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インテリマフィアのオルゾさん、首領と面会する:1

 オルゾが向かったのは町の中心街から少し外れたところにある何の変哲もないアパート、その一室である。

 だが、足を踏み入れればそこが尋常な空間ではないと誰もがすぐに理解するであろう。

 人が住んでいる気配はない、どこか空虚な冷たさを感じさせる部屋だ。だが、その内装には古き城や美術館のような価値を感じさせるのではないだろうか。そう、そこは謁見の間なのだ。

 オルゾは部屋に入ると、数歩進んだところで跪き頭を垂れた。

 彼の正面にあるのは、古風アンティークで重厚な椅子チェスターフィールド

 だがそこは無人であり、誰もいない空間に向けて、ただ敬意を示し続ける。それはどこか真摯なる祈りの姿にも似ていた。

 待つことしばし、オルゾが入ったのとは別の扉が護衛によって開かれ、椅子に男が座った。

 彼の前には男の靴先のみが見える。

 オルゾは頭を上げて踏み出し、男の差し出す筋張った手の甲に触れるような接吻をした。


「首領、お会いできて光栄です」


 オルゾの言葉に、ゆっくりと落ち着いた男の声が返る。


「忙しくしているようだな、オルゾ。お前の貢献、嬉しく思う」


「はっ」


「座るがいい。葉巻シガーを一服する時間くらいあるだろう?」


「はいっ……!」


 オルゾの心に歓喜が溢れた。

 マフィアとはシチリア島を起源とする犯罪組織であり、秘密結社である。

 だがオロトゥーリア組の首領はその中でも極めて秘密主義が強い。シチリア人(シシリアン)であるという以外、何の情報も知られてはいないのだ。

 例えばヴィテッロ組の首領はメルクリオであると、外部にもその名前や容姿が知られている。だがオロトゥーリア組の首領の名や姿はほぼ誰も知らない。

 オルゾら数名の幹部と顧問が知るのみであるし、オルゾとてその名を呼ぶことはなく、ただ首領と呼ぶのみだ。

 こうしてゆっくりと話すような機会を賜るのは実に珍しく、光栄であると言えた。


「ふむ……」


 首領は机に置かれていた葉巻入れ(ヒュミドール)から二本の|キューバ葉巻《モンテクリストNo.4》を取り出すと、一本をオルゾに渡した。


「いただきます」


 オルゾはそれを恭しく受け取ると、懐から飛び出しナイフイタリアンスティレットを取り出して先端を切った。

 首領はその間にシガーカッターでパチリと先端を切ると、長く軸の太いマッチを擦って逆端に火をつける。そしてオルゾの葉巻を受け取ると再びマッチで先端を炙り、オルゾに返す。

 二人は同時に葉巻を咥え、紫炎を燻らせた。

 首領は言う。


「さて、昨日の件だが、メルクリオから連絡があった」


「はい」


「メルクリオからはウチの縄張り(シマ)で騒動を起こした詫びと和解金の申し入れがあった。ウチとしてはこれを受けるつもりだ」


「は、お心のままに」


 首領がそう仰るのであれば、オルゾとして否やはない。そこには単純な金銭の問題以外に、組同士の立場の問題もあるのであろうから。

 首領は葉巻を口に含むとしばし黙考するように動きを止め、ゆっくりと煙を吐き出した。


「それに追加して、今お前のところにいるというロッセリーニ侯の孫娘だが」


「はい」


「彼女の両親の元に、お前が返してやってくれないかという申し出がある」


「なるほど、それは……」


 銀縁眼鏡の奥でオルゾの目が細められる。少しの沈黙の後、こう続けた。


「随分と厚顔無恥な言い分ですが、自分としてもここまで関わったのですから最後まで見届けたいというのも本心です。受けましょう」


 誘拐というのは金や身柄を引き渡す時が最も危険なのだ。ただ、今回の場合のオルゾは被害者が逃げ出してそれを善意の第三者が保護したという立場であるとも言える。

 金銭の授受が終わった後にオルゾがラファエラをロッセリーニ家に連れ戻した場合、オルゾに危険はなく、ヴィテッロ組にとってもリスクが大きく減じるのだ。

 ただ、後始末を他人に押し付けようというのだからオルゾの言う通り厚顔無恥な申し出と言えるかもしれない。

 首領は口元を歪めた。


「オルゾ、お前も変わったな」


「そうでしょうか?」


「無論、良い方向にだが」


 首領は懐かしむような視線をオルゾに向け、オルゾは居心地の悪さを感じて身じろぎする。


「一年前のお前なら断っていた。そうだろう?」


「かも、しれません」


 もちろんこれは仕事ではある。ただ、ヴィテッロ組の使い走りとされていることを理由として異議を唱えた可能性は高かった。


「良い男になってきた。そういうことだ」


「……でしょうかね」


 言葉では失われ、しばし、立ち昇る紫炎のみが雄弁に会話を交わした。

 葉巻が半分ほどまで灰となった頃、呟くように首領が言う。


「オルゾよ。マフィアなど流行らない。時代遅れの遺物だ」


「はい」


 事実である。

 イタリア生まれのマフィアという組織がアメリカに渡り、禁酒法の時代に発展し、栄華を極め、そして衰退した。

 アメリカに渡ったもののうち、ニューヨークに居を構えた五大組織をコーサ・ノストラと言うが、かつての栄光は見る影もない。

 連邦捜査局フェデラルとの戦いに敗れたのだ。


「それでもお前はこの道を続けるか?」


 オルゾはかつて、ファミリーの構成員となったときと幹部となったときの二度、この問い掛けを首領から受けたことがある。

 これで三度目だ。

 オルゾは葉巻に目を落とし、なぜ首領が幾度もそれを尋ねるのかに思考を巡らせる。


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