましたから」
「ありがとう」
ルーペアトはリヴェスに視線で応援していると訴えてから部屋を出て行った。
残ったリヴェスは何を聞かれても毅然とした対応ができるように気を引き締める。
「ルーペアトが結婚していたことにも驚いたけど、貴方が次期皇帝になるのね」
「エデルが皇帝になると思っていましたか?」
「いいえ、エデルはまだ若いからルーペアトが女皇帝になると思ってたの」
母親はそう予想していたようだが、リヴェスが居なければエデルが皇帝になっていただろう。それか、他国に奪われるか。
貴族に育てられたエデルと違って、ルーペアトは平民に育てられた兵士だったから。
いくらエデルが優秀と言えど、ルーペアトが皇帝になって国を治めるのは厳しいはずだ。
「俺は公爵位ですが、生まれは皇族で兄がハインツの皇帝です。兄の姿をずっと見て側で支えて来ましたから、国のことは俺達に任せて下さい。必ず良い国へと変えていきます」
「君は皇族だったのか…。それなら安心だな」
「そうね」
確か、ルーペアトの母親が皇族で父親は貴族だっただろう。
リヴェスが皇族の生まれだと知って安心したようだ。
しかし、話さなければいけないことがある。
リヴェスは一段と気を引き締めて口を開いた。
「一つ、話さなければならないことがあります。俺は…自分の両親を殺しました」
二人の表情が固くなり、空気が重くなったような気がする。
母親は少し考えて、聞きたいことがたくさんあるのを堪えて一つだけ質問をした。
「それは…ルーペアトも知っているの?」
「知っています。ルーもエデルも、ヴィズィオネアの貴族達も、あの日会場に居なかった者以外、皆知っていることです」
「それなら大丈夫そうね。ルーペアトが貴方と出会ってから幸せだと言っていた言葉に、嘘はなかったもの」
母親はリヴェスを安心させるためなのか、表情を和らげ微笑みを浮かべながら話していた。
父親も反対する素振りはなく、母親の言葉に静かに頷いている。
その様子にリヴェスは逆に心配になってしまった。
「何故なにも聞かないんですか。俺が両親を殺した理由とか…、どうしてそこまで大丈夫だと言い切れるのか不思議で仕方ない。俺が何か企んでいたらどうするのですか?」
「なら、どうして苦しそうに両親を殺したと口にするの?黙っていても私達は気づかなかったでしょうに」
そう、ルーペアトの両親は健康になっても社交界に顔を出すことはあまりしないだろう。
だから黙っていればリヴェスの過去なんて知ることもない。
「隠しておくわけにはいかないんです。ルーペアトのためにも、自分のためにも、自分がしたことに向き合って責任を取らなければいけない。俺のするべきことは一生償いながら国と国民を想い、ルーペアトを幸せにすることです」
「そこまでの意志を持っている貴方が両親を殺したなら、相当な理由があったのね」
「どんな理由があっても俺のしたことは正当化できません」
責められる覚悟でいたのに、何の疑いもなく受け入れて、それに話していないことを悟っていながらも聞いてくることもない。
どうして初めて会った男を信用できるのだろう。
「…そうね。今はまだ何も聞かないけれど、私はルーペアトの夫である貴方とも仲良くしたいの。だからこれからは貴方のことももっと教えてね」
「…ありがとうございます」
リヴェスは二人に深くお辞儀をしたが、母親の言葉に胸が温かくなって泣きそうだった。
(母親とはこういうものなのか…?)
二人はリヴェスにとって義理の両親で、リヴェスは義理の息子だから母親のように接しようとしてくれているのだろうか。
母からの愛情をもらったことがないリヴェスにとって、この温かい気持ちがどういった感情なのかわからないが、ただその温かさが心地良かった。
読んで頂きありがとうございました!
次回は水曜7時となります。




