インテリマフィアのオルゾさん、奥さんに少女を任せる2
「面倒を見るねぇ……構わないけど具体的には?」
ステラマリナはラファエラに視線を送る。
「とりあえず何点かまともな服を買ってやってくれ」
「やった」
何故かステラマリナが喜びの声を上げ、ラファエラは首を傾げた。
「どうして?」
「お前が家族の元に無事帰れた時に、オルゾさんっていう人にとてもお世話になった。と言わせるためだ」
ラファエラが渋面をつくり、ステラマリナがけらけらと笑う。オルゾは言葉を続けた。
「さっき言った通り、この女を追っている組織がいる。グラーノさんの警備会社でチンピラどもを捕まえてはいるが、残りがいないとは限らん。護衛にエキーノをつける。あと、あまりはしゃぎはするなよ」
「はぁい」
ステラマリナは頷き、ラファエラが尋ねる。
「あなたは?」
「俺は行かない」
「そうなの?」
オルゾは溜息を一つついた。
「お前な。俺にも仕事ってもんがあるんだよ。小娘やらチンピラやらと付き合って一日潰す訳にはいかねぇの。分かるか?」
「はぁい、ごめんなさい」
ステラマリナの言葉遣いがラファエラにうつっている気がするが、オルゾはそれには言及しなかった。
「夕飯はそちらで食っておいてくれ」
「夜は? 家に連れて帰ってもいいの?」
オルゾは頷く。
「とりあえずはそれでいいだろ。万が一があればホテルでも使え」
オルゾは現状の脅威度は低いと判断し、そう告げた。
まずヴィテッロ組はここから遠く、そう直ぐに構成員たちを動かせないであろうし、仮に人員を大きく動かせばそれこそ組同士の戦争である。そんなことは有り得ない。
またステラマリナはオロトゥーリア組の幹部であるリーゾの娘でもあるのだ。彼女にはリーゾの部下が誰かしらこっそりと護衛についている。その上でオルゾの直属であるエキーノを付ければ、仮に昼の騒動を逃れたヴィテッロ組の人間が数名いたとしても手出しはできないという判断だ。
そう話しているうちにエキーノが戻ってきたので、彼にもその旨を伝える。
「それでは、行ってきます。ステラマリナさんとラファエラさんは一命に替えてもお守りしますんで」
「おう」
ステラマリナがエキーノの尻を叩く。
「エキーノ固い。ほら行くよ」
「うす、ステラマリナさん」
「い、行ってきます!」
三人はがやがやと話しながら事務所を出ていった。
「やっと静かになったぜ」
オルゾはソファーからデスクへと移動し、背もたれに身を預けた。
デスクのパソコンの陰に隠れていた猫が、そうひとりごちるオルゾに「なぁ」と鳴いて答える。
フラーゴラと目が合う。先ほどカンディータに預けていた筈だがいつの間にか部屋に戻っていた、いやステラマリナに連れてこられたのか。
「騒がしくして悪かったな、フラーゴラ」
オルゾがそう言えば、蒼と金の目を輝かせながらフラーゴラは頭をオルゾの手にこすりつけた。
オルゾが彼女の頭を撫でながらパソコンを立ち上げれば、不満げに耳がしぴぴと震える。
「はいはい、お姫様……」
オルゾは引き出しからいなばのCIAOちゅ〜るを取り出して彼女の機嫌を取るのであった。
さて、結論から言えば、エキーノを護衛につければラファエラとステラマリナが襲われることはないだろう、というオルゾの見通しは甘かった。
彼の分析は正確であるのだ。確かにヴィテッロ組の構成員は動かなかったし、グラーノたちから逃れられたヴィテッロ組の者もいたが、それが彼女たちを襲うようなことはなかった。
だが、危険というものは想像していない形で襲ってくるのである。
オルゾの事務所を出て、三人は車で街の中心部へと向かう。
先ほどまでは警察や消防も出動する騒ぎとなっていたが、あれからかなり時間も経ち、静かなものである。
「まあ、お嬢様が納得するようなブランドの店なんてないんだけどさ。何か好きなブランドとかある?」
運転席でステラマリナは陽気な声を掛けた。後部座席でラファエラは少し迷ったように答える。
「そんな、ブランドばかり着ている訳じゃないわ」
「えー、ハイソな高校生とかってどんなのを着ていくの?」
ちなみに現代のイタリアには学生の制服という文化はない。
「普通よ普通。そこで街歩いてる子たちと変わらないわ」
時刻は昼下がり、学校帰りと思われる若者たちが歩いている。信号待ちの最中にステラマリナと目の合った男子高校生が見惚れて転び掛け、周りの友人たちに囃される。ステラマリナはウインクを一つ返した。
バックミラーに映るラファエラの横顔。学生たちを眺める彼女の白い横顔には、複雑な感情が浮かんでいるように見えた。
ステラマリナにはそれを理解したり、あるいは尋ねられるほどの関係もまだ構築できていなかったので、助手席のエキーノに言葉を振った。
「エキーノは彼女の服は何がいいと思う?」
エキーノは慌てて答える。
「い、いや、俺なんか全然わからないんで。えっと、どのみち駅前のビルで探すしかないんじゃあ」
垢抜けない漁師町ではあるが、駅前の比較的新しい商業施設はなかなか品揃えが良い。隣町まで行けばもう少し大きいホテルと洒落た服を扱う店もあるので、そちらまで行こうとも考えていたが、ちょっと時間もかかる。
特に護衛つきであることを考えれば、ここはエキーノの言に従う方が無難だろう、そうステラマリナは考えた。
「そうね、そこのレディースフロアぐるっと回って、上のレストランで夕飯にしましょうか。服が足りなければ家でネットで注文すればいいし」
そうだ、サイズ測って貰えば夜お喋りしながらパソコンの前でブランドのホームページのカタログを見るのも楽しいだろう。
そう思いながらステラマリナはアクセルを踏んだ。




