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インテリマフィアのオルゾさん、奥さんに少女を任せる1

 オルゾがガレージへと戻るとステラマリナの赤い車が駐まっていた。数年前に発売されたFIAT500(チンクエチェント)の1.2ドルチェなる限定モデルである。

 彼女はもう到着しているらしい。


「エキーノ、下のやつらに飯と飲み物与えてやれ。それと一応、脚の手当ても頼む」


「はい」


「俺はちょっとここで電話してから中に戻るわ」


 エキーノはパンと飲み物を取りに事務所の中に入っていった。オルゾは電話を耳にあてる。


「オルゾだが、グラーノ幹部はいるかい。繋いでくれ」


 電話をかけたのはオロトゥーリア組の古参の幹部であり、警備会社を経営しているグラーノである。


「ああ、お疲れ様です。駅の方で騒動があったじゃないですか。終わりましたか? 誰も怪我とかはされてませんか? そりゃあ良かった」


 駅前の騒動でグラーノの部下たちがチンピラどもを取り押さえているのを見ていた。

 電話に出られるというのは騒動がもう収束しているということである。グラーノの部下は、脳筋の馬鹿ばかりだと思っているが、同じ組の者、つまり家族なのだ。まずはその無事の確認は大切なことであった。


「ちょうど自分もその場所にいて、運び屋を2人と関係者の女を1人捕まえたんですがね……」


 オルゾはいま彼らに訊いたことが間違っていないか。嘘をつかれていないかの確認をする。

 グラーノが捕まえた中にヴィテッロ組の構成員がいるという話を聞くことができたし、ナポリに向かう途中だったという裏取りもできた。

 裏取りについてはグラーノにとっても益があったであろう。向こうでも尋問はしているようだが、尋問や拷問の問題は、相手が嘘をついているかどうかはすぐに確認できないということなのだ。

 グラーノから女、つまりラファエラについては特に尋ねられなかったので、オルゾは特にそれについて語らず通話を終える。


「ヴィテッロ組か……だがなぜだ?」


 オルゾは呟いた。

 ヴィテッロ組と言えばローマ近郊を縄張りとする、割と力ある一家である。少なくとも規模で言えばオロトゥーリア組とは比較にならない。

 だが、これはマフィアをはじめとするイタリアの非合法組織限らず世界中において言えることだが、これら組織は弱体化している。

 禁酒法プロヒビション時代のシカゴのように、マフィアが大手を振って歩き商売できるような時代ではないのだ。

 それ故オルゾのように合法活動の中でも莫大な金を動かせるような人物は、どの組織も欲しがる存在だといえた。

 ともあれ、ヴィテッロ組と対立するにしても協力するとしてもだ。なぜそのローマの組織であるヴィテッロ組が、250kmも離れたナポリで誘拐事件を起こしているのか。それは調べる必要があるだろう。

 そう考えつつ、オルゾはガレージから出て事務所の中へと向かった。




「あれよ、ロリータってのは初恋の少女が忘れられない40歳くらいの男が12歳の女の子に恋するナボコフって作家の作品で」


 オルゾが所長室の扉を開けたら、ステラマリナがラファエラにロリータの説明をしているところであった。


「きもーい」


「ね、きもーい」


 ソファーの上で波打つ金(ウェービーブロンド)の髪と、真っ直ぐな黒の髪が踊る。

 オルゾはそらんじた。


ロリータ、(Lolita,)我が人(Light of)生の光(my life)


「きもーい」


 二人は笑う。

 L音の韻を多用し、この後さらにF(fire)で韻を踏み、最後L(soul)で締める名文と言うに相応しい冒頭であるが、まあ文学に興味もなければそんなものであろう。


「来たわよ、オルゾ」


 ああ。とオルゾは頷く。雰囲気からしてもう互いに自己紹介は済ませているだろう。想像していたよりも随分と仲が良さそうであるが。


「ねえ、オルゾ。こんな可愛い子捕まえてどうしたのよ!」


 ステラマリナの琥珀アンバーの瞳が猫のようにきらきらと輝いている。

 彼女はオルゾが近づくとソファーから立ち上がり、ラファエラの隣に腰を下ろして抱きしめた。

 きゃー、とラファエラが悲鳴のような歓声を上げる。

 オルゾは向かいのソファー、さきほどまでステラマリナが座っていた場所に腰を下ろして言った。


「可愛いか?」


「酷い!」


 ラファエラが抗議の声を上げる。

 ステラマリナは答えた。


「まあ、今着ているパーカーがちょっと野暮ったいわよね。ダサ可愛いくらいなんだけど、オルゾはあまりそういうの好きじゃないから。でもちゃんとしたファッションをすれば素材は良いわよ」


「かもな」


 オルゾは気のない返事を返した。


「それで? どうしたの? 可愛い子を拾って大きくなるまで待つんじゃなかったらどうするのよ」


光源氏レディ・ムラサキじゃねえって言っただろ。拾ったんだよ。その辺の話は聞いてないのか?」


「一応あなたの仕事の関係かもしれないし、その話は聞いてないわ」


 オルゾの碧の瞳が眼鏡の奥で細められた。ステラマリナは馬鹿な女だ。だがこの辺りを外さないのは彼女の美点であると。


「こう見えてこいつ、ナポリの良家のお嬢様なんだが、ヴィテッロ組という組織に拐かされていたらしくてな。たまたまこの町で逃げ出して、たまたま俺の前に落ちてきたんだ」


「落ちてきた?」


 ステラマリナがラファエラを見る。彼女は肯定の頷きを返した。


「だから拾った。ステラマリナ、少しの間こいつの面倒をみて貰えるか?」

引用


『ロリータ』:ウラジミール・ナボコフ著


原文の冒頭が名文なのは本文に書いた通り素晴らしい韻踏んでるからなんですが、和訳だと韻踏めないのがなあって映画の邦訳なんか見ると思うやつ。

シェイクスピアも指輪物語の詩の部分もだいたいそれがなーって(でも原文すらすら読めるほどの語学力がないのだ)。

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