インテリマフィアのオルゾさん家に帰る。
「お前たち、明日は休みでいいぞ」
「いけますよ、こんなもんかすり傷です」
「仕事の残りが……」
「まあ好きにしろ。ただ、明日以降、俺が事務所に顔出せるかどうかは分からん。仕事しときたきゃ事務所の鍵勝手に開けてもらってもいいし在宅でも構わん」
オルゾはエキーノとカンディータといくばくか言葉を交わし、ノッテ医院を後にする。
そして商業施設の駐車場に歩いて戻る頃には酒も抜けていた。アルファロメオの4C Spiderに乗ると夜の街を飛ばす。さすがに秋の夜はオープンカーに向く季節ではない。そろそろ冬用の車を出しつつ、一応これに幌も取り付けておかないとななどと思いつつ自宅へと戻った。
「きゃー! すごい!」
そのオルゾを玄関で迎えた声は、奥の部屋から聞こえてくるラファエラの歓声であった。
「……なんだ?」
革靴を脱ぎ捨てて屋内用の靴に履き替えつつオルゾが首を捻っていると、ステラマリナの波打つ金の髪が廊下から覗く。
「おかえりなさい、旦那様」
「おう、今帰った。兄貴は?」
「明日また来ると言って帰られたわ」
オルゾは苦笑した。相変わらず自由な男である。普通、護衛だと雇われているのであれば、少なくともオルゾが戻るまでここで待つのが筋だろう。
だがアキッレーオは帰った。直観で生きている男だ。あいつが帰ったということは今夜に危険はなく、明日来るということは状況に動きがあるということなのだと判断したということだ。彼自身、そんなことは意識していないだろうが、オルゾは兄のその手の勘には信頼を置いていた。
「そうか。……んで、なにしてんだ、あいつ」
オルゾは奥の部屋を指し示した。ステラマリナは笑う。
「見てみればわかるわ」
そう言うのであれば仕方ない。オルゾがそちらへと向かえば、部屋の扉が開いていた。覗けば、そこには部屋の中央にあるペンギンなのだかドラゴンなのだかよく分からない風貌の、巨大な縫いぐるみに飛びついて抱きつく少女の姿があった。
「なんてすてきなのアーサーちゃん!」
ぶんぶんとラファエラが首を振る。
そう、ペンギンとドラゴンを掛け合わせたペンドラゴンのアーサーちゃん。そういうキャラクターであった。と思い出す。
「ああ」
オルゾは溜息をついた。
オルゾとステラマリナの新居にはバカでかい、オルゾの身長ほどもある巨大な縫いぐるみが鎮座しているのだ。
それは二人の結婚祝いとしてアキッレーオが贈ってきた人形である。ちなみに20000ユーロくらいするらしい高級な縫いぐるみだ。なぜか結婚祝いなのにオルゾの金を使って買われたものであるが。
「なるほど、お前がこの間抜け面の縫いぐるみがセレブの間で人気と言った時は正気を疑ったが……どうやら本当らしいな」
爬虫類のような尻尾が生え、嘴からだらしなく舌を垂らした巨大なペンギンに、一心不乱に抱きついているラファエラを見てオルゾはそう言った。
ステラマリナは笑う。
「そうよ、大人気なんだから!」
そう言ってステラマリナはラファエラごと抱きかかえるようにアーサーちゃん人形に飛びついた。
ラファエラがけたけたと笑い、オルゾに気づいて満面の笑みを浮かべる。
「わたし、アキッレーオさんを誤解してたわ! こんな素敵なものをプレゼントするんだから良い人よね!」
「ああ、それは勘違いだと思うぞ」
オルゾは呆れ顔で、スーツを着替えるために自室に戻った。
そして着替えるとキッチンへと向かい、エスプレッソマシンでマグカップにミルクをスチームする。
そして砂糖を入れてコーヒースプーンでステアした。
そしてやってきたステラマリナにカップを渡す。
「はいよ、飲ませろ」
コーヒー少なめ、甘くしたカフェラテである。
「何よ、気が効くわね」
「気まぐれだ」
「私のは?」
「今やってる」
マグカップに蒸気がもくもくと当たる。
ステラマリナはにやにやと笑いながら言う。
「今、ラファエラちゃんが言ってたけど、一緒に寝たいんだって」
彼女は幼児返りをしているかのようだ。
まあ、ずっと捕まっていて逃げ出すことができ、そして緊張がほぐれてきているのだろう。わがままが出てくるのはここが安心できると思っているということだ。悪いことじゃあない。
「寝てやれよ」
「あなたもよ」
オルゾは顔をしかめろ。
「俺にも家族ごっこしろって?」
ステラマリナは笑いながらマグカップを指差した。
「立派なパパじゃない」
舌打ちが一つ。
ステラマリナは笑いながらカップを持って戻った。
「一緒に寝てくれるって!」
「おい!」
オルゾは文句を言うが、ステラマリナはそれを聞くような女ではなかった。
再び舌打ちを一つ。
「仕事済ませているから先に寝てろ!」
部屋からは「はーい」と女たちの声が揃った。
こうして、長い一日は終わったのだった。




