閑話:部下たち、抗争を始める。
「ええと、スクアーロとサルディーナよね。よろしく」
「ええ、奥様。よろしくお願いいたします」
スクアーロはにこやかに笑みを浮かべてステラマリナに挨拶を返すが、サルディーナは頷きを返すに留めた。
「オルゾの前でさっきも言ったけど、私は手出ししないしできないわ。あなたたちに任せる」
「ええ、ありがとうございます。ターゲットであるラファエラ嬢を発見したらお声掛けしたら良いですかね」
「ええ、お願いするわ」
ガタン、と床が揺れた。ここはアーリオ運送のトラックの荷台である。
外見は荷台が直方体の箱型をしたバンタイプと呼ばれる一般的なものであるが、これで偽ラファエラを運んでいたことからも分かるように、中は改造され秘密裏に人間が運べるように居住空間が用意されているのであった。
とは言え、あくまでも元は運送用である。決して快適な走り心地を保障するものではなかった。
限られた椅子にステラマリナと、アーリオ運送の兄貴分を座らせる。彼はオルゾに刺されて脚を怪我しているためだ。
運転は運び屋の弟分が。スクアーロは荷台にあった箱を椅子がわりに座り、サルディーナは揺れる車の中、何にも掴まらず突っ立っていた。
「さて、サルディーナよ。どうしたものか」
スクアーロが問う。サルディーナは揺れを感じさせない所作で器用に肩をすくめた。
「なぜ俺に聞く」
「いや、考えがあるかなと」
「頭を使うのは俺の仕事ではない」
「そうかもしれんがね」
「考えはあるんだろう?」
スクアーロは顎を手で掻く。
「ありはするが、お前さんが大変になるかなと」
サルディーナは薄らと笑みを浮かべて言った。
「一向に構わん」
「結局のところは時間勝負なんだろ。それならチンピラどもを集めて片っ端からやるのが手っ取り早くはあるかなと」
「いいな」
そういうことになった。
二人の男の視線が脚に包帯を巻いた男に向かう。
「ひえっ」
男は椅子の上で身を縮める。スクアーロがじろりと見上げるようにして言った。
「ヴィテッロ組の奴に電話して呼び出しな」
「お、お前ら……そんなことしたらどうなるか……」
サルディーナは首を傾げる。
「今ここで逆らって死ぬよりそれは大事なことなのか?」
結局、アーリオ運送が懇意にしているヴィテッロ組の準構成員が行く飲み屋が最初のターゲットになった。
「行くぞ」
「3、2、1、発射」
道すがら雇った傭兵が非殺傷性の鎮圧用ガス弾を店に撃ち込んだ。
白い煙が上がる頃にはサルディーナの姿はなく、周囲の者たちが火事か爆発かと騒ぎ出す頃に、ガスマスクをつけたサルディーナが中から気を失った男を担ぎ出してくる。
サルディーナはトラックの荷台に男を投げ出すと、自分もその上に飛び乗って車は即座に走り去る。
荷台の上では気絶した男が縄で縛られている途中で目を覚ました。
「てっ、てめえら、どこの組のも……!」
話している途中でサルディーナの拳が飛び、男を黙らせる。
突きつけられる銃。それも拳銃ではない、軍用のアサルトライフルだ。
「ヴィテッロ組の首領の居場所を知っているか」
猛スピードで現場から離脱するトラックの上、立ったままよろめきもせず尋問に入る。
「はっ? し、知るわけねえだろ?」
「ラファエラという女を知っているか? ヴィテッロ組に捕えられている」
男は首を横に振る。
「ではヴィテッロ組の幹部は? 構成員は? お前たち三下の元締めは?」
「……簡単に口を割ると思っているのか?」
「別に言わないなら次を当たるだけだ」
銃口が男に向けられた。
「ま、待て! そんなことをしたら組が黙っちゃいねえぞ! 戦争でもする気か!?」
奥にいるスクアーロが笑いだす。
「その得物を見て戦争する気じゃないと思っているなら頭の回転が遅すぎるんじゃないのかね」
マフィアは秘密組織である。その所在も全容も悟られないようになっている。だが、人同士の繋がりは必ずあるのだ。ピラミッドの底辺からでも上の石、上の石と辿ればいずれ頂点に着くように、順におさえていけばいい。
芋蔓のように辿れば良いのである。
男から構成員の名前を一人聞き出し、スクアーロらはそちらに向かう。
「しかしヴィテッロも統制が緩んでいるな」
サルディーナは呟く。実際、オルゾの部下なら、いやそうでなくともオロトゥーリア組の者たちなら準構成員でももう少し警戒心も強いし簡単に口を割ったりしない。
「元々はヴィテッロも強大な組織だが、上が金にもならん復讐なんぞやってるんだ。統制も弱まってるんじゃないかね」
ふん、とサルディーナが鼻で笑う。
「あきれた。こんなやり方してたら命がいくつあっても足りないわ」
ステラマリナは思わず嘆息する。スクアーロは笑った。
エキーノにしろ、他の部下にしろ、オルゾに心酔しているのは変わらないのだ。
「久しぶりのオルゾさんの命令ですからね。張り切っているんですよ」




