第十七話 森のざわつきⅢ
Szene-01 レアルプドルフ、ブーズ東門
レアルプドルフの町長指示のもとに結成されたダン剣聖率いるザラ救援部隊は、ブーズの東門に到着した。
レアルプドルフ東地区――ブーズの区長は、ダンと共に東門まで付いて歩いて近況を説明していた。
「エールタイン様は町壁の作業員たちと合流して、川に到着した頃でしょう。まだ伝令が来ていない上に森も静かなので、ザラに会えてはいないようですが」
「ふむ、エールタインたちを前衛として考えた方が早いな。あの子たちと前衛交代できる編成で後方支援をしよう」
ダンは後ろを振り返り、上級剣士二人を見た。
「今の並びのまま、まず俺たちの班が最初に前衛交代班でいく。交代は早めに決断して俺に伝えてくれ。都度指示を出す」
「ダン様、聞いている流れですと、スクリアニアと交戦することを前提とされているようですが」
ダンは剣の柄先を軽く握って答えた。
「追手は必ず来る。城を出たという情報事態が信じ難い中で、事実だと確認されている以上スクリアニアが見過ごすわけがないだろう。ザラは追われていると考えるべきで、そのまま一斉攻撃に転じる可能性はありうる」
「一斉攻撃――戦争ってことですか?」
「でなければ魔獣討伐隊をそのまま動かしやしねえよ。弓を扱えるようになった剣士には弓も持たせているだろう。誰が決めたのかは知らねえが、何事も舐めてかかるとロクな目に遭わないらしい」
ダンは上級剣士の頭越しに、後ろに並ぶ剣士たちへ声を掛ける。
「これからエールタインの援護を始める。各自上級剣士の指示に従って動くように。俺の弟子とその仲間を安心させてやってくれ」
ダンからの言葉に剣士一同は一斉に答えを返した。
「はい!」
Szene-02 レアルプドルフ、ウンゲホイアー川東側岸沿い
南北に分かれてザラを追うスクリアニア公に従う兵士たちは、ザラ逃走に関する何かしらの跡が無いか川の両岸に茂る森から川底に至るまで、隈なく探しつつ歩みを進めていた。
「おい、これを見てくれるか」
一人の兵士が何かを見つけて仲間に知らせた。
「石の表面にすり跡――新しいな。魔獣か人かどっちだ」
「魔獣の跡ならば新旧揃ってあちこちにある。獣ならばこの一つだけということに違和感が――ははは、川底にはくっきりと一つ人の足跡があるぞ」
その場にいる兵士全員が、一人ずつ浅い川岸際を覗き込んだ。
「ようやく見つけたか。川の中とはいえ、よくここまで跡を残さなっかったな。俺たちが無能なのかと少々焦りを感じ始めていたところだった。がしかし、あちらさんの失敗でようやくだからな、俺たちもまだまだ訓練が足らないようだ」
「俺たちのことは後回しだ。この向きからすると川を下っているはず。あっちの班を呼び戻して追うぞ」
一人の兵士がもう一つの班のいる方向を指差して言うと、残りの兵士はそれぞれの持つ武器を手に持っていつでも使えるように整えた。
Szene-03 ウンゲホイアー川、西岸森中
エールタインとルイーサたちのデュオは、ブーズの班員たちを置いていくように森を駆け抜けていた。
「ティベルダ、声を聞けていないから寂しいんだけど、何か話して」
ティベルダは、ルイーサとのやりとりで区長に叱られてからというもの、エールタインに対してほぼ話しかけていない。
外では常に手を繋ぎ、話をしながら事をこなしていたエールタインは、違和感を拭いきれずにいた。
エールタインはつないでいる手に力を入れて、ティベルダを急かしてみる。
「エール様」
「うん、何?」
「私、エール様とどのように接したらいいのかわからなくなってしまって。ただ、エール様から離れたくないし、離したくない――あ、これは言っちゃだめなんですよね?」
「やっぱりまだ気にしていたんだ。ボクと二人きりの時は今まで通りでいいよ。都合が悪ければボクが止めるでしょ。ティベルダはボクを独占している気かもしれないけどね、ボクが主人なんだからティベルダを独占しているのはこのボク。ティベルダの主人が離れろなんて言った?」
ティベルダはエールタインの手を握り返して言う。
「言われていません」
「ならそういうこと。ティベルダが離れる方がボクは怒る。ボクとのことが不安になったら指輪を見て。暗い顔をした君は見たくない」
ティベルダはエールタインに言われて指輪を見つめる。
「エール様、その――やっぱり大好きです!」
「うん、知ってる。それならさ、ボクが嫌われているのかなって気にならないように、元気でいてよ」
「――はい!」
エールタインは元気よく返事をしたティベルダのこめかみへ、自分の頬をちょこんと当てた。
「ティベルダ止まって。火が見える」
エールタインは前方に火を目撃したため、後ろに付いて走っていたルイーサとヒルデガルドに向けて、止まるよう背後で手を振った。
「どうしたの?」
「ルイーサ、あそこに火が見える。ザラさんかもしれないからボクが見てくるよ」
「火なんて起こしていたら追手に見つかるじゃない。でもエールタイン、一人で大丈夫?」
「ザラさんかどうか確かめるだけだから。ここからなら一瞬で行って帰って来るよ」
心配そうにするルイーサの横からヒルデガルドが口を挟んだ。
「アムレットに行かせましょうか?」
「見える所まで来ているからボクが行くよ。ザラさんにしてみれば、早くレアルプドルフの人と話をしたいだろうからさ。ザラさんだと分かればルイーサたちを呼ぶからすぐに来て」
「わかったわ、あなたがそう言い出したら止められないものね。違うかもしれないのだから、何かあったら合図してよ」
「もちろん」
ルイーサとヒルデガルドは、エールタインとティベルダが蹴った土の音を耳に残し、走ってゆく二人の背中を見守っていた。
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