閑話:オルゾさんの鞄持ちエキーノと顧問のテオドーロ爺さん。
ξ˚⊿˚)ξ閑話です。
短編版のオチ的な雰囲気で。ちょっと短め。
オルゾたちが走り去り、頭を下げていたエキーノが残された。
車の姿が完全に見えなくなってからエキーノは頭を上げる。
頭を上げた時、背後から老爺の枯れた声がかけられた。
「エキーノ、ご苦労様だな」
「いえ、これが俺の仕事っすから」
声を掛けたのはテオドーロである。彼は新聞を畳みながら続ける。
「オロトゥーリア組の準構成員から構成員になったって?」
「ええ、つい先日ですが」
テオドーロの咥えていたパイプが揺れる。どうやら笑っているようだ。
「ふん、構成員になってもオルゾの鞄持ちは変わらんか」
「ええ、そいつは他の誰にも譲れませんので」
エキーノも笑みを返す。
「そうかい。ま、歓迎しよう我らが友よ」
マフィアにおいて準構成員は組織の者として認められない。構成員になってはじめて我らが友と呼ばれるのだ。
エキーノは頭を下げた。
「ありがとうございます、テオドーロ顧問。何かありましたらよろしくお願いします」
顧問とはマフィアの組織の中で直属の上下関係を持たず、ただ組内で問題が発生した場合に相談できる相手でもある。
「うむ、そうじゃな。……何か祝いの品でもやろうかの」
「いいっすよ、祝いはオルゾさんからも頂いてるんで」
「まあまあ、そう言うな。ジジイの形見分けとでも思っておけ」
なるほど、自分で言うようにジジイらしいコメントに困るタイプの言葉であった。
テオドーロは部屋に入り、直ぐに戻ってきた。思いついたように言っているが、予め用意してあったのだろう。
「ほれ」
「ありがとうございます……えっとこれは」
渡されたのは海泡石のパイプであった。シンプルだが優美な曲線を描き、蔦模様が装飾に彫られている純白のパイプ。
「パイプなんて使わねえっていうんだろ。今どきはそうだろうよ。だがまあたまに家でもいいから使ってやってくれ。お前が歳をとった頃にいい色になる」
なるほど、テオドーロの手にあるパイプは美しい飴色であった。
海泡石パイプというのには歴史にしか出せない味がある。買った時は純白であったはずの石が、煙草の煙を吸って何十年もかけて狐色に、飴色にと変色していくのだ。
「パイプ自慢できる相手もいなくてよ。たまには聞きにきてくれ」
テオドーロはパイプを皺だらけの手で撫でながら言った。
「ありがたくいただきます」
つまり、テオドーロは顧問である自分にパイプの話をしに来たというていでいつでも気軽に相談に来て良いと言っているのだ。
「それよりお前も構成員になったんだし嫁さん貰わねえとな」
「む」
結婚して家庭を持つのが一人前という考えは古臭く、その手の発言を今どき会社で言えば場合によってはパワハラ・セクハラとされかねない。
だがマフィアとはその古い男たちの社会なのであった。
オルゾも妻帯したのは最近だ。特に結婚もせずに幹部となった時には強い反発を受けたという。もちろん彼はそれを全て実力で黙らせてきたのだが。
「んで、どうなんだ。いないなら誰か紹介するかね」
「いや、俺はまだ早いんじゃねえかと」
エキーノはやんわりと断る。
「んなことはねえよ。確かにオルゾのやつもつい最近結婚したばかりだけどよ」
「大丈夫ですよテオドーロおじいさん」
エキーノの背後から声がかけられた。パン屋の女将である。
馬鹿な、いつの間に。エキーノは驚愕する。
恋バナが始まったとたんに寄ってくるのは何故なのか。
「オルゾさんの事務所にはカンディータちゃんって可愛い子が入ったのよ」
「ほう」
「仲良いのよね?」
「……そりゃあ同僚ってだけですよ」
「あら、でもこの間はピッツァ食べに行っていたそうじゃない」
「なぜそれを」
「たまに一緒に飲みにもいくんでしょう?」
なんで知っているのか。女将はエキーノにぐいぐいと迫ってくる。
「ねえ? お付き合いしてるんじゃないの?」
「い、いえ。カンディータとはまだそんな仲じゃ」
「まだ?」
「……まだ?」
「あっ、俺そろそろ戻らないといけないんで!」
エキーノは逃げ出した。