インテリマフィアのオルゾさん、朝食をとる。
翌朝、オルゾが目を覚ますと、妙に機嫌の良さそうな少女の声がかけられた。
「おはよっ」
オルゾは寝起きに一瞬困惑する。
「……ああ、そうか」
ラファエラなる少女を自宅に泊めたのであったと思い出す。
「おはよう」
何が面白いのか少女はにこにこと笑いながら繰り返した。
「ああ……おはよう」
オルゾは挨拶を強要されたように感じた。ベッドから身を起こしながら尋ねる。
「ステラマリナはどうした」
ラファエラはベッドの上を転がり、床に立ち上がって言った。
「朝食作ってくれてる」
キッチンの方から爆発音が響いた。
「……それは本当に料理か?」
ラファエラは慌ててキッチンへ向かった。オルゾは朝の支度などしてからゆっくりとダイニングへと向かう。
食卓には立派な朝食が並んでいた。
本来、オルゾもステラマリナもイタリア人らしく朝食にはそれほどこだわるたちではない。ブリオッシュやビスケット、あるいはコルネットにスプレッドを塗りたくったものを齧る程度だ。
それをオルゾはエスプレッソ、ステラマリナはカプチーノで流し込む。
たまに近場のバールで朝食のこともあるが、食べるものは基本的には変わらない。
ところが今日はどうしたことか。
パン類は卓の中央の籠に、その隣には挟む用の薄切りされた生ハムやレタスが花のように綺麗に盛り付けられ、各自の前には落とし卵や、クラムチャウダーまで並べられている。そしてピッチャーにはたった今絞りましたという顔をしたオレンジジュースが陽光を受けて煌めいていた。
「おはよう、旦那様」
ステラマリナが妙にうきうきとした様子でキッチンからダイニングに顔を出す。
オルゾは彼女の小芝居にのり、さもいつもこのような食事をしていますよというように何の反応も見せずに、エスプレッソの置かれた席についた。
「いつも通り、完璧な朝食だな」
「でしょう」
ステラマリナがふんす、と鼻を持ち上げる仕草を見せる。ラファエラがキラキラとした目で彼女と食卓を交互に見つめた。
この妙にSNSで人気がでそうな朝食は、ラファエラを喜ばせるために、あるいは見栄を張るために用意されたものだろう。
オルゾは彼女のドヤ顔を見て、小芝居に乗るのをやめた。
「キッチンの惨状に目を向けなければ」
ステラマリナは目を逸らした。ラファエラが笑う。
エスプレッソの芳醇な香りの向こうから焦げ臭さが漂ってくるのはキャンベル・スープを焦がしたのだろう。電子レンジは内側に卵がこびりついている。先ほどの爆発音はそれだ。
飲み物をジュースまで用意していればミキサーやらオレンジの皮も積まれていることだろう。
「洗い物は後でやっておきます……」
「そうしろ」
「手伝うわ」
ラファエラが言い、ステラマリナは彼女を抱きしめた。
オルゾはエスプレッソを口に運んだ。
「今日はどうするの?」
食事中、ステラマリナが問う。オルゾは答えた。
「顧問から連絡があった」
「ふうん?」
「昨日の夜のうちにメールだけいれておいたんだがな。首領がお会いくださるそうだ」
昨日の騒動については別の幹部から連絡がいっているはずである。だが、ラファエラを確保している件、それとその確保にヴィテッロ組が動いている件は別である。オルゾの方から顧問を通じて首領に連絡を入れたのであった。早朝にその返信があったのだ。
彼の顔に歓喜と緊張が浮かんだとステラマリナは感じる。オルゾは続けた。
「兄貴、アキッレーオが来たら護衛についてもらえ。交代で俺は出る」
「わたしたちはどうすればいいかしら?」
オルゾはしばし考えて言う。
「とりあえず家にいろ。首領との話が済めばすぐに連絡する」
「分かったわ」
ステラマリナが答え、オルゾはラファエラを見つめた。
「な、何?」
「お前の処遇が決まるということだ。どういう形になるかはわからないが」
ラファエラの瞳が不安か戸惑いにか揺れる。オルゾは続けた。
「悪いようにはしないと言いたいが、ヴィテッロ組がどういう要求をしているのか、首領がどう判断なさったかはわからんからな。気休めは口にしない。ただ、ここで食事をすることはもうないだろう」
ステラマリナが朝食を豪華にしたのは、それが分かっていたからでもあるだろう。
「……うん、オルゾ、ステラマリナさん。良くしてくれてありがとう」
「良いのよぅ」
そう言ってステラマリナはまた彼女を抱きしめた。オルゾは頷くに留めようとしたが、ステラマリナの視線に圧を感じた。ラファエラの頭に手を伸ばし、さらさらの黒髪を乱すようにぐりぐりと撫でれば二人は満足そうに笑った。
そしてオルゾは食事を済ませるとスーツに着替え、アキッレーオがやってくると、それと交代するように家を出たのであった。
アルファロメオの排気音が遠ざかっていくのを聞いて、ラファエラの瞳からは一滴の涙が溢れた。




