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ある梅雨の日 その2 ~三佳のささやかな休息~

 しとしとと降りしきる雨とその雨つぶを受けて色取り取りに咲き誇るあじさいがこの灰色の季節に彩りを加える6月中旬、2年5組の馬場三佳は窓際の席に座り静かに目を閉じていた。


 三佳は梅雨が好きだった。この建物や木々、そして、大地に降る雨の音に耳を澄ましながら目を閉じていると、都会の喧噪がかき消され、疲れた体や心をキレイに洗い流してくれるような、そんな感覚が三佳は好きだった。


 5月下旬の中間テストや6月上旬に行われた陸上100m走の関東大会など厳しい戦いが続いた三佳は、今まさに心身共に疲労困憊の状態にあった。そんな三佳にとって、この梅雨はつかの間の休息時間といえる時期だった。


 三佳は左肘を机に立てて、その手を左頬にあてながら顔を傾けて、トレードマークのポニーテールをゆらゆらと揺らしながら静かに目をつぶっていた。

 

 廊下側の端に座る二郎はその姿をぼんやりと見つめていた。その姿はまるで窓枠が三佳を中心としたキャバスのようで、そこには疲れ果て静かに眠りにつく美少女を描いた一枚の絵画のように二郎の目に映った。


(校内のアイドルか、たしかに黙って静かにしていれば女神様のようなんだがなぁ・・・)


 二郎がそんなことを思いながらウトウトし始めると、突然その穏やかな時間に終わりが告げられた。


「コラッ、馬場!起きなさい。優雅に昼寝しいてる場合か!中間テスト赤点ギリギリだったお前がのんきに昼寝してる余裕があるのか、バカタレ!」


 三佳をたたき起こしたのは数学教師の須藤先生だった。


「え、あぁ、すいません。お昼ごはん食べたら眠くなっちゃって。ごめんなさい」


「全く馬場、お前は陸上で全国大会出るのだろ。今度の期末テストでも赤点とったらアウトだぞ。今からちゃんと勉強しておかないと大変なことになるからしっかりしなさい」


 須藤は教師として当然の配慮と指導を行うことができる非常にまともな教員だった。


「それじゃ、馬場、45ページの問1の問題やってみろ」


「シェンシェー、45ページには問題なんてありませんよ」


 三佳が寝ぼけた様子で教科書を見ていると、須藤と三佳の話しがかみ合わない様子を見かねて、すみれが横から声をかけた。


「三佳、それ英語の教科書だよ。なんで5限の英語の教科書を今も出してるのよ!?」


「いや、もう6限目になっていたの気づかなかったわ。てへ」


「てへ、じゃないわよ。いつから寝いてたのよ。あんたわ。もう」


 三佳のボケにすみれがキツいツッコミを入れる様子をあきれたように二郎は見ていた。


(相変わらずしゃべると全てを台無しにする女だな。1分前にいた俺の女神様を返してくれよ)


 窓の向こうに広がる灰色の空を見つめながら二郎は嘆くように心でつぶやいた。

 

 放課後日中と変わらず降り続く雨の為、部活の時間になり三佳は校内の別館2階のフロアでトレーニングを行っていた。この時期は基礎練習を重視するため、基本的には筋トレと短距離のダッシュなど狭い空間でできるメニューを繰り返していた。その中で短距離ダッシュは別館と本館を結ぶ2階の渡り廊下を使い行っていた。


 三佳が渡り廊下を別館から本館に向けて走っていくと、本館2階のフロアから同じくサッカー部員の一人が走ってきて、三佳とぶつかりそうになり目の前で踏み止まった。


「ごめん、大丈夫!怪我してないか」


 両手を前に壁を作りながら三佳に謝ったのはサッカー部のエースで2年1組に所属する女子に人気の工藤剛だった。


「うん、大丈夫だよ。こちらこそごめんね。サッカー部のフロアまで来ちゃって」


「気にしないで大丈夫だよ。こんな時だしお互いに譲りながらやらなきゃまともに練習もできないからさ」


 剛は爽やかに三佳の言葉にフォローを入れた。


「ありがとう、助かるよ。サッカー部も渡り廊下を使うときは遠慮せず言ってね」


 三佳は持ち前の明るさで剛に笑顔で受け答えをした。


「わかった、ありがとう。ところで、馬場さん。100mで全国大会出場が決まったって噂で聞いたよ。俺も応援してるから頑張ってね」


 剛が噂で聞いた三佳の全国大会出場の話しを始めたところで、一人の女子生徒が三佳に話しかけた。


「あれ、三佳ちゃん。久しぶりだね。部活お疲れ様」


 二人の前に現われたのは自習を終えてバイトに向かう四葉だった。


「あぁ、四葉っち!久しぶりだね。四葉っちこそ遅くまで勉強して毎日すごいね。本当にお疲れ様でございます」


 三佳は四葉の声掛けに尊敬の眼差しを持って返事をした。


 それもそのはずである。三佳と四葉は高一の頃、三佳が数学の赤点危機に陥ったときに隣の教室で放課後勉強していた四葉に助けを求めて、勉強をなぜか教えるという不思議な関係ができ、無事赤点を回避した事から三佳にとって四葉は危機を救った恩人として感謝と尊敬の存在になっていた。


 そんな二人の様子を見て剛は空気を読んで声を掛けた。


「それじゃ、俺はいくね」


「ごめんね、話の途中で。練習頑張ってね」


 三佳は剛に軽く会釈をして四葉と話しを再開した。


「ごめん、邪魔しちゃったかな。今の人、三佳ちゃんの友達だった」


「いや、サッカー部の人で、最近よく声を掛けられるけど名前は知らないんだよね。確か同じ学年の人だと思うけど。彼の事、四葉っちは知ってる」


「私は正直、あまり同学年の生徒の顔とか名前とか詳しくないから分からないや」


 周りをあまり気にしない二人にとっては、サッカー部のエースで女子から人気を集めるイケメンの剛も、サッカー部員その1に過ぎなかった。


 そんな3人の渡り廊下のやり取りを別館3階の窓からすみれがじっと見つめていた。


(三佳、あなた一体、工藤君と何を話しているのよ。ここ最近やけに一緒に居るのを目にするけど、どうして彼と三佳が・・・)


 すみれは言葉に出来ない不安を胸に、この時ある決断をするのであった。


 この時、三佳とすみれ、そして剛を巡る恋のから騒ぎが巻き起こることを誰一人全く予期していなかった。


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