第105話 ティハルトとの別れ
エデルの屋敷に戻って来たルーペアトは、エデルからヴィズィオネアについて色々話を聞くことにした。
リヴェスにも話があったのだが、ティハルトがヴィズィオネアを離れる前にリヴェスに話があるようで、ルーペアトがリヴェスとこれからについて話すのは明日になりそうだ。
「お疲れ。順調に進んでる?」
「ああ、おかえり。順調に進んでいるとは思う」
「なら良かった」
事件当日の会場でリヴェス達を目にした貴族が多かったことで、リヴェスがヴィズィオネアの次期皇帝になることに賛成する者が多かった。
反対している者はエデルが皇帝になるべきだと意見しているが、まだ歳が若い上そもそもエデル自身は皇帝になる気がない。
皇帝になる準備は計画通りに進んでいることから、順調とは言えるだろうが少しの不安を抱えていた。
それでもルーペアトやエデルにノーヴァなど、支えてくれる人達が居るから、やることに自信を持って取り組める。
「僕はもう明日の朝には発つよ。だから皆とは今夜別れの挨拶をしておこうかなって」
「わかった。俺も準備が終わったら一度ハインツに戻る。それまではハインツを頼むよ」
「勿論。でもちょっと寂しいな…、これから先リヴェスとこれまで通りに会えなくなるから」
リヴェスがヴィズィオネアの皇帝になった後、週に一度どころか月に一度会えるかもわからない。
唯一血の繋がった家族であるリヴェスとは長く過ごしてきた。こんなにも離れるのは初めてで、寂しいという気持ちが漏れてしまう。
「ルーペアトもノーヴァもヴィズィオネアに行ってしまうから、一人になっちゃうね」
「俺もハルトと離れるのは寂しい。何かあったらいつもすぐハルトに報告しに行っていたのにな…」
「リヴェスなら大丈夫だよ。僕が居なくても皆と上手くやっていける」
「ハルトがそう言ってくれると安心する」
ハインツを良い国にするために努力していたティハルトの姿を一番近くで見ていたからこそ、誰よりも尊敬しているし憧れでもある。
ティハルトのように国民からも信頼される皇帝になれるように、自分も尽力していきたい。
「じゃあ最後に僕が教えてあげられることは全部教えておかないとね」
それから夕食の時間になるまで、ティハルトはリヴェスにこれまで培ってきた知識を共有した。
夕食の時間になったことで食堂に皆が集まる。
ティハルトはお別れの挨拶をするために口を開いた。
「皆、今回は本当にお疲れ様。そしてありがとう。僕は明日の朝に発つから、今日で暫くお別れだね」
「ハルト義兄さんもう行っちゃうんですね。もっと話したかったです」
「ありがとう。いつでもハインツに遊びに来て良いからね」
「やったね」
エデルはティハルトにかなり懐いたようで、帰ると聞いた時は寂しそうにしていたが、いつでも遊びに来て良いと聞いて心底嬉しそうだ。
「お義兄さん、本当にありがとうございました。これまでの恩をどう返せば良いのか…、感謝しても仕切れないです」
「ルーペアトはこれから先、僕に代わってリヴェスを支えてあげるんだよ。その役目はもう僕じゃないからね」
「はい…!」
ルーペアトがハインツに来てから、ティハルトにもたくさんお世話になっていたため、距離が離れてしまうのはやっぱり寂しい。
「…僕も一応明日の朝に発つんですが」
「それはどうでもいいし」
「君、僕に対して冷たくない?」
「他人に対してはいつもこうだけど?」
「他人…」
相変わらずエデルはノーヴァへの当たりが強い。
何年か先には仲も深まってくれていることだろう。
ノーヴァもティハルトと同じ日に発つとはいえ、ティハルトとは違い、ウィノラを迎えに行くだけですぐ帰って来るのだから、別れを惜しんだりなんてしない。
居なくなっても寂しいなんて微塵も思わなかった。
今回の件でノーヴァにも感謝はしているが、今言うと調子に乗りそうだから、ウィノラが一緒にいる時にお礼を伝える予定だ。
