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1話


『育成ゲーム』


皆さん一度はスマホアプリでダウンロードした事があるのでは無いでしょうか。

動物・モンスター・魚…それから美少女やイケメンといった様々な生き物をスマホの中で『簡単』に『ノーリスク』で『365日何時でも何処でも』お手軽に育成出来る、忙しい我々日本人にとって癒しのゲームですよね。


ただ一つ私から忠告させて下さい。

決して『ダウンロードした記憶のない』育成ゲームが貴方のスマホに表示されたのなら、今すぐ消去をお勧めします。


何故ならー…


━━━━━━━━━━━━━━━


スマホからの軽快な通知音で意識が浮上する。


眼が重くのしかかってくるが何とかこじ開けると、視界に入るのは描きかけの小説が映るデスクトップと午前4時を指す時計。デスク前で寝落ちしたからか、肩と腰は嫌な音を立てながら痛みを主張してくる。否が応でも新人の頃の徹夜で原稿に齧り付いていた20代の身体との差を感じてしまい、30代後半まであと少しといった私は先の老いと寒さに震えてしまう。


「あ゛あ゛〜……寒……フローリング冷て……」


フローリングが冷たいと感じるようになったのはいつかだったか、子供の頃はあまり感じていなかったような気もする。

白湯を啜りつつ、死んだカエルのようになって散らばるスリッパを足先で引っくり返しながら履く女の姿は、フローリングをベタベタと歩けた子供時代からはかけ離れている事だろう。


ヒーターとテレビを付け、小さい椅子に腰掛ける。

1LDKの良い所は暖房の風がすぐ回ることだ、ありがとうヒーター。君が居なかったら冬を越せないよ…。


『本日から12月という事もあり、とても冷え込んでいます。外出する時は厚着をして、暖かくしていきましょう!』


外出しなくて良いというのは、小説家の良いところだと思う。雇用保険のある正社員を辞めた後悔はあるが、そういうところで帳尻が取れているのかもしれない。

そう寝起き頭の隅でぼやき、寒さを感じさせない明るい声で話す女性アナウンサーの声を聞きながら、スマホの通知を確認する。


「あれ、担当さんからじゃ無い。絶対に進捗確認だと思ったんだけど」


仕事に集中する為に、ショートメッセージアプリ以外の通知を切っているというのに、何故通知が鳴ったのだろうか。

画面に通知と共に表示されていたのは、真っ白なアプリアイコンと『DL記念!新人パック購入期限まであと3時間!』というありきたりな文章だった。


こんなアプリダウンロードした記憶が無いが、多分昨日疲れていたから寝る直前に広告でも開いてそのままダウンロードしてしまったのかもしれない。

軽い気持ちでその通知をタップすると『異世界への扉』という何とも厨二チックなタイトルが浮かぶ。

スマホゲーム好きの私は少々胸を踊らせつつ、メニュー画面や設定画面などを一通り目に通す。


画面全体には異世界と謳っているだけあって、中世庶民の質素な部屋が3Dで表示されている。

指のフリックである程度の視界をコントロール出来るらしい、数冊の本が重ねられた机と木製の硬そうな椅子、クローゼットらしき棚、ベット、奥には浴室やキッチンが見える。

一通り生活が出来そうな部屋のベットで寝息を立てているのはこのアプリの主人公だろうか?

後頭部しか見えないのでどんなビジュアルか気になる、ゲーム内の窓の明るさから見るに、多分私のスマホの時計設定に合わせてくれているのだろう。時刻はまだ早朝4時すぎ、キャラクターが寝ているのもリアルで好感度が高い。


「凄い、寝息まで聞こえるんだ」


画面下部の『ホーム』『話す』『ご飯』『ショップ』『プレゼント』というボタンを見る限り、育成ゲームだろうと当たりをつける。プレイヤー名が私の本名なのは気になるけど、変更は出来なさそうなので諦める。育成ゲームにオンライン要素は無いだろうし、まあ大丈夫だと思いたい。


すると、画面の布団が動き始め、身体を気だるそうに起こす様子が見れた。その動きはまるで生きてるかのように滑らかで、スマホゲームに多数手を出してきたが、その中でもトップに君臨すると言わざるを得ないクオリティだと感じる。


「最近の3D技術って凄いな…前にやってたゲームでもこんな滑らかじゃ無かったけど。これ本当に無料アプリ?」


主人公らしきキャラクターは高校生くらいの年齢に見える。柔らかな小麦色の髪色や、群青色の瞳の色、そして現実世界とはかけ離れた整った顔立ちから、彼が『ゲームキャラクター』である事をひしひしと感じる。

