インテリマフィアのオルゾさん、兄貴を買収する4
アキッレーオは電話を切ると胸ポケットに仕舞い、オルゾの方を向いて言った。
「なんかポモドーロって連呼してるとスパゲティ食べたくならない?」
スパゲッティ・ポモドーロやパスタ・アル・ポモドーロを思い浮かべたのだろう。要はトマトソーススパゲティである。
「ラーメンでも食ってろ」
オルゾはにべもなく言う。ここは中華料理屋である。
ステラマリナが吹き出したが、オルゾはそれを気にすることもなくアキッレーオに問いかけた。
「ヴィテッロ組のポモドーロを名乗る男からラファエラという少女を捕まえて連れてくるようにという依頼を受けた。それで合っているか」
「概ねそうだ。厳密には『無傷で』が入るかな」
オルゾはラファエラに振り返って尋ねる。
「ラファエラ、ポモドーロという男に心当たりは?」
「無いわ。……ただ」
「ただ?」
「今、電話口の向こうで話していた男の声は聞き覚えがある気がするわ」
「顔は分かるか?」
ラファエラは首を横に振った。
不自然な点はない。とオルゾは考える。
無傷で捕まえてこいというのもその後でロッセリーニ家と取引するのにおいて必要なのだろうし、ラファエラが誘拐の指示を出した男の声を聞いたことがあるということも、顔を見ていないというのも、指示だけ出して顔はバレないようにするためということは十分あり得る。
誘拐を主導するかそれに近い立場であろう、ポモドーロとやらが現場にいなかったせいでラファエラに逃げ出されているのでは世話ないが。
「ああ、そうだ兄貴。仕事は幾らだった?」
「1万」
アキッレーオは指を一本立てながら答える。オルゾの眉間がぴくりと動いた。
「妙に……半端な数字だな?」
「そうか?」
オルゾは椅子に深く座り直し、眼鏡のブリッジに中指を当てると、そのまま目を瞑り、顔を隠すようにして動かなくなった。彼が深く考える時の姿勢だ。
「半端ってどういうこと?」
ラファエラは小さな声でステラマリナに尋ねた。だがステラマリナは全く考えていないような声音で「さあ?」と答える。
オルゾは言う。
「俺の兄であるアキッレーオという男はこう見えて凄腕の殺し屋だ」
「分かるわ。人の動きとは思えなかった」
エキーノとの戦いを思い出し、ステラマリナは言う。
「それを雇うのに1万ユーロじゃ安すぎる」
「殺しの依頼ではないからではなくて?」
「それは安くなる理由じゃない。無傷で拐えというのは殺せというより難しいんだ。聞いた限りだと兄貴はナイフと格闘しかしていないからな。銃は使っていないんだろう?」
アキッレーオは頷いた。
「流れ弾がお嬢ちゃんを傷つける可能性があるからね。でも普段はそれでも簡単にやれるんだ。オルゾの部下があそこまでできるとは思ってなかった」
オルゾは頷き、アキッレーオは続けた。
「ポモドーロは凄腕の殺し屋、まあ俺なんだけどさ。それに頼んだとは思ってないんじゃないか? 普通にフリーのチンピラに声かけた感じで」
オルゾは首を横に振る。
「それだと高すぎる。チンピラに女さらってこいって言うのに、1万は出さないだろ」
オルゾはラファエラに碧の視線をやった。彼女はびくりと身を震わせる。
「土地勘のない小娘一人捕まえてこいっていうなら下手すれば百ユーロ。無傷とか急ぎとか条件つけても千がいいところだ」
「なるほどなぁ。じゃあなんでだ?」
アキッレーオの問いにオルゾはしばし黙って考えていたが、烏龍茶を煽って一息に飲むと、諦めたように言った。
「……分からんな。パズルを解くにはピースも時間も足りてない」
「そうか」
「とりあえず先に払うものは払っておく」
オルゾは鞄から1万ユーロの束を3つ取り出して机の上に無造作に置いた。
「裏切るなよ?」
「裏切らないさ」
アキッレーオは懐のポケットに札束を仕舞いながらそう言った。
「あのっ、アキッレーオさん!」
ラファエラが立ち上がり、アキッレーオを見つめて呼んだ。
「なんだい?」
「オルゾさんのお兄さんならエキーノさんのこと知っているんですよね?」
「ああ、知っているとも」
「それなのに、えっと例えばオルゾさんに連絡したりないで、いきなり襲いかかるんですか?」
「オルゾに連絡取られる前に無力化して君を拐おうと思ったんだけどね。ダメだった」
「で、でも殺そうとしましたよね?」
「殺す気はなくて無力化するつもりだったよ」
「うそっ、最後!」
ラファエラは机に手を付き、身を乗り出して声を出す。
アキッレーオは鮫のような笑みを見せ、ラファエラの言葉は止まった。
「そうだね、その通りだ」
オルゾからの電話がかかり、アキッレーオを止める直前、確かにアキッレーオはエキーノに殺意を向けた。それは間違いないことであった。
「なんで……」
彼女が小さく声を漏らした。アキッレーオはこともなげに答える。
「エキーノくんはオルゾではないからね」
オルゾは溜息を吐いて言った。
「ラファエラ、忠告しておこう。狂人の思考を追うのはやめた方が良い。『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』というやつだ」
「ひどいなあ」
アキッレーオはさも心外だとでもいうように肩を竦めた。




