第104話 イルゼは可愛い?
朝食を食べ終えたルーペアトとティハルトは、シュルツ公爵家へ向かうため共に馬車へと乗り込んだ。
「ルーペアトとこうして二人で話すのは久しぶりだね」
「そうですね」
ティハルトと二人で話した時といえば、皇宮でリヴェスの話をした時だ。
大抵、いつもティハルトが居る時はリヴェスが居るから、二人で話す機会がほとんどない。
「今は忙しくて大変だけど、それでもリヴェスが幸せそうにしているのが僕は嬉しい。これもルーペアトのおかげだよ、ありがとう」
「そんな…!今のリヴェスはお義兄さんが居たからこそじゃないですか」
ティハルトは八年前に何も出来なかったと悔やんでいた。
でもこんなに立派で尊敬される人なのは、これまでの間に弛まぬ努力を続けていたはずだ。
それを側でリヴェスは見てきたからこそ、リヴェスも立派になったのだろう。
「そうなのかな…」
「間違いなくそうです」
少しの不安が混じったティハルトの微笑みに、ルーペアトは自信を持った顔で言葉を返した。
「…ありがとう。リヴェスが惚れたのはルーペアトのそういったところもなんだろうね」
「えぇっ…!そうですか…」
どういうところなのか、全くわからなかったから答えを聞きたかったが、それはそれで恥ずかしくなりそうで聞くに聞けなかった。
それからシュルツ家に着くまでリヴェスの話で盛り上がり、時間があっという間に過ぎ去る。
今日が勝負時だと意気込み、ルーペアトは馬車から降りた。
侍女に案内され部屋に向かうと、焦った様子のイルゼが出て来る。
「あなたねぇ…、来る前に連絡しなさいよ。あなた一人ならまだしも、陛下も一緒だなんて驚いたわ!」
「あ、忘れてた…ごめんなさい」
「別に良いけど。あなたはまだそういうのに慣れていないでしょうし。でも、次からは絶対に連絡するのよ」
「うん、約束する」
兵士だった頃は人の家に行く時に連絡なんてしなかったし、リヴェスと結婚してからは人の家に行くことがなかった。
皇宮はリヴェスの家でもあるから連絡必要もないわけで、ルーペアトは連絡するということにかなり不慣れだ。
「突然の訪問になってしまったこと、申し訳ない。歓迎してくれてありがとう」
「お義兄さんは悪くないですよ。私は昨夜から今日はイルゼに伺うつもりだったけど、皆に話したのは今朝だったから」
「そうだろうと思いましたわ。もう謝罪ばかりは結構でしてよ。そこでずっと立っていたら足を痛めるわ」
イルゼは二人に椅子へ座るように促した。
腰を下ろした時、ルーペアトは椅子の座り心地が良いことに気がつく。
長い間馬車に座っていたからそう感じるのかと思ったが、よく見ると今までと椅子が違っている。
「椅子変えたの?凄くふかふかだね」
「えぇ…まぁ…とても気に入っているのよ」
そう言う割に椅子はかなり新しく見え、ルーペアトは不思議に思っていると、ティハルトが口を開いた。
「馬車で足腰が疲れた僕らを気遣ってくれたんだね」
「っななな何のことですの?私は気遣った覚えなんて…」
「部屋に入る前、使用人達が椅子を運んでいるのが見えたからね」
「……っ!」
イルゼが顔を真っ赤にして照れているのを見て、そういうことだったのかとルーペアトは納得する。
もうイルゼのことをかなり理解できるようになったと思っていたが、まだ全然だったようだ。
むしろ、ティハルトの方がイルゼを理解しているかもしれない。
(やっぱり二人はお似合いじゃん…)
「と、とにかく!無事に事が終わって良かったですわね」
「うん、イルゼも協力してくれてありがとう」
「私がしたことなんて少ないわよ」
「そんなことないよ。イルゼが居てくれて良かった」
「わ、私になにか頼みたいことでもあるんですの…?!」
「お礼を言いに来ただけで、裏なんてないよ」
イルゼは感謝や褒め言葉に耐えきれず、何かあるのかと疑いを持ち始めたが、本当に何もない。
ティハルトとくっつけようと画策はしているが、それとこれは関係ないことだ。
「それから実は最初、イルゼのことを探るために近づいたの。もう全く疑ったりしてないし、友達だと思ってるから。そのことを謝りたかったんだ、ごめんなさい」
「そうだったのね。でも私があなたと会った時、あの男がハインツに行った後すぐだったし、仕方ないわよ。疑われるような行動をした私が悪いもの、気にしないわ」
