人の噂も七十五日㉜ ~決戦の金曜日~
9月12日、金曜日。この日の放課後いつものように部活へ出ていたすみれは文化祭に向けてのグループ練習でメンバーであるサックス担当の佐々木勇次とピアノ担当の鈴木亜美菜と共に2年5組の教室にいた。
3人は演奏する予定の「Beauty and the Beast」の練習をしながら、世間話に花を咲かしていた。とは言っても亜美菜が言いたい放題話題を持ちかけそれをすみれが聞き流し、勇次がいなすっと言った会話がほとんどであった。
「ねぇねぇ橋本さん、私また変な噂を聞いてさ。馬場さんって恋愛に興味なくて告白を振りまくっているけど、本当は裏で他校の男子ととっかえひっかえ付き合ってやりたい放題らしいじゃない。モテるからってそういう話聞くと幻滅するよね。まぁただの噂だから本当かどうかは分からないけどさ~。橋本さんはこの噂知っている」
亜美菜は黙って自分の話を聞くすみれの無表情を見ながらほくそ笑むように話を振った。そんな亜美菜の挑発を怒ったら負けだと自分に言い聞かせ冷静にそして淡々と言葉を投げ返した。
「へぇーそんなバカな噂が出ているんだ。普段の三佳と接している人間ならまずそんな荒唐無稽な話を言ったりしないから、その噂を流した人間は余程頭が悪いし、そんなバカでもわかる噂を信じちゃう人は相当偏差値が低いのがバレちゃうから鈴木さんもあまりそんな話は人にしない方が良いよ」
自分の話を受け流しつつも、カウンターパンチを繰り出してくるすみれにむっとした亜美菜がさらにもう一枚のカードを切るように言った。
「ふん、まぁ友達のそう言う話を信じたくない気持ちは分かるけど、実際にはどうなんだろうね。それとこれも笑っちゃう話だけど、あなたのクラスの一ノ瀬君と山田君だっけ。あの二人って色々怪しい関係だって言うじゃない。一部の女子達の間では前から流れていた噂みたいだけど、中学の頃からいい仲で今回の噂話もその関係を隠すためにわざと自分たちの女関係の噂を流して秘密の関係をごまかそうとしたって言うじゃない。ふふふ、本当によく考えるわね。そんなこと私でも思いつかないわよ」
笑いを堪えながら嬉々として捲し立てる亜美菜にこの話にはうんざりだと言った様子で語気を強めてすみれが言った。
「はぁ、馬鹿馬鹿しい。そんな話根も葉もないくだらない噂に過ぎないわよ。それに二郎君はどうか知らないけど、一君には好きな女子がいるんだからそんなこと絶対にありえないわよ!」
すみれの怒りのこもった返答に気圧された亜美菜は「どうだかね」と顔を背けたところで、二人に挟まれて話を聞いていた勇次が仲裁するように言った。
「まぁまぁ二人とも仲良くしようよ。鈴木さんも橋本さんの友達の事をそういう風に言うのは良くないよ。それに橋本さんもそんな話を鈴木さんが本気で信じて言っている訳じゃないことくらいわかるでしょ。だから本気で怒らないで笑って聞き流せば良いんだよ。噂なんて1度流れたらそれが収まるまではどうしようもないのだから」
「勇次君の言う通りよ。ただの噂話なんて誰でも多かれ少なかれするものでしょ。一時話題になってまた新しい噂が出たら前の話なんてすぐに忘れて、新しい噂に飛び付いてそれの繰り返しでしょ。私だって別に本気で噂を信じているわけじゃないのだからいきなり怒られてもどうしようもないのだけれど、ねぇ勇次君」
亜美菜は勇次の話に便乗し、すみれの顔を直視しないように勇次に隠れるように吐き捨てるように言った。
「そうね。ごめんなさい。あまりにも低俗な話だったから思わず呆れちゃって、でも真実はもうすぐ分かるから安心して。こんなバカ噂を流している犯人は絶対に突き止めるし、こんな噂もすぐになくなるだろうからさ」