更に布の擦れる音、欠伸の表情がより一層この世界の没入感を高めていく。


ドキドキと胸を鳴らしながら、一人称視点を動かしていく。

随分視界が低いが、私は何のキャラクターを動かしているのだろうか?二足歩行をしているようなカメラの動きと、視界の低さから見る限り、赤ちゃんくらいのサイズ感だとは思う。


ベットに近づくと、青年はギョッと目を見開きベットの上で後ずさる。完全に変質者を見る目をしており、少し傷付く。こんな所まで作り込まれているらしい。


『な、えっ……!?動いてる……』


なるほど、チュートリアルというわけか。

『話す』ボタンをタップすると、左上にマイクマークが現れる。三十代にもなってゲームキャラクターに話しかけるのは若干気恥しさは残るが、私はやるからには入り込むタイプなのだ。一応一人暮らしではあるが、キョロキョロと部屋を確認してからスマホに話しかける。


「あ、あーこんにちは。私の名前は…」

『!?しゃべ、しゃべった!!!』


名乗りを遮られるとは、新感覚のアプリ…。

すると恐る恐る少年が『私のキャラクター』を抱き上げたのだろう。視界が急に上がり、青年の顔がスマホいっぱいに広がる。


「お、おお……顔が良い…」

『ほ、本当に喋れるんだね…!〈シャルロット〉!』

「シャル……」

「シャルロットが喋って動いてるなんて、信じられない!ねえ!どうして急に動けるようになったの?」


まさかプレイヤー名が固定されているタイプ!?

しかもシャルロット…急に没入感が下がり、遠い目をしてしまう。きっとこのアプリ、小さい女の子用に作られた可愛い育成ゲームなのかもしれない。


「シャルロット………?」

『あ、ハイ…』

「もう、急に黙らないでよ…またぬいぐるみに戻っちゃったのかと思った!俺、最初はウサギのぬいぐるみなんて要らないと思ってたけど、君のことずっと大事にしてたんだよ。知ってるだろ?」


何!?ウサギのぬいぐるみ!?

恋愛系育成ゲームでは無いらしい、やはり女児向けのアプリだったか…!

ウサギのぬいぐるみ〈シャルロット〉としてロールプレイを続けるのは心がとても苦しい。辞めようこのアプリ。私にはどうやら対象年齢が合わなかったらしい。


そっとマイクマークをタップし、アプリを閉じようとしたその時。鍵が回され、外れる音が『5回』響き、誰かが青年の部屋に入ってくる。


「アルフレート、誰とお喋りしているの?」


青年は私こと〈シャルロット〉を抱きしめたのだろう、胸板に押し付けられ画面が真っ暗になる。それにしても綺麗な声だ、青年の母親だろうか。


「シャ……シャルロットと」

「まぁ、シャルロットと?最近飾ってばかりだったのに」

「…………お母様がくれた〈お友達〉だから、大事にしようと思って」

「!良かったわ、昨日のお母様のお話ちゃんとアルフレートに響いてたのね。そうよ、そのシャルロットが貴方の〈お友達〉なんだからちゃんと大切にしなさいね」


ほのぼのとした会話を聞きながら、少々冷たくなった白湯を飲む。こういう会話でオモチャは大切にしようという意識付けもをしていくわけか、最近の幼児向けアプリは凄いなぁ等と考えながら何となくキリのいい所まで聞いてからアプリを閉じようと意識を再度アプリに戻すと…


「だから二度と、人間の〈お友達〉が欲しいなんて言わないでねアルフレート」


………………何?


