第1話 失ってしまったもの
質素な身なりをした令嬢、ルーペアトは狭い客室でお詫びをしたいとやって来た公爵の男と対面していた。
しかもその公爵は顔立ちは整っているのに周りからは忌避され、幾度と婚約を破棄され続けている人物だ。
公爵について全く知らないルーペアトは、お互いの利害が一致したことで『契約結婚』を提案することに――
時は遡り三年前――この小国、ヴィズィオネアでは長らく戦争が続いていた。
男は兵士として戦場に出向き、女は治療所で怪我した者の手当てを行う他、兵士への食事を提供するというそれぞれの役割がある。
子供は十二歳までは教育期間として戦場に出されることはない。
特別な事例がない限り…
そんな国で生まれた少女、ルーペアトは正しくその特別な事例によって幼くして戦場に駆り出された。
何故なら、ルーペアトは八歳の時に父の姿に憧れ、剣術を教えてもらっていたのだが、そのことが軍の者に気づかれ才能があると、まだ少女だというのに兵士にされてしまったわけだ。
両親は強く反対の意を示したが、平民であるルーペアトの家族は軍と国の権力に逆らうことは出来ない。
この現状に、ずっと愛情を注いで育ててくれている両親は酷く悲しんだ。
まだ幼いのに戦場に出ては、怪我は勿論負うだろうし、何より両親よりも先に命を落としてしまうかもしれないと、とにかく心配していた。
大人も子供も戦争の道具として扱われる国の中で、ここまで大事に育ててくれる両親は数少ない。
しかしルーペアトは両親と血が繋がっていないのだ。
物心がついた時からあまり似ていないことを不思議に思っていた。
両親は国で一番多い茶髪で、瞳も暗い色。それに対してルーペアトは明るい金髪にアクアマリンの様な綺麗な水色だったから。
血が繋がっていないことを教えてもらったのはルーペアトが十二歳を迎える時で、衝撃はなかったがやっぱり少し悲しかった。
それでも大好きな両親であることに変わりはないし、これからもルーペアトにとっては二人が両親だ。
両親曰くルーペアトは捨てられた訳ではなく預かったそうで、実の両親は今も生きているかわからないらしい。
だからルーペアトはこの先も気にしないことにした。
これからも育ててくれた両親と幸せに過ごして行きたいと思ったから。
しかし、そんな幸せはルーペアトが十五歳の時、一気に崩れてしまう。
この日は父と一緒に戦場に出向き、敵国の兵士と戦っていたわけだが、その時父が味方を庇って大きな怪我を負ってしまった。
「お父さん!!」
「大丈夫だ……俺はまだ…死ねない」
「お父さん…」
大丈夫だと言いつつも父の顔は青ざめ、傷を負った背中から血が止まらず溢れてくる。
(早くお母さんの所に行かないと…!)
ルーペアトは父の肩に腕を回し、身体を支えながら出来るだけ急いで母の居る治療所に向かった。
治療所が遠くに見えた頃には呼吸も浅くなっており、早く治療しなければ出血多量で死んでしまう。
後もう少しで治療所というところでルーペアトの視界にとんでもない光景が飛び込む。
治療所が敵国に襲撃されたのだ。
「そんな…!」
中から怯えた人達が出て来ては斬り殺され、叫び声が響き渡る。
助けに行きたいが、父を地面に置いて行くなんて出来ない。
でも行かなければたくさんの命が失われてしまう。
選択に迷う中、父がルーペアトに声を掛ける。
「…ルー、皆を助けに…行くんだ」
「でもお父さんが…!」
「ルーなら…多くの命を救える…、だから…行かないと…」
「そんなに話したら…」
「大人になったルーを見れないのは…残念だな…」
ルーペアトの言葉を遮ってまで話す父の言葉は、もう死ぬと言わんばかりで、ルーペアトの瞳から涙が流れ出す。
「嫌だよお父さん…!死なないで…。治療所に行けば手当て出来るから…」
「もう、駄目みたいだ…ごめんな…―」
「っ…!お父さん!!」
遂に父の息は絶えてしまった。
ルーペアトは悲しくて涙が止まらないが、それでも別れを惜しんでいる暇もない。
父に言われた通り、治療所に居る人を助けに行かなければ。
涙を服で拭い、父を優しく地面に下ろし、走って治療所に向かう。
だが行くのが遅かった。目の前で母が兵士に胸を剣で貫かれて地面に倒れる。
「おかあ…さん…?」
すぐに母の元へ駆け寄るが、既に息はしておらず即死だった。
「そんな…お母さんまで…」
判断を誤ったからだ。父を見切って治療所に駆けていれば母だけは助けられたのに。
迷った挙げ句、父に行くように言われたのにすぐ行かなった結果がこれだ。
でもどうしようもなかった。父を見切るなんてことをルーペアトには出来ない。
「お父さん…お母さん…」
たった数分の差で両親を失ったルーペアトは、もう正気を保っていることなんて出来ず、後悔に苛まれながらも敵国の兵士に対する怒りが込み上げてくる。
「…嫌…嫌あぁぁぁ!!!」
自我までも失ったルーペアトは、その場に居た敵国の兵士達を一瞬にして片付け、元々父と戦っていた所まで戻り、気がついた頃には敵国の兵士は皆倒れていた。
夜で暗かった空に朝日が昇り、その日差しによって照らされ露わになったルーペアトの姿は、元が金髪だったとわからない程に血に塗れ、一人戦場に立ち尽くしていた。
「これは…私がやったの…?」
始めは信じられなかったが、血の付いた手と剣、そして地面に転がる兵士。それを見て自我を失っていた自分がしたのだと悟った。
殺さなきゃ殺される世界だけれども、ルーペアトが同じ思いをしたように、きっとこの兵士達にも大事な家族が居て、死を悲しむ人達が居る。
結局は自分も両親を殺した兵士と同じなんだと、ルーペアトは絶望した。
(長く続いた戦争はこれできっと終わる。でも、もうここには居られない…)
両親の所に戻って埋葬したい気持ちは凄くある。それと同時にまた壊れてしまうかもしれないという懸念もあった。
だからいつか皆が忘れた頃にここへ戻って来て、その時に会いに行くことを決めた。
ただ、今のルーペアトには生きる希望なんてものはない…
読んで頂きありがとうございました!
3作目の連載が始まりました!
この作品は私が剣術に優れている女の子が書きたい願望から出来たものになります。
そこにこういう要素があったら面白いかな…、といった感じで物語を考えて行きました^^
楽しんで頂けたら幸いです。
連載開始の始めは投稿の頻度をあげたいのですが、書いては修正の繰り返しで話が溜まっておらず、2日に1回のペースになりそうです(ごめんなさい!)。
納得のいくものが一発で書けたら同日に2話投稿される日もあると思うので…^^;
そのため次回の投稿は木曜7時となります。