「ありがとう」
ようやく探るために近づいたことの謝罪もできたし、イルゼが許してくれて心底安堵した。
友達になったことがイルゼは嬉しそうだったから、出会いのきっかけを知って怒ってもおかしくないのに。
やっぱり言い方が尖っていたり、冷たく接しているように見えても、イルゼの優しさが隠せていないと思う。
ルーペアトが話したかったことを話し終えるまで待っていたティハルトが、真剣な表情で口を開く。
「危険だったにも関わらず、パートナーを引き受けてくれたこと、改めて礼を言うよ、ありがとう。お礼と今日のお詫びを兼ねて、何か望むものはあるかな?」
「必要ないですわ」
「それだと僕の気が済まないんだ、ごめんね」
「どうして謝るんですの…」
「僕からのお礼なんて気が重いよね」
「私はそんなこと言ってませんわ」
言ってはいないけど、否定はしない。
本心ではハインツの皇帝からお礼を受け取るなんて恐れ多いし、大したことをしたわけじゃないのに受け取ることに気が引けていた。
そんなイルゼの気持ちにティハルトは気づいていたのだ。
「じゃあ今度ハインツに来る時があったら、僕が案内するよ。僕はハインツに一番詳しいからね、行きたい場所があればどこでも連れて行けるよ」
(お義兄さん…確かにそうだけどそれはより気が重いよ…)
イルゼもまさかの提案に驚いて固まってしまっている。
「駄目…かな?僕が直接お礼したかったんだけど…」
「駄目ではありませんが…、陛下も忙しいでしょうし私にそんな時間を割くのも…。何より私のせいで陛下が何か言われたら…その…困りますし…」
「心配しなくて大丈夫だよ。今も数日国を空けているわけだし、それに周りが何を言おうと、僕は君のそういうところ可愛いと思ってるけどね」
「え?」
「………か…かわ、いい……?」
ルーペアト以上にイルゼが驚き過ぎて、完全に思考が停止している。
(え、お義兄さんイルゼに可愛いって…えぇ?!)
動揺したルーペアトは二人の顔を交互に見るが、ティハルトは全く表情を変えない。
何でそんなに驚いているのかという顔だ。
確かにルーペアトもイルゼの素直じゃないところを可愛いと思ってはいるが。
ティハルトの可愛いという言葉は妹的な可愛さなのか、好意からなのかどちらなのか、気になって仕方がない。
「…イルゼ、大丈夫?」
「えぇ、まさかそんなことを言う人がいるなんて。気持ちが追いつかないわ…」
イルゼはもう、先ほどまでのように話すことが難しそうに見え、これは気持ちを落ち着かせる時間が必要だろう。
「お義兄さん、イルゼもお疲れみたいですし今日は帰りましょう。あ、お礼はお義兄さんの提案で決まりで、ね!」
「えぇっ…!?」
「今日はありがとう、またね」
「う、うん?じゃあ…またハインツで会おう」
「こちらこそありがとう……」
ルーペアトはティハルトの腕を引っ張って部屋から退室した。
イルゼは最後まで気が抜けた様子だったが、次会う時になんて言われるだろうか。
そのことは一旦置いといて、お礼はデートの約束だと言えるだろう。
ルーペアトが何かしたわけではないが、これは大きな成果だ。
デートで上手くいけば二人は結ばれるかもしれない。
馬車に戻って来たルーペアトは、早速ティハルトに詰め寄った。
「お義兄さんはイルゼに好意があるんですか?」
「好意と言うか、興味?なのかな。彼女のような令嬢は初めてだから」
「可愛いっていうのは?」
「思ってたことを言っただけだよ。彼女は自分の言い方のせいで、僕が悪く言われたりしないか心配しているみたいだったからね」
ティハルトがイルゼと過ごした時間なんて短いはずなのに、そこまでイルゼを理解していることに驚いた。
こんなにイルゼをわかってくれる人はティハルトしかいないだろう。
やっぱりイルゼの結婚相手に適任なのはティハルトだし、イルゼなら皇后としてティハルトを支えられる気がする。
(帰ったらすぐリヴェスに話そう)
その後もティハルトはルーペアトに問い詰められるのだった。
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次回は木曜7時となります。