「……はい、お母様」

「朝食は昨日言った通り、ワガママ言った罰で抜きよ。夜にはパンを持ってきてあげるから大人しくシャルロットと遊んでいなさい」


アルフレートの母親はそう言って部屋を出ていく。

物々しい、まるで『南京錠』を掛けているような音を何度もさせてから、階段を下りる音がスマホから聞こえる。

……なんだろうこの不穏な会話と表現は、まさかホラーゲームじゃ無いだろうか。

ゾッとしつつも画面を見ていると、少々青ざめた青年…アルフレートがこちらを覗く。


『シャルロットが喋るところをみられたら、捨てられちゃうからね。気をつけないと』


あの母親に見つかると強制バットエンドという事だろうか。

なんと……育成ゲームにそんな展開があっていいのか。

そもそもこのアルフレートという青年を育成して、どうするのがハッピーエンドに繋がるのかが上手く掴めない。


「うーん、チュートリアル不足…」


『……シャルロット?もう喋っていいよ?』


いけないいけない、このままではキリが悪くてアプリを閉じれない。焦ってマイクマークをタップする。


「う、うん。ありがとうアルフレート君」

『アルでいいよシャルロット!シャルロットは俺の友達なんだからさ』

「わ……かった。アル、私今起きたばかりで状況がよく理解できなくて…」

『……そうなんだ、シャルロットは今日産まれたんだね』

「多分…ごめんね、アルは私を大切にして……クレタノニ〜」


思った以上の恥ずかしさに最後カタコトになってしまった。辛い、演劇部に入っていればよかったと思う日は今日が最初で最後だろう。


『ふふ、いいよ!シャルロットと喋れてるだけで俺、嬉しいもん!』


にこやかに笑う青年に心が締め付けられる。か、可愛い。

見た目より幼い言動なのはきっとあの母親が原因なのだろう。


『お母様はね、外に出たら駄目だって言うんだ。でも俺は〈お友達〉が欲しくて、昨日お母様におねがいしたんだ。外に出てお友達を作りたいって……でも…』


アルは表情を歪ませ『駄目だった』と零す。

よくよく見れば彼の頬は赤く腫れており、言葉にせずともあの母親何をされたかは一目瞭然である。多分グーでやってる所が業が深い。辛い。


『でも、でもシャルロットが本当に〈お友達〉になってくた!俺、それでいいよ、嬉しい』


お………………重〜…………ッッッ!!!!


重すぎる、話が重怖すぎる。

虐待監禁母親からこの子を助け出すことを『育成』と呼んでいるなら開発者に一言物申したい。それは『育成』とは呼ばない、『脱出ゲーム』に近いからな覚えとけよ…と。


「ずっと友達でいよう……シャルロットがずっとそばにいるから……ぐっ…うっ……」

『な、泣いてるのシャルロット…表情が変わらないから分からないけど…』

「絶対幸せになろうアル」

『お、俺は幸せだよ?』


違うんだ、もっと伸び伸びと幸せになってほしい。

『ゲームキャラクター』なのに感情移入が止まらないのは、このゲームの3D技術が高クオリティすぎるからだ。開発者の性癖の曲がりと技術に項垂れる。


その時、〈ぐぅ〉とかわいらしい音がアルから鳴る。


『あはは……お腹すいちゃった。昨日の夜も罰で無かったから…』

「えっ」

『でもあんな事言ったのに、今日の夜にはご飯くれるって…お母様今日は優しいな。いつもだったら3日はないよ!』

「ォ……」


それは優しさではなく気まぐれだよ……。

青年の小柄さと言動の幼さと理由に気付いてしまい、胃がキリキリと締め付けられるのを感じる。

これのどこが『育成アプリ』だ!


「あ」

『シャルロット?』


画面下部に『ご飯』というボタンがあった事に気付き、私はついに心の声が口から出てしまった。


「育成ポイントここ!?!?」


有り得ない、こういう時のご飯って大体幸せの上に成り立っていることが前提であげるものではないのか?

様々な感情でどうにかなりそうな精神をどうにか押さえ込み、急いで『ご飯』をタップするも何も……無い……。


「……は?」

『シャルロットどうしたのさっきから…』

「こういう時はチュートリアル的におにぎりとかパンとかあるだろ普通!!!」

『ちゅ……?おに?パンはないよ……?』

『あるんだよ普通はァ……ッ!』


さっきからこのアプリに振り回されている気がしてならない。

まさかとは思いつつも『ショップ』をタップすると、そこには様々な料理が並んでいる。リアルマネーで。

げ、ゲームコインとか無いのかこのゲーム??嘘でしょ?

ここまでこの子の悲惨な状況を見せつけておいてリアルマネー??しかも一品一品が、物価高の影響を受けた現日本の食品と同等の金額……ッ!!嘘だろ……!?


私は深呼吸をし、ニコリと笑う。

『シャルロット』の表情は動いていないだろうが。


『わ……わ〜!?!?!?何これ!!!』

『ハンバーガーセット。サイドはポテトでドリンクはカルシウム取れるように牛乳。あとサラダもつけといた』

『シャルロット魔法使えるの!?!?』

「使える」


大人の金という魔法である。

¥1056という対価が必要なのは、この子には黙っておこう。

これは魔法なのだから。


『た…べていいの?』

「いいに決まってるじゃん、アルのために魔法を使ったんだよ?お母様には内緒!あ、食べ終わったら換気して…ゴミは……」

『大丈夫!お母様の足元にも及ばないけど、魔法少しは使えるし!』


ボウッと音を立てて彼の指先から炎が出る。

なるほど……ガチファンタジーってワケ……。

まあよくある設定だよね、とその現象を飲み込み、アルが震える手でハンバーガーにかぶりつく様子を見る。


すると、目を輝かせながらハンバーガーを頬張るスチルが手に入り、課金要素の罪深さを感じた。こうやって課金を促していくのだろう。します。


『美味しい!!シャルロットありがとう!!』

「これは……やばい……ッ」


追加のデザートを購入してしまった私は、きっと運営の思うツボなのだろう。ピポーン!という決済の音は聞かないフリをした、朝5時18分。私はこの時すでに、アプリを消すことなど頭からすっぽ抜けてしまっていた。

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