インテリマフィアのオルゾさん、ナポリに向かう:1
オルゾが自宅に戻ると、ベランダに男が二人並んでいた。アキッレーオとエキーノである。
「何してんだ」
アルファロメオの運転席からオルゾは問うが、聞くまでもないことである。二人の間にはエキーノの私物であるメタリックなジッポーの携帯用灰皿があった。エキーノの手にはイタリアンアニス、アキッレーオの口元にはジタンが煙を昇らせている。
煙草を吸うなら外でと追い出されたのであろう。
アキッレーオがへらりと片手をあげ、エキーノが慌てたように灰皿で火を消しながら言う。
「おかえりなさい、オルゾさん!」
「別に吸ってていいが。怪我は大丈夫なのか」
「ういっす」
エキーノは包帯の巻かれた腕を逆の手で叩いて見せた。丈夫な男である。
「そうか。カンディータはどうした」
「えっと、今朝まで病院にいて、出社して作業するつもりだっていうんで、それより家か学校行って大学院の勉強でもしてるようにと伝えました」
「ああ、それでいい」
実際のところ、カンディータに回している仕事で急ぎのものはない。それよりはこの秋から仕事をしながら大学院に通わせているのである。経営学修士の資格を取ってもらうための勉強でもしてもらったほうがずっと良いだろう。
オルゾは二人に家の中に入るよう指示し、車を車庫へと入れる。
そして彼らはリビングに集まった。
ステラマリナとラファエラも含めて五人である。出かけている間に動かしたのか、ラファエラは巨大なアーサーちゃん人形の腹に埋もれるように背を預けていた。
オルゾは言う。
「ラファエラが親元に戻れることが決まった」
「良かったわ」
最初に笑みを浮かべてそう言ったのはステラマリナだった。
「……帰れるの?」
ラファエラがおそるおそるといった様子で尋ねる。
「ああ」
オルゾは肯定する。ラファエラの様子を見ながら懐から手紙を出した。
首領との面会の後、護衛より渡されたものである。
「これは首領からの指示だ。首領が運転手とリムジンを用意してくださるから、それに乗ってナポリに移動。途中の町でヴィテッロ組の者から荷物の引き渡し……、拐われた時の服とか携帯電話や財布とかだな。それを受け取ったら、後はナポリのサン・カルロ劇場の前でお前の父親に引き渡しをするだけだ」
ヴィテッロ組の者と言ったところで、ラファエラがびくりと小さく身を震わせた。
「まあ、怖がる気持ちは分かる。向こうから何か言われるかもしれんが、安心しろ。決して手出しはさせない」
「うん……」
ラファエラは頷いた。気分を変えるようにアキッレーオが明るい声を出す。
「サン・カルロとは随分な観光地だね」
ナポリでも最も有名で歴史ある劇場といって良いだろう。
「人の多いところで動きを制限するためだろうな。まあ、俺たちはラファエラをさらった訳じゃあない。堂々としていればいいんだ」
「わたしは?」
ステラマリナが問う。
「ラファエラを親元に返すのに、男だけで行くのは向こうも不安だろうしな。着いてきてくれ」
「分かったわ」
ステラマリナは頷いて、ラファエラの手を握ると立ち上がる。
「さ、着替えましょうか」
「うん」
「ほら、せっかくだからおめかししないと」
二人はリビングを後にした。実際のところそれも理由であるが、ラファエラの心を落ち着かせるという意味もある。ラファエラはステラマリナに良く懐いているからだ。
「エキーノ、本当に動けるのか」
この場合の動けるか、というのは戦闘などの激しい動きができるかを聞いている。エキーノはオルゾの瞳を見てしっかりと頷いた。
「はい、大丈夫です」
「それなら兄貴と二人には護衛としてついてきてもらう」
「ういっす」
「ああ」
「エキーノは護衛の優先は俺、ステラマリナ、ラファエラの順だ。兄貴はラファエラ、ステラマリナ、俺の順で優先な」
二人は頷いた。
「まあ、実際のところ危険度は低いだろう。ちゃんとした護衛がいると見せる意味合いが強い。つまり、お前らちゃんとヒゲ剃ってピシッと立ってろってことだ」
エキーノは病院上がりで少しヒゲが伸びている。彼は恨めしげな視線を隣に向けた。
「一番いいスーツの袖を切られちゃったんですよねぇ」
「ごめんて」
アキッレーオは反省していなそうに答えた。オルゾは溜息を一つ。
「まあ、この件が終わったら改めて仕立てるか。俺も新しいの買いたいところだ」
オルゾは手紙をエキーノに渡した。エキーノはライターで手紙に火を付けて卓上の灰皿の上に置く。
この手の指示が電子メールなどではなく、古典的な手段で行われるのには意味があるのだ。
火が消えると、男たちも立ち上がり、移動の用意を始めた。
そして一時間後にはオルゾの家の前に一台の黒いリムジンが止まり、彼らは南へと旅立ったのであった。




