インテリマフィアのオルゾさん、日常に戻る。
ξ˚⊿˚)ξエンディングです!
翌日。
オルゾと彼の部下たち、そしてアキッレーオはオルゾの家に集まっていた。
ダイニングにはホームパーティのように料理や酒が並べられている。ワインもビールもあるが、中央にはウィスキーのボトル。マッカランの30年である。
アキッレーオがボトルを持ち上げ、琥珀色の液体を透かして見るような仕草をみせる。
オルゾが呆れたように言う。
「落ち着きのないことだ」
「オルゾにはこの価値がわからないのかい?」
「兄貴が価値を語るとはな。まあ、たしかに30年ってのは飲んだことはない。飲んでみたくはあるさ」
オルゾがそう返せば、アキッレーオは嬉々としてボトルを開けた。そしていつになく慎重な手つきでグラスに注ぐ。
「最初からそれかよ。乾杯に使う酒じゃねえぞ」
「そりゃ、酔っ払ってから飲んで味が分からなかったらどうすんだよ」
アキッレーオの言葉に男たちは笑った。オルゾも部下たちも酒に溺れるような呑みかたはしない。痛飲することもあるアキッレーオらしい言葉だった。
「でも良い香りっすね」
エキーノが鼻を近づけて感心したように言えば、アキッレーオがなぜか自慢げに「そうだろう」と言う。
マッカランの芳醇な香りは、厳選されたシェリー樽で熟成されることによるものだ。
皆が一つづつグラスを手に取る。視線がオルゾに集まった。
「今回の件、労いたい言葉は沢山ある。皆、よくやってくれた」
オルゾは視線を横にずらして皆を見る。サルディーナ、スクアーロ、トンノ、そしてステラマリナ。
「ヴィテッロ組に襲撃をかけ、限られた時間でラファエラを救い出した腕前、そしてそれを素早くナポリまで秘密裏に連れてきたのは見事だった」
「こんな魚臭い小さな船って言われましたけどね」
密輸屋のトンノは笑う。
「それは仕方ない。そのあたりの気難しいお嬢様の機嫌を上手く取った、そう聞いているぞステラマリナ」
「え、私?」
ステラマリナはきょとんとした表情を浮かべる。オルゾは頷いた。
「ひょっとしてこれ、私も褒められているのかしら旦那様?」
「そうだが」
彼女はきょろきょろと左右を見た。
「私、迷惑をかけたんじゃないかと嫌味でも言われるんじゃないかって」
「俺たちではお嬢様を怖がらせるだけでしたよ。姐御のおかげで助かりました」
スクアーロがそう言い、サルディーナが頷く。
「そう言うことだ」
ステラマリナはにまりと笑みを浮かべた。高揚しているのか鼻がぴくぴくと動いている。オルゾは視線をエキーノとアキッレーオに。
「まあ、お前たちは割愛しよう」
エキーノが苦笑し、アキッレーオが不満げに口にする。
「なんでさ!」
「お前が早く愛しのマッカランに口付けしたいって顔をしているからだ」
笑いが起きる。
「だから話は乾杯の後な。それでは乾杯だ!」
オルゾはグラスを掲げた。
「乾杯!」
五人の声が唱和する。
そして皆がゆっくりとグラスを口に運び、銘酒の薫りと味を堪能したのだった。
--そして二週間後。
昼過ぎ、オルゾは駅前の商業施設の駐車場にいた。車の運転席に座ったまま、持ってきたノートパソコンで仕事をこなしていた。
ちなみに乗っているのはマセラティのクアトロポルテだ。流石に4C Spiderには寒い季節である。
「ちっ」
舌打ちが一つ漏れる。クソ忙しいのだ。
まずヴィテッロ組との事件のせいで、仕事に皺寄せがいっていた。その分を取り戻さねばならないので忙しい。まあこれは既定路線だ。
問題はもう一つ、二週間前のパーティーの後すぐのことである。オルゾは首領に呼び出されたのだ。
「ヴィテッロ組が無くなった」
「は」
オルゾは向こうの首領であるメルクリオには手を出していない。だが、彼が死んだという噂が裏社会では流れ始めていた。
「オルゾ、ヴィテッロ組の縄張りをお前が管理したまえ」
オルゾは驚愕する。
一つはメルクリオやその後継者が死んでいることを首領が知っている、つまり首領がそれに関与しているということである。
そしてもう一つはオルゾという一人の幹部に町を一つ任せるという大任を与えていることだ。尋常な話ではない。
流石に辞退すべき話である、だが首領はこう続けた。
「お前には期待している」
多幸感がオルゾの内側を満たした。
「……励みます」
そういうことでオルゾは仕事に忙殺されているのだ。
実際に今向こうの縄張りに送り込んでいるのはスクアーロである。だが彼から送られる情報を元に指示を出すのもオルゾの仕事であり、スクアーロの裏の仕事である高利貸しを代行するのもオルゾなのだ。
ではなぜそんな多忙なオルゾが事務所ではなく商業施設に来ているのか。答えは僅かに開けた窓の外から聞こえてきた。
「オルゾ!」
アンジーの声であった。彼女は今日の午前中ステラマリナと共に行動していたが、ステラマリナを置き去りにして駆け寄ってくる。
「おう」
オルゾはパソコンを閉じて車から降りた。
彼女は二週間前にこちらに戻ってすぐ、ノッテ医院に入院していたのだった。
視力低下の検査などと、外科手術を受けていたのである。
顔の皮膚の下に埋め込まれていた極小の骨伝導イヤホンやマイクはそのまま残してもよい。だが発信機が仕込まれていたのだ。ヴィテッロ組の残党に彼女の居場所が知られるわけにはいかない。即座に除去しなくてはということで緊急に手術を行ったのだった。