何か確信めいたすみれの言葉に一瞬息を止めドキッとした亜美菜と勇次は重たい雰囲気を変えようと続けて声を上げた。
「さぁ、もう休憩は終わりにしてあと1回か2回通しで演奏したら今日の練習も終わりにしようか」
「そうね、私もう疲れちゃったから、パパッとやって早く終わらせましょうよ」
そんな言葉を交わしながらそそくさと練習の再開を始める二人にすみれも大人しくそれに従うのであった。
それから30分程過ぎて時計が夕方の6時を指すところで勇次がいつものように練習を切り上げようと二人に声を掛けた。
「それじゃ今日もこれくらいにしようか。橋本さんも鈴木さんもお疲れ様」
「お疲れ様」
「お疲れ~、もうクタクタだよ。ねぇ勇次君、今日もまた帰りにお茶していこうよ」
「いや、でも今日は橋本さんと一緒に帰りたいと思っていたんだけど・・・それにまずは機材の片付けをしなきゃね。鈴木さん、悪いけど僕のサックスを持ってきてくれるかい」
勇次の掛け声にすぐさま反応した亜美菜がすみれの存在を一切無視するように勇次をデートに誘うが勇次はそれをすみれに見られるのを嫌がるように、自分のサックスを亜美菜に渡し、亜美菜の使用していたキーボードを持って教室を出ていった。
「ちょっと勇次君待ってよ~」
二人のやりとりを見て居たすみれも後を追うように音楽室へ戻り、グループの代表で練習の終了を部長に伝えると音楽準備室の前で勇次に食い下がる亜美菜を発見した。
「あ、橋本さん。今日はもう帰るの。良かったら少しお茶していかないかい。文化祭で発表する2曲目の選曲について少し3人で話をできないかな」
「えー、二人でじゃないの」
「いや、3人で話した方がいいでしょ。でも先週鈴木さんとはその話もしたし、僕としては今日は橋本さんと二人でゆっくり話がしたいところだから、イヤなら鈴木さんは帰っても僕はかまわないけど」
勇次が亜美菜を諫めているとすみれは真剣な表情で口を開いた。
「鈴木さん、二人で盛り上がっているところ申し訳ないんだけど、この後ちょっと聞きたい事があるから、少し付き合ってもらえないかな」
「聞きたい事って何よ。別にあたしは橋本さんに話すことなんて何もないけど」
亜美菜はそれまでの浮かれたような様子からすみれを怪しむように構えて言った。
「話を聞きたいのは私じゃないのよ。私の友達があなたにどうしても会って話がしたいって言うから、どうかお願いできないかしら」
「誰よ、友達って。それになんか一人で行くのはちょっと怖いんだけど、勇次君助けてよ」
亜美菜が勇次にすがるように声を掛けるとすみれが逃がさないとばかりに迫った。
「もし一人がイヤなら、悪いけど佐々木君も付き合ってくれないかな。別に誰に聞かれても問題無いことだし、今もう教室で友達を待たせているからどうかお願い」
勇次はすみれのお願いを無碍に出来ず亜美菜を説得するように言った。
「鈴木さん、こんなにお願いしているのだし、少しくらい話を聞いてあげても良いじゃないか。僕も一緒について行くし、何かあっても大丈夫だよ。それに時間もそんなにかからないでしょ、橋本さん」
「えぇ、すぐに話も終わるよ、・・・・何もなければね」
すみれの返事の最初の部分を聞いた勇次は亜美菜に大丈夫だと声を掛けて安心させていたため、最後に言った言葉を聞き取れなかった。
嫌々ながらも最終的に説得された亜美菜と付き添いの勇次を連れて、すみれは覚悟を決めて決戦の地である2年3組の教室に向かうのであった。




