夏休み その4 花火大会⑦ ~いたずら好きのお嬢様~
尊と忍、三佳と剛をそれぞれ見送ったところでようやく大和は一息つくと、巴との間にあったやり取りを思い出し自分の世界に入り黙り込んでいた。その様子から気軽に話し掛けられない二郎は、大和から少し離れた位置に腰を落ち着かせて、花火の打ち上げを今か今かと待ちわび楽しそうに盛り上がる人々の様子を一人ぼんやりと眺めていた。
そんな見るからにどんよりとした空気を纏う場所に何も知らないすみれが香しいソースの匂いを漂わせながら焼きそばを両手に持ってやってきた。
「おまたせ、焼きそば買ってきたよ。スゴイ行列で時間かかっちゃったよ。あれ、二郎君。忍と中田君はどうしたの」
「おう、すみれか。良い匂いだ、もしかして焼きそばか。美味そうじゃん。実は俺もさっき来たばかりだから詳しくは知らないけど、あいつらなら・・・・」
二郎は大和から聞いた忍と尊の事を説明して、二人で留守番している事を話した。二郎としては三佳と剛の事はすみれには話したくなかったので、聞かれた事だけを端的に説明した。
「そうだったんだ、向こうでも会わなかったけどしょうが無いか。冷めちゃうし、二郎君と小野君がこれ食べて良いよ。並ぶの大変だったんだから冷めない内に食べてよね」
「お、そりゃ嬉しいね。ありがとさん、ちょうど腹が減っていたから良かったよ。ほれ、大和も黙ってないで、冷める前に食べちまえよ」
「おう、・・・ありがとう」
すみれから渡された焼きそばを二郎は大和に差し出して食べるように促したが、大和は一応受け取ったものの完全にダウナーに入っており箸が進むことはなかった。
大和の様子を心配したすみれは二郎に小さな声で耳打ちした。
「二郎君、彼に何かあったの。いつもがどんな感じか知らないけど、明らかに元気ないけど大丈夫なの」
「うん、正直俺もよく分からんけど、急に黙り込んでため息ばかりついて、何度か声かけたんだけど駄目でさ。仕方無いからしばらく放置しておいたんだけど、やっぱり駄目そうだね。普段から静かな方だけど、普通にコミュニケーションは取れる奴だから俺らが来る前に何かあったんじゃないかな。まぁ男子高校生には良くある事だから、すみれが気にすることないよ。そういえば三佳の応援で会った以来だな。夏休みはどこか行ったりしたのか」
二郎は内心大和を心配していたが、すみれに気を遣わせるのは申し訳ないと思い、場の空気を変えようと話題を強引に逸らした。
「そうならいいけど、・・私は家族旅行で北海道に行ったよ。それ以外は吹奏楽部の練習だったよ、二郎君はどうしてたの」
「俺は相変わらずで・・・・」
すみれと二郎は焼きそばを食べながらお互いの近況報告をしつつ、一人うなだれる大和の様子を見守ることにした。
「それにしてもすみれの今日の服装は今まで見た中では一番落ち着きがあってそれでいてかわいらしさも出てるし、よく似合っていて可愛いな。すみれの人の良さとキリッとした感じがとても良いよ。ジローズチェック的にも満点だね」
「どうしたのよ急に、それにジローズチェックって何よ。褒めてくれて嬉しいけど笑わせないでよ、もう。二郎君も冗談言ったりするんだね」
すみれは二郎に突然ファッションチェックで褒められ嬉しく思いつつも、普段はファッションに無関心そうな二郎の言葉に思わずこみ上げてくる笑いを我慢するのに必死になりながら二郎に言葉を返した。
「せっかく褒めているのに笑うなんてひどいじゃないか。本当によく似合っていると思うよ。俺はこう見えて人を観察するのが得意で、ファッションも人の感情を表す一部だと思っているから結構興味があって詳しいんだぞ」
「そうなの、まぁ褒めてくれたならありがとうね。でも、何で急にそんな話を」
すみれは二郎の嘘か本当か分からない主張をとりあえず受け入れつつも、この話を振った理由だけは気になり二郎に問いかけた。
「まぁ、すみれは気持ちと服装がマッチしていてわかりやすくて良いんだけど、中には綺麗な顔して可愛い服を着ていても内心は何考えているのか分からない怖い人もいるから、それを思うとすみれは素直で良いなと思ってさ」
「なにそれ、私は一応褒められているのかな。それに誰のこと言っているの、その怖い人って」
「もちろん褒めているよ。まぁ、あまり大きな声では言えないけど、ウチの高校の先輩の二階堂副会長っているだろ。凜先輩は美人でおしゃれで後輩から憧れられている才色兼備のお嬢様って感じがするけど、中身は本当に人使いの荒い鬼のような人で、この夏休みも部活に行く度に何度もこき使われてさ。皆、あの容姿に騙されているから気をつけないと駄目だよ。すみれは今までどおり素直で優しいままでいてくれよ。って、どうしたすみれ、オバケでも見た顔して」
