夏休み その4 花火大会⓪ ~生徒会室にて~
8月中旬、夏休みも半分が過ぎて暑さもピークに達し、高校生なら友人と海やプールに行ったり、部活の試合や合宿に行ったりと高校生活を最も満喫してしかるべきこの時期に、六畳程度の狭い部屋に高校生が5人机に張り付いて、数字がびっちり羅列されている書類とにらめっこしながら、随分古くなっていまいち効きの悪いエアコンを全開にして黙々と作業に没頭していた。
この日、5人の高校生の青春時代の貴重な時間を削りながら長期間にわたり進められていた部活の予算編成は佳境を迎え、遂に作業完了まで漕ぎ着けていた。
「一ノ瀬君、備品等の購入希望リストの漏れはないか」
「問題ありません」
「宮森さん、各部活の試合実績や地域貢献の換算数値には間違えは無かったかな」
「はい、会長。間違えありません」
「ほ・・・佐倉、各部への分配金額と学校から出されている予算とのズレはないか」
「英治、私を誰だと思っているのよ。安心して大丈夫よ」
「最後に二階堂、先生にチェックしてもらった箇所はすべて漏れなく修正出来ているか」
「完璧よ、一君と宮森さんにもダブルチェックしてもらったから安心して」
生徒会長の藤堂英治は一学期の6月から続く来期の部活予算配分案の最終確認を行い、最後に一言こう締めくくった。
「そうか、了解。これにて来期の予算配分案の作成作業の最終工程を終了する。長期間に渡り皆本当にお疲れ様。最後に俺がもう一度目を通したら教頭先生に後日提出するから、皆の仕事はこれにて終了だ。明日からは残り少ない夏休みをゆっくり満喫してくれ」
英治は生徒会メンバーを労うような言葉と共に普段は見せないホッとした表情を見せた。その言葉にほのかは歓喜の声を上げて凜に飛びつき、凜もプレッシャーから解放されたような明るい表情を見せた。また巴と一も緊張感が抜けたようにくつろぎながら3ヶ月近くに及んだ業務の苦労話に花を咲かせていた。
そんな気が抜けた雰囲気の中でほのかがわざとらしく、それでいて心からの気持ちを叫ぶように英治に向けて言った。
「それにしても高校最後の夏も結局生徒会の仕事がほとんどで何も出来なかったなぁ。やっぱり最後の夏休みくらい楽しい思い出が欲しいよ」
「そうね、私だって高校最後の夏の思い出くらいは何かしたいわね」
凜がほのかに同調するように一に向かって目線を向けた。
「「えっ?!」」
二人に睨まれた英治と一は急な話の展開に虚を突かれたような声を発した。
その一方で二人の意図を理解できない巴がくそ真面目な返答をした。
「先輩方は何を言っているのですか。夏休みも後半とは言え、まだまだ2週間程度はあります。今からでも何処でも行けますし、何でも出来ますから大丈夫ですよ」
巴の全く空気を読めない言葉にほのかが笑顔で答えた。
「そうね、確かに巴ちゃんの言う通りね。でも、いくら時間は合っても予定も何もなくちゃ始まらないし、誰かが誘ってくれたり、イベントを企画してくれなきゃ2週間なんてあっと言う間に過ぎちゃうでしょ」
ほのかは「巴ちゃんわかるでしょ」と言わんばかりの目力で巴に視線を向けた。
「まぁこういうときは殿方が積極的に行動して女子が喜ぶことを考えてくれたりするとモテるし、こうやって夏休みに遊ばずに頑張ってきた女子3人のために何かご褒美的な事を考えてくれているのが当たり前なんじゃないかと思うんだけど、巴ちゃんはどう思うかな、かな」
凜は巴に意見を求めるような言葉で同調を求めて言った。
ほのかは知っていた。毎年、英治が8月末の地元近くの花火大会を中学時代の友人達と見に行くことを楽しみにしていることを。
凜は知っていた。一が行く予定だった昭和記念公園の花火大会が台風で中止となり、また二郎も今年まだ花火大会には行っていないことを。
二人はこの情報を元に夏休みの最後の思い出として生徒会で花火大会に行き、そこに二郎も誘って遊びに行く計画していた。そのためにも巴も味方につけて英治や一が自ら花火大会に誘わざるをえない状況を作り出すために予算編成の作業最終日を狙って勝負に出たのであった。
そんな二人の圧に押された巴は答えに窮しながらも辛うじて返事をした。
「そ、そうかも、しれないですね。私も夏休みの思い出がほしいです。はい」
そんな3人の異様なやり取りを黙って見ていた男子二人は顔を向けあい「どうするか」というアイコンタクトをか交わし、あれこれ悩んだ末に最終的に英治が腹を決めたように言った。
「まぁなんだ。確かに皆よく頑張ってくたし、俺ら3人は高校最後の夏休みだし、なんだかんだでこの予算編成が一番大変な生徒会の仕事で、残りの大仕事は文化祭があるくらいで、この5人で活動する時間もあっという間に終わりだな。よし、せっかくだから1度くらい5人でどっか出かけようか」
「そうですね会長。俺も賛成です。でも、何か良い案でもあるんですか」
一は英治の言葉に賛同し、さらに具体案を聞き出そうとした。
「そうだな、皆が嫌じゃなければ俺の地元の近くで8月最後の日曜日に夏祭りに合わせて花火大会があるんだ。毎年地元の友達と行くんだが、今年は良かったら生徒会で行くのはどうだろうか」
ほのかと凜は英治の言葉に待ってましたと言わんばかりのスピードで反応した。
「それいいね!私は賛成。今年は花火大会まだ見に行ってないから楽しみだわ!」
「私も異論ないわ。せっかくだし、色々協力してもらった二郎君も誘っても良いかしら」
鯉が何十匹も蠢く池にパンくずを放り込んだ時の様な勢いの食いつきを見せた先輩二人に圧倒された巴もこれは高一の頃から密かに抱く一への恋心をアピールする千載一遇の好機と理解し乗っかるように言った。
「わ、私、浴衣着て行きます。先日、母が若い頃に着ていた浴衣をくれたんです。折角だから着る機会が欲しかったので良かったです」
「それ良いわね、巴ちゃん。よし、女子は浴衣。男子は甚平、着用必須!これは今回の夏祭りイベントの参加のためのドレスコードよ。各自当日までにちゃんと用意して着てくること。わかった」
ほのかは一気にテンションを上げて楽しそうに当日の服装指定を行った。
「宮森さんなかなか良いこと言うじゃない。誰に見せたいのかしらね。でも、私もしばらく着てないし今度買いに行かなきゃ」
凜も凜でほのかの提案をウキウキした様子で了解した。
一方英治と一は盛り上がる女子3人の様子に全てを受け入れる覚悟を決めていた。
「会長、もう俺たちは何も言わず女性陣の言うがままに従うが吉なのでしょうね」
「一ノ瀬君、もうそれが分かっているなら、安心して会長の座を譲れるよ。まぁ好きにやらしてやろう」
「そうですね」
こうして生徒会5人はほのかと凜の強引な誘導の甲斐あって夏休み最後の大イベント夏祭りを含む花火大会に行くことになったのであった。




