インテリマフィアのオルゾさん、兄貴を買収する5/閑話
なんかへんなとこでシーン切れちゃったので後半が閑話。いずれ修正するかもです。
オルゾは卓上に札束を置く。
「この件が片付くまで、寝返るなよ」
「もちろんだ」
「流石にないとは思うが、万一これ以上の額を提示されたらその分も払うから言え」
「ああ」
「それと……」
オルゾはもう一つ札束をその上に積んだ。
「兄貴、あんたを雇う。ステラマリナとラファエラを守ってくれ」
「ふうん?」
アキッレーオは口元を歪めて愉快そうに言った。
「お前は守らなくていいわけ?」
オルゾは自信ありげに笑みを浮かべて頷いた。
「エキーノは身体が千切れていても俺の護衛は譲らんよ」
アキッレーオは笑う。そしてグラスを掲げた。
「乾杯しようぜ」
「後で車運転するから一杯な」
イタリアでは概ね酒を一杯飲んだ程度の血中アルコール濃度で運転するのは合法である。ステラマリナが立ち上がり、ウェイターを呼びに行った。
その後の会食は穏やかに進んだと言える。ラファエラはアキッレーオを警戒している様子ではあったが、アキッレーオは初対面だと打ち解けやすい性格でもある。段々と彼女の緊張も解れていったようであった。
会食を終え、アキッレーオが言う。
「じゃあここは俺の奢りで」
オルゾは眉間に皺を寄せる。
「せっかく金渡してるのにさっそく散財するんじゃねえ」
「えー、でも弟夫妻に払わせるのもさ」
「……元は俺の金だがな。まあそうか」
気持ちは分からないではない。オルゾは出しかけていた財布をしまった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま……でした?」
ステラマリナとラファエラが言う。
四人は駐車場まで一緒に降りて別れた。オルゾは結局歩いてノッテ医院に向かう。一杯のつもりがつい杯を重ねてしまったのだ。
夜風がオルゾのコートの裾を跳ねさせる。この時間帯は海風が強く吹く。
秋の夜風は冷たいが、酒の火照りを冷まさせるにはちょうど良い距離だろう。
…………
「バッサリいったねえ」
「ういっす」
ノッテ医院の院長である初老の医者、ノッテ氏がエキーノの傷口を見てそう言う。
「まあ切り傷自体は浅くないけど綺麗なもんだし、止血もちゃんとしてたみたいだからすぐ治るよ」
「ありがとうございます」
ノッテは白い眉を寄せながら不満げに呟いた。
「安静にしてりゃあだがね」
「そいつは難しいですね……」
はあ、と溜息。まあ患者がこう言うのが分かりきっているから最初から不満げであるのである。
「まあさっさとやっつけちまうとしよう。ったく今日はただでさえ昼忙しかったてのに、勤務時間外にまできやがる」
そう言いながらも彼の手は澱みなく正確に動き、もう縫合を始めている。
「すいません」
今日の昼は駅前でドンパチやってたのだ。ここに担ぎ込まれた怪我人も多いだろうとエキーノは考える。
ノッテ氏はマフィアの抗争に『理解ある』医者だ。この医院には他にも何人か医者が在籍しているが、こういう案件は基本的に彼自身が治療を行う。
「まあいいさ、別にお前さんが悪いわけじゃない。傷は大工作業中に釘で引っ掛けたってことにしておくからな」
「ういっす」
例えばカルテを事件性のないように仕立てあげてくれるなど融通が効くのだ。
もちろん後で謝礼は包むが。
「……はいよ、終わりだ。糸は抜糸しないでも二週間もすりゃ吸収される」
「はい」
「それと今日だけはうちのベッドで寝ていけ」
「ええっ!」
エキーノは腕の傷跡を見て困惑の声を上げる。
「馬鹿か、腕の怪我の話じゃないわい。お前さん頭蹴られてるだろう。万一家戻った後にぶっ倒れたら死ぬぞ。チリエージョ! この男をベッドまで連れていっとくれ」
「はぁい」
チリエージョと名を呼ばれた妙齢の看護師の女性がエキーノの怪我をしていない方の腕に彼女の両腕を絡める。その胸は豊満であった。
エキーノの動きが止まる。彼の膂力をもってすれば女性の腕など簡単に振り払えるはずであるが、その行為がなされることはない。
しっしとノッテがエキーノを追い払う仕草を見せる。チリエージョに腕を引かれてエキーノは手術室を出て行った。
「軽く内出血しているみたいだからぁ、後で氷枕持っていくわねぇ」
「……うっす」
彼女は病室へと向かう途中、エキーノのこめかみのあたりを観察すべく見上げた。つまり、腕を抱き込んで顔を近づけたわけである。
その時であった。
「エキーノさん!」
そう声をかけたのは喜色を露わにしたカンディータであった。彼女はリノリウムの床の上を彼に向かって駆け寄ろうとし、足を止めた。その顔からは表情というものが失われていた。
「エキーノさん、お盛ん……もといお元気なようでなによりですね?」
「ち、ちがうんだよカンディータちゃん!」
エキーノは叫び、カンディータは首をこてんと傾けた。
「何が違うのかしら?」
「あれだよあれ! 頭打ってるから転倒防止の介助! そうですよね、チリエージョさん!」
しかしチリエージョもまた首を傾げて言った。
「そうだったかしらぁ?」
「さいてー」
「おいぃ!」