二郎がこの夏休みに溜まった鬱憤を晴らすため愚痴を話していると、すみれは急に真顔になり、二郎の奥で小さくうずくまっている大和の方を指さしながら、声を震わしながらつぶやいた。
「二郎君、・・・う、後ろ」
「えっ」
二郎は大和に何かあったのかと後ろに振り向いたところ、その先には某ホラー映画の○子のように前髪で顔を隠し何かを唸りながら二郎に這い寄って来る女がいた。
「じーろーくーん」
「「ぎゃー!!」」
二郎とすみれは恐怖のあまり思わず悲鳴を上げ、お互いを支えるように手を握り合って体を後ずさりながらも○子の正体を凝視した。
よく見るとそこには大人っぽさが際立つ黒を基調とした桜の柄が艶やかな浴衣を着て、後ろ髪をアップにした和風美人がいた。つまり凜だった。
「やったぁ。作戦成功ね」
「凜先輩、こんな公衆の面前で何やってんですか。心臓止まるかと思いましたよ」
二郎へのドッキリが成功して、嬉しそうにほくそ笑む凜にそこそこなガチトーンで二郎が怒鳴り返した。
「何を言っているの。こんな美人が一人寂しく会場をさまよっている最中に可愛い女の子と楽しそうにわいわい会話している二郎君が悪いんでしょ。もしかしてあなた二郎君の彼女とかだったりするのかな」
凜は二郎に向かって恨み節を言いつつ、すみれの方を向いて努めて笑顔で詰め寄った。
「いえ、まさか。私は他に好きな人いますから安心して下さい。二郎君を男として見た事なんてありません。全く」
すみれは笑顔の裏に蠢く凜の圧力に今までに言ったこともないほどの早さで返事をして、無意識のうちに二郎を眼中にないことを暴露していた。
「そう、まぁ、嘘ではないみたいね。それじゃ、二郎君を借りていっても良いかしら」
「どうぞ、どうぞ、お好きに使って下さい」
「あら、そう。なかなか良い子みたいね。仲良くなれそうだわ。ありがとう」
「いえいえ、私の事は気にせず、楽しんできて下さいね」
あっという間に女子二人の間で交渉は成立し、二郎が凜に連れ去られそうになったところで、二郎は最後の悪あがきをしようと凜の手を止めた。
「ちょっと、先輩。急展開過ぎて意味わかんないですよ。どこに行くつもりですか」
「良いから黙って私をエスコートしなさいな。こんな美人と夏祭りデートできるんだからごちゃごちゃ言わないの」
「もう相変わらず強引なんすから。そういえば一の奴はどうしたんですか。全然姿を見せないけど」
「一君なら生徒会メンバーの場所取りで多分宮森さんと二人であっちの方で留守番していると思うわよ」
「宮森、あぁ、確かあのくそ真面目の女子ですか。なんだ、あいつらそういう仲だったんですか」
「いや、特に付き合っている訳じゃないけど、多分、宮森さんは一君の事が好きなんじゃないかしら。今日も気合い入れて浴衣を着ていたし、一君にアピールしようと思っていたんじゃないのかしらね」
「そうなんですか、そんなら、凜先輩は誰にアピールしたくて浴衣を着ているんですか」
「二郎君、分かっていて言っているなら、今度こそ殴るわよ」
「え、何でそんな怒っているんですか」
「はぁ、もういいから、今日は財布のお金がなくなるまで奢らせるわよ。ほら早く立って行くわよ」
「ちょっと、勘弁して下さいよ」
凜は二郎の相変わらずのすっとぼけた態度にしびれを切らして実力行使で二郎の手を引っ張って立ち上がらせ、一段と賑やかさが増す会場の中心地へ仲良く腕を組んで歩いて行った。
凜の勢いに圧倒されしばらく呆気に取られていたすみれは凜と二郎の会話の中で出てきた一と巴の関係を思い出し、いても立ってもいられず一つ残っていた焼きそばを持って一がいるシートを探しに行くことにした。
「小野君ゴメン、ちょっと焼きそばが一つ余っているから、一君に差し入れしてくるよ。留守番よろしくね」
すみれは大和の返事を聞く間もなくその場を後にした。
大人7、8人はゆっくり座れるはずのスペースには小さくうずくまる大和を一人残し、様々な思いを胸に抱く男女が夏の風物詩である花火の打ち上げを前に、心の導火線に火を灯してそれぞれの青春の舞台に向けて飛びだしてくのであった。
「皆、青春してんな。はぁ」
そんな皆の背中を見送った大和は静かにつぶやき、ため息で心の火を消すのであった。




