第三十八話 橋上の襲撃
Szene-01 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川西岸
レアルプドルフの東にある森を横断する東西街道は、森を縦断するウンゲホイアー川と交差している。
川に掛かる街道の橋ではスクリアニア軍の小隊が縦列で並んでおり、ブーズの壁に向けて絶え間なく矢を浴びせていた。
スクリアニア公から直々に召喚されたヘルムート海賊は、スクリアニア軍の弓隊に合わせて小船上から射っている。
「木の上にいた連中が返してこなくなったし剣士も少ねえ。中に逃げたか」
「元々剣士しかいねえんだから、弓は諦めたんだろう。あちらさんはスクリアニアみてえに無茶をしないってことだ」
「壁を挟むのは厄介だな。籠城戦と同じことになっちまって随分と面倒臭いことになる」
「どうするよ。スクリアニアが門をぶち破るぐらいしてくれりゃあ何とかなりそうだが。俺らなら回り込んで町の中心へ向かっちまうけどな」
一味の面々は、まるでチェスの先読みをするようにスクリアニア軍の動向を眺めていた。
「とりあえず船長から指示があるまで矢を射ってりゃいい。いつでも逃げられるようにしつつな」
次の矢を手に取ろうとした男が動きを止めて言う。
「なあ、何で反撃して来ねえんだ? 矢を一本も飛ばさねえのは気味が悪いぜ。剣士もちらほら見えるのにこっちの様子を見ているだけだ。確かレアルプドルフの剣士ってよお、二人組なんだろ? だったら前みたいに反撃できるだろうし、今回は弓と壁まであるんだからもっと動きがありそうなもんだが」
「壁に隠れてやり過ごそうとしているだけじゃねえの? 弓じゃ勝てねえから引っ込んで、剣士もどうすりゃいいんだかわからねえとか」
動きの無いレアルプドルフに疑問を抱いたヘルムート海賊は、全員が攻撃の手を止めた。
攻撃を止めたことで川の流れる音を強く感じて五感が周りへと向くと、川に掛かる橋上の異変を察知して、一味が一斉に街道へと目線を向けた。
Szene-02 レアルプドルフ東部、東西街道上
ウンゲホイアー川に掛かる東西街道の橋上では、突然現れた四人の少女によりスクリアニア軍の小隊が列を崩していた。
最前の小隊背後にエールタインとティベルダ、後方部隊へはルイーサとヒルデガルドが襲い掛かる。
エールタインが小隊の後ろを駆け抜けると、数名の兵士がその場に倒れた。
「エール様、素敵です!」
ティベルダは立ち止まって小さな拍手を素早くしつつ、うっとりとエールタインを見つめる。
エールタインは振り返ってティベルダに言う。
「人を殺めた時に言われると複雑だよ」
「素敵なことは称えないと! 私のご主人様ですし!」
うっとりとしているティベルダを見たエールタインは、町壁から自分へと標的を変えたスクリアニア兵により、複雑な表情を作る間もなく次の動きへと移す。
踵を返して北側の欄干上部を蹴り、小隊の頭上へと舞い上がるエールタイン。
兵士の目が追いついていないのを見てにやりと笑い、最前列に降り立つ。
続いて南側へと跳ねて欄干上部に乗ると、ツツツっと走ってティベルダの真後ろへと移動した。
ティベルダは自分の元へと戻って来た主人を背中で感じると、再び手のひらの下部を合わせて指先だけで拍手をする。
エールタインはティベルダの背中を隠すように流れる長い髪に触れようとした手を止め、耳元へと顔を寄せて言った。
「拍手が可愛いね。それに髪の毛がきれいだからつい触ろうとしちゃった」
「触ってくださいよお」
「触ったら血が付くでしょ。汚したくないから触らないんだ」
「エール様の速さなら返り血を浴びていないのでは?」
エールタインは自分の手をクルクルと回して確かめると、首を振って否定する。
「ううん、少し付いてる。まだ脚の動きは戻り切っていないのかな。もっと速く動きたいのに」
「敵はエール様の動きに付いてきていませんでしたけど」
「脚を上げる時に重さを感じるんだ。でも今以上の動きをさせると痛めそうだから、無理はせずに抑えたままで戦うよ。その分、ティベルダに手伝ってもらっちゃうけど――ん?」
エールタインはスクリアニア兵から発せられる物音が耳に届かなくなったことに気付き、ティベルダから敵兵へと目線を変えた。
「止まってる?」
「はい。エール様が手伝って欲しいとおっしゃいましたので」
「は、早いね」
ティベルダは紫色に光っている目をさらに輝かせ、前で構えている両手を握って言った。
「エール様からのお願いですもの、当然です。これからどうします? この状態で人を殺めることに気が引けるのでしたら、私に任せていただいてもいいですよ?」
「あ、えっと……実際に見るのが初めてだから驚いちゃった。本当に凍らせていたんだね。今さら気が引けることは無いんだけどさ、凍っていると剣が刺さらないんじゃないかなって。ティベルダはこの状態からどうやるの?」
「えっとですね――」
ティベルダは鞄の横にあるポケットへ手を入れると何かを取り出し、改めて握る。
「こうして握るとお、こうなるんです」
ティベルダが握った小さな手を広げると、白い靄と共に凍り付いた小枝が現れた。
エールタインは珍しそうに覗き込むと、人差し指でそっと触れてみた。
「凍ってる! ティベルダって何でも出来ちゃうね」
「エール様に関わることしか出来ないですし、する気も無いです」
「そうだったね、よしよし」
エールタインは紫に光る目のまま不敵な笑みを浮かべたティベルダの頭を撫でた。
「ごめん、つい撫でちゃった」
「その方が嬉しいです! 動けば汚れるのは当然ですし、問題ありません」
「ちょっと、何でもいいけど早く終わらせてこっちを手伝ってよ!」
大剣を振り回してスクリアニア軍の後方部隊を薙ぎ払っているルイーサは、エールタインたちに叫んだ。
「ごめん! それじゃあこっちはティベルダにお願いするね。ボクはルイーサたちを手伝いに行くよ」
「えええ、あっちに行っちゃうんですか?」
「だってさ、ヒルデガルドを見てみなよ。ルイーサを守るのが大変そうだよ」
エールタインがティベルダに振り向くよう促した時、二人の周りをヴォルフがくるくると歩き回った。
「この子は攻撃しないのかな」
エールタインは目線をヴォルフへと下げて言った。
「エール様の指示を待っているのに何も言われなくて寂しいって言ってます」
「そうだったの!? てっきり何も言わなくてもボクより暴れまわると思っていたよ」
「この子はエール様に付くと決めたから、エール様が危険な状況にならない限り勝手には動かないそうです」
「そこまで懐かれたら可愛いしかないじゃん!」
「ねえ、まだなの!?」
ルイーサから催促の叫びが届き、エールタインはヴォルフに指示を出す。
「それじゃあ、ティベルダの傍にいてあげて。終わったら一緒にボクの手伝いをしてくれる?」
ヴォルフは尻尾を大きく振って、エールタインから指示が出た事への喜びを表した。
「ティベルダ、ボクは一足先にヒルデガルドの手伝いへ行くね。終わったらボクの所へ来るように」
「ヒルデガルドを助けてあげるのですね。それなら私もさっさと済ませて合流します!」
「ヒルデガルドならいいんだね」
「大変な思いをしているのはヒルデガルドですから」
「ああ、うん、そういうことにしておこうか」
エールタインはヴォルフの背中を撫でて、毛並みを楽しんでからルイーサの元へと向かった。
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