インテリマフィアのオルゾさん、話を聞く
オルゾはラファエラに告げる。
「今、お前を追っていた二人がここに到着した。俺はあいつらに尋問するんで外すがお前はどうする?」
「どうするって?」
こてりとラファエラの首が倒れた。
「大人しく待ってられるか?」
「ちょっと、馬鹿にしないでくれる?」
オルゾは苦笑して懐から携帯を取り出す。
「妻をここに呼ぶからそれまで大人しくしてろ。それまでの間に何かあったらさっきの女……カンディータに言付けておけ」
ラファエラは唇を突き出すようにして尋ねる。
「ふうん、結婚してるんだ?」
「そうだな」
オルゾは彼女から少し離れると、耳に携帯を当てた。
「おう、ステラマリナか。今どうしてる? そうか、ならちょっと車で事務所に来てもらえるか。女を保護してな。対応して欲しいんだ。……はぁ? 違えよ浮気とかじゃねーわ。まだ10代の小娘だっての。……ロリータでも光源氏でもねーよ!」
その後も中心街の方を避けてくるようになどの注意をして、溜息を吐きつつオルゾは電話を切った。
「あと一時間もしないうちにここに来るってよ」
「ねえ」
「何だ」
「ロリータと光源氏ってなあに?」
言葉は知らなくても、どうやら反応からして面白そうだと勘付いたようだ。
オルゾはくしゃくしゃと頭を掻くと、大きく溜息をついた。
「自分で調べやがれ」
そう言い残して部屋を後にした。
オルゾ会計事務所は坂の途中にある建物であり、ガレージが半地下、地上二階建ての建築物に見える。
しかし実のところガレージからさらに下に地下室があるのだ。
エキーノが壁際に寄って工具などが置かれた棚を横にずらすと、ダストシュートの扉が現れる。彼がそこを開けると、パン屋の親父が手際よく縛られた男二人を中へと放り込んだ。
猿轡代わりに布を噛まされているため、くぐもった悲鳴が上がり、エキーノが蓋を閉めるとそれは聞こえなくなった。
「パンは事務所の方に置いといてくれ」
「毎度あり」
「協力に感謝する」
代金は後で充分以上に支払われると知っているパン屋の親父は、パンの入った大きな籠を持って正面玄関の方へと向かった。
オルゾとエキーノは建物の裏手にある、これも秘された地下室への入り口から下に降りていった。
真っ暗な空間を蛍光灯の白い光が照らす。
オルゾたちが向かったのは殺風景な部屋だ。コンクリートの打ちっぱなしで、家具らしい家具もない。ただ、ダストシュートの出口が壁にあり、その下には男が二人転がっていた。
「さて、チンピラども。名乗るがいい」
オルゾは壁際に折りたたまれていたパイプ椅子を広げて、彼らの前に座る。
エキーノが彼らの口に噛ませていた布を取るが、彼らは黙してオルゾを睨みつけるだけである。ふん、とオルゾは息を吐く。
「名前を尋ねるなら自分から名乗れとでも言いたげだな。オロトゥーリア組幹部のオルゾって者だ」
返事はない。オルゾは溜息を一つ。
「仕方ない、殺すか」
「うす」
エキーノは頷いて彼らの背後に回る。
「ちょ、ちょっと待て!」
年嵩の方、兄貴と呼ばれていた方の男が叫んだ。
オルゾはそれに答えず、懐からナイフを取り出した。
イタリアンスティレットとも呼ばれる飛び出しナイフである。
マフィアの男たちにとってナイフは必需品であり、彼らはそれに熟達していなければならない。それを前時代的であり、非効率と思うオルゾですら当然ナイフは有しているし、その訓練をしているのだ。
縛られている男たちにはオルゾの手の中に一瞬で銀の刃が現れたようにすら見える。エキーノが男の後頭部を掴んで頭を固定、首を晒させる。
「待て! 待ってくれ!」
「俺は聞かれたことにも答えず、要求だけするような馬鹿と話すのが嫌いでな」
「じょ、情報が欲しいんじゃねえのか!」
オルゾは手の中のナイフを翻して逆手に持つと男の太腿に突き刺す。じわり、とズボンが赤黒く染まり、一泊遅れて悲鳴が上がった。
オルゾは言う。
「交渉できる立場だと思ってるから馬鹿だって言ってるんだ。お前たちは我々の縄張りではしゃいでいた。殺されても文句は言えない、違うか?」
オルゾはナイフを太腿から抜き、紅く染まった刃を首に突きつけた。
隣に座っていた、若い方の男が叫ぶ。
「トマス! アーリオ運送のトマスだ!」
オルゾはナイフを引いた。
「お前のほうがまだ馬鹿じゃあないらしいな」
オルゾは最初に名乗れと言っているのである。
こちらの要求に応えるのであれば殺す必要もない。オルゾはそちらの男の前に椅子を移動させる。エキーノは年嵩の男の身体を離し、彼は地面に転がった。
「ではトマス。アーリオ運送とは非合法の依頼も受ける運び屋か?」
「あ、ああ」
男はぶんぶんと首を縦に振る。
「あの女の輸送依頼を受けていた?」
「ああ」
再び男が肯定する。
「依頼者は誰からだ?」
「名前は知らない。ほ、本当だ」
ふむ、とオルゾは考える。まあチンピラに依頼するのに名乗ることもないかもしれないし、偽名を名乗るかもしれない。
「どこの組織だ」
「……知らん」
オルゾは男にぐいっと顔を近づける。銀縁眼鏡が触れそうな至近距離で囁くように言った。
「嘘だな」
「ほ、本当だ! 聞いちゃあいねえ!」
まあ、これも理解できる言い分ではある。だがあり得ない。あの騒ぎを思い返せば、彼ら二人以外にもチンピラどもが暴れていたのだ。
「お前たち以外にも騒いでいた奴らがいただろう? つまり、お前ら二人だけで動いていたんじゃないのは分かっているんだよ」
男は俯く。
「護衛か、ダミーか、他にも運ぶものがあったのか。聞き方を変えよう。頼んだのがどこの組織か、聞いてなくても分かってはいるだろう?」
「……ヴィテッロ組だ」
「ローマの方の組織だな。お前たちはナポリからローマに向かっていたのか?」
「逆だ。ローマからナポリに向かっていた」
む、と唸り、オルゾは男から離れて椅子に座って考えだす。
ラファエラの話と齟齬がある。いや、彼女が眠らされたりした上で、ナポリからローマに連れて行かれ、身代金の交渉がすぐに終わったのだとすると可能性はあるのか?
ラファエラはナポリから離れていたつもりで、実はナポリに向かっていたということだ。
少なくとも、この男の言葉に真実性は感じる。拐って逃げるのは組織の腕利きがやる必要があるだろうが、送り返すのは状況を知らないフリーの運び屋の方が向いているのは間違いない。
使い捨てということだ。
「ふん、なるほどな」
オルゾは立ち上がる。
「俺たちはどうなるんだ! あ、兄貴を治してやってくれ!」
「殺しはしない。少なくとも今のところは。……エキーノ、包帯くらいは出してやれ」
「はい」
「なに、後で美味いパンも持ってこよう。余ってるんだ」