「これから頑張ってね。困ったことがあったら手紙を送ってくれたら良いし、僕も定期的に手紙を送るよ」
お別れの挨拶をし、恐らく最後になるであろう、五人での食事を終える。
そして翌日、ルーペアトが目を覚ました頃にはもうティハルトとノーヴァはヴィズィオネアを発った後だった。
ティハルトとノーヴァはハインツに戻るとはいえ、向かう場所が違うため馬車は別々だ。
(ようやくリヴェスが幸せになれる時がきたね…。本当に良かった)
一人の馬車の中、弟であるリヴェスへの想いを募らせていた。
八年前の事件からずっとティハルトの影として生きていたリヴェスが、愛する人に出会い、表に出て生きていけるようになったことが、本当に嬉しいのだ。
(寂しいなんて言ってられないね…)
待ち続けた喜ばしいことなのだから、寂しいなんて言わず祝ってあげないと。
我が子が巣立っていく親の気持ちはこんな気持ちなのだろう。
そんなことを考えながら道を進んで行き、国境付近まで来たところで馬車が止まった。
「何かあったのかい?」
「別の馬車が停まっておりまして、中から令嬢が…」
「…?わかった、降りて話をして来るよ」
誰が居るのだろうと疑問に思う。
ティハルトは令嬢から人気があるため、会場でティハルトを見た令嬢がここまで追いかけて来た可能性もある。
馬車から降りて姿を確認すると、令嬢は花を持っており、ティハルトに向かってお辞儀をしてきた。
その令嬢はティハルトの予想とは異なり、イルゼだったのだ。
「どうしてここに?」
「…お、お父様に言われてお別れを言いに来ただけですわ」
イルゼは照れながらそう言い、ティハルトは思わず笑みを浮かべる。
(本当はただお別れを言いに来てくれたんだろうな)
父親が娘に一人でお礼を伝えに行くようには言わないだろう。
ティハルトは皇帝だ。直接お礼を言うのが基本なわけで、代わりにお礼を言ってほしいなんて、どうしても行けない理由がなければ普通は認められない。
ティハルトはそこまで厳しくないものの、貴族社会とはそういうものだ。
「改めて今回はありがとうございました。婚約者候補じゃなくなったおかげで、自分の好きなことをできそうですわ」
「それは良かった」
「こ…これ…、お礼にあげます」
「ありがとう」
イルゼから受け取った花束はピンク色のガーベラで八本だ。
「僕は花に詳しくないんだけど、この花にも花言葉があるんだよね」
「そうですわ。意味は…気になるならご自分で調べて下さい」
「ふっ…、そうさせてもらうよ。でもこの花、君の髪色にそっくりだから、花を見る度に君を思い出しそうだ」
「そういう意図があって選んだわけではありませんわ…!これは偶然です!本当に…」
ティハルトにそう言われ、イルゼは慌てて否定した。
イルゼにその気は全くなく、ただ花言葉だけで選んでいたのだが、言われてみれば確かにそうだ。
この花を見て私を思い浮かべて下さいと、そう伝えているのだと思われてもおかしくない。
「そろそろ行かないと。来てくれてありがとう、昨日から寂しい気持ちでいっぱいだったけど、この花のおかげで大丈夫そうだ」
「お役に立ったなら良かったですわ。……ルー達は暫く忙しいでしょうし、陛下の方が落ち着いた頃に私もハインツに行きますわね」
「その時は連絡してきてくれると嬉しいな。君が来るのを待ってるよ、じゃあまたね」
「…ええ、また」
ティハルトは馬車に乗り、国境を越えハインツへと戻って行く。
着くまでの間、貰った花を嬉しそうに見つめて過ごした。
(花を貰ってこんなに嬉しいのは初めてだよ。帰ったら花言葉を調べないとね)
ハインツに戻ってからやるべきことはたくさんで、休む暇もないだろうけど、花を見たら元気がもらえて頑張れそうだ。
読んで頂きありがとうございました!
次回は日曜7時となります。