包帯はしていない。だが左耳の下のあたりに大きめの絆創膏が貼られていた。
「問題ないか?」
オルゾは自分の顎を指差しながら尋ねた。
「大丈夫、痛みとか全然ないわ。それよりさ……」
彼女はダンスのターンのようにその場でくるりと一回転した。
変わったな、とオルゾは思う。以前の彼女の声や表情、所作から僅かに見えていた翳りはなかった。だが彼女が言いたいのは何より……。
「髪を切ったのか」
アンジーの艶やかで黒い髪は、背中の中ほどに届くほどに伸ばされていた。しかし今はばっさりと首が露わになる長さに切られていた。
今日の朝が退院で、ステラマリナが迎えに行っていたのだ。そしてオルゾとの合流前に髪を切ってきたのだろう。
「そうよ、ラファエラさんに似せるためにずっと伸ばしていたけど、元々は短かくしていたしね。おかしいかな」
アンジーは前髪に触りながら言った。
「いや、快活そうで良いんじゃないか?」
えへへ、と彼女は笑った。
結局のところアンジーはパオロ・ロッセリーニ侯が預かることとなった。
高校に通わせ、卒業させる。それまではナポリの屋敷で預かると言い出したのだ。侯はオルゾにアンジーを救うことで貸しをつかって良いのかと問うたが、別に縁を切ろうとかそういう気は初めからなかったということだ。
本物のラファエラと会うことも増えるだろうし、こうして髪型やファッションを変えていくのも良いだろう。
アンジーがオルゾに手を差し出した。それを握り返して二人はステラマリナに向かって歩く。
「お疲れ。お前も髪を切ったか?」
「そうよ、よく気づいたわね」
オルゾはステラマリナにそう言えば、彼女は驚いたような顔を見せた。アンジーの逆の手を握って三人並んで歩く。
「ね、オルゾちゃんと気づくじゃん」
「ね、びっくりしたわ」
ステラマリナはアンジーを美容院に連れて行った際に毛先を整えた程度である。オルゾが気づくとは思っていなかったのだ。
オルゾはふん、と鼻を鳴らした。
「食事はどこがいい?」
「この前の中華がいいわ。きっと……」
最後になるし。そう言おうとしたのだろうか。オルゾは手をぐいっとひいて彼女の顔を自分に向けさせた。
「どうせ数年の話だ。気に入らなければ別にいつ戻ってきてもいいし、遊びに来てもいい。ここに来てもいいし、ローマの孤児院に顔出したっていいんだ」
アンジーの出身である孤児院には帰れないと本人が言った。顔立ちが変わりすぎていてわからないと言われるとショックだからというのが理由だ。
「うん」
最初、オルゾはこの町に住ませれば良いと考えていたが、存外ロッセリーニの家族に気に入られているようだ。実際に話しているし、情が湧いたと言うのもあるのだろう。
オルゾやアンジーたちは相談し、その申し出を受けることにしたのだ。高校に通わせてもらい、その間ロッセリーニ家に住む、つまり家族は必要だと言うことだ。
オルゾの家に住ませることについてはアンジー自身が反対した。オルゾとステラマリナはまだ結婚してそんなに経っていないのである。新婚の家庭に長期的に転がり込むのは遠慮された。
「オルゾ」
「なんだ」
「本当に、本当に色々とありがとうね。お金とかすごい使ったって聞くし、忙しくしているのもそうなんでしょう?」
オルゾはアンジーの見舞いにあまり行かなかった。金の話はステラマリナかエキーノあたりが漏らしたのだろう。
「使った金も今の多忙も、将来もっと大きな金になって帰ってくる仕事だ。お前は自分のことを疫病神だとでも思っているのかもしれんが、なんのことはない。幸運の天使だよ」
アンジーは困惑げに首を傾げた。
「それは……、結果的にそうなのかもしれないけど、私の価値ではないわ」
「アンジー」
オルゾは屈み込み、アンジーと視線を合わせた。
「なに?」
「お前は自分には何もないかと思っているんだろう、だがお前が持っているものは沢山あるんだ」
「……暗殺者の腕前とか?」
彼女は問う。オルゾは頷いた。
「それも一つだ。お前英語は?」
「喋れる」
「フランス語は?」
「ちょっと喋れる」
「ピアノは?」
「少し弾ける」
アンジーはラファエラになりすますため、彼女と同等の知識などを叩き込まれているのだ。
「お前が受けていたであろう訓練。それは全てお前の教養であり価値だ。無価値な存在などではない。それにな」
「それに?」
「お前はまだ子供だ。未来という無限の価値があるんだ。それを覚えておけ」
「……ありがとう」
アンジーはオルゾに抱きついた。そしてその頬に唇を寄せた。
「あ、こら!」
ステラマリナがおどけたように怒ってみせる。
アンジーはえへへと笑って今度はステラマリナに抱きついた。
オルゾはやれやれと立ち上がると、三人は駐車場から歩き去った。長く伸びる冬の影をひとつの塊にして。
インテリマフィアのオルゾさんと無貌の天使 了
ξ˚⊿˚)ξここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!!
感想とか評価いただけると作者が喜びます。
また全く毛色の異なる作品も執筆しているので、そちらも読んでいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします!




