第四十八話 本題の追加
Szene-01 スクリアニア公国、ヴェルム城王室
「あれから十年経っているというのにあの状況とは――何も成長していないではないか! むしろ腐っている。これでは攻め込めん、あの町を落とせない」
スクリアニア公は机を拳で何度も何度も叩く。修練場で指揮を執る隊長と同じ様に――。
叩く手に滲んだ血が外へと放たれて机に散った時、執事によって王室の扉が叩かれた。
「閣下」
「――なんだ、また謝りにでも来たのか?」
「いえ、情報が入りましたものですからお伝えに」
「その場で言え」
「はい。我が国の北東には海賊が隠れ家にしている港町があるそうです。岸壁に隠れているのでこれまで情報が入りませんでした」
スクリアニア公は血で汚れた手を睨んでから言った。
「ほう、海賊か。続けよ」
「はっ。その者たちは船上での移乗攻撃を数多くこなしており、剣と槍、それに弓も扱うとのこと。即戦力として十分と考えますが、如何せん海賊であるため味方に付けるには難があります」
「海賊ならば金で動くだろう。そもそも海賊であろうがなかろうが、人というものに信用など無い。しかし、金という分かりやすい利益があれば別だ」
廊下で扉を前に必死で話している執事は、額に浮かんだ汗を拭って答えた。
「金品は現在行動中の隊に使われておりまして、その――海賊が満足するほど蓄えがありません」
「スクリアニアに金品が無いだと? 町ではなく、国だぞ! 無いなら隊に使う金を減らせばよい。ろくに成長もしない連中だということはこの目で確かめたところだ。海賊に協力させた方がよっぽど有益だ。とにかく我が国の軍事力向上を優先しろ」
執事は扉越しでの会話でスクリアニア公に見られていないとわかりつつも、念のために一瞬扉を見つめてから手で口を覆って大きく息を吐いてから答えた。
「しかし隊の動きが弱まると思われますが」
「聞いていなかったのか? あいつらは成長しないのだからそこに金を使う理由は無い。海賊が来れば隊の補強になる。ならば金ぐらい渡して隊を強くすれば良いと言っている。何度も同じことを言わせるな」
「ではそのように――」
執事はうな垂れながらその場を後にし、その後ろ姿を廊下に並ぶ女中たちが黙って見送った。
Szene-02 カシカルド王国、カシカルド城王室
ローデリカが現れてからの王室は、前日と同じく会話が弾んで賑やかな雰囲気に包まれている。
ローデリカはエールタインやルイーサから、それぞれの従者の能力について詳しく伝えられた。
ある程度の情報は調査員から耳に入れているローデリカ。能力の話を本人たちから聞くことを驚くのではなく、楽しんで聞いていた。
「あのね、従者の能力って主人への思いの強さによるものだって話は本当よ。覚醒するかどうかや力の大きさも全てね。ティベルダとヒルデガルドの能力は、エールタインとルイーサが引き出しているの。相性のいいデュオを二組も見られるなんて素敵だわ。ねえエールタイン、私の娘になる気はない?」
和やかな空気が一瞬止まった。扉横で待機している侍女から見て、ローデリカ以外の全員が動きを止めた。
エールタインがなんとか絞り出して声を出す。
「あ……の……陛下? ど、どういうことですか?」
「うーん、そのままの意味なんだけど。私にとってあなたは特別な存在なの。もちろん勝手な話だということは承知の上。エールタインだけではなくて、従者であるティベルダも一緒にね。私にとってエールタインが特別な理由はもうわかるでしょ?」
エールタインの驚きは話を聞いているうちに解消され、ローデリカの言わんとすることを理解していった。
ティベルダと手をつないでいることを確認するように軽く握ると、エールタインは言った。
「はい。ボクも陛下と師匠、それに父に関するお話はよく聞いています。ここで聞いたお話でさらによくわかりました。ただ、この場で決められる話ではないので考える時間をいただけますか?」
ヘルマとヨハナが同時にエールタインへ振り向き、ヘルマが思わず口を開いた。
「エール様?」
「そんな顔で見ないでよヘルマ。陛下の気持ちは父にとても近いところにあると思うんだ。父への気持ちがこの話をするきっかけになっているのなら、ボクは真剣に考えなければならないよ」
ヘルマは大きくため息をついてから言う。
「エール様の御心はどこまで広いんですか。きっとアウフ様も驚いていますよ」
「あはは、父を驚かせることができたのなら嬉しいな。今まで目の前にいないのに驚かされてばかりいたからね」
アウフリーゲンの代わりに父親を務めてきたダンは、あまり表情を崩さずにやりとりを聞いている。
ルイーサとヒルデガルドは肩を寄せ合い、事の成り行きを見守っていた。
エールタインの答えを聞いて、ローデリカはダンに目線を送る。
ダンはすぐ目線に気付いてローデリカと目を合わせた。
「俺の気持ち、わかっているよな?」
「ええ、もちろん」
「なら、お前がエールの母親になるのはかまわない。だがな、ここへ移らせる気はないぞ」
「ふう――そうよね。やっぱりそれは叶わないかあ。でも母親にはなっていいのね? もちろんエールタインの気持ちが決まってからの話だけど。もし受け入れてくれるのなら、生活はこれまでと変わらなくていい。ただ私が母親として動くことが増えるだけ。エールタイン、これで考えてみて」
エールタインはダンの気持ちを聞いて、少し安心した表情へと変えて言った。
「わかりました。お二人のお話を踏まえて考えてみます」
またしてもローデリカから繰り出される話に翻弄されたダン一行は、再び疲労を感じる夜を迎えそうだ。
お読みいただきありがとうございます。
ゆったり進む物語ですが、お手隙に楽しんでもらえたら幸いです。




