第二十五話 やらかし師匠と限界突破
Szene-01 レアルプドルフ、謁見部屋
ダンから呼び出されたエールタインは、ルイーサと共にそれぞれの従者を連れて役場に程近い謁見部屋を訪れている。
役場の談話席では賄いきれないことと、ヒルデガルドがアムレットを連れていることへの配慮も含めての場所替えである。
「ダン様から話のすべてはお聞きになったと思いますが、町の形式上私から直接お話をさせていただきます」
ダンと町長の向かいにエールタインとルイーサが机を挟んで座る。無論、ダンの後ろにはヘルマが立ったまま静かに付き添っている。
ティベルダとヒルデガルドは別の席を用意してもらい、話に参加できる場所で座っていた。
形式をなぞるだけということで、町長からは一言の指示が出されるだけとなった。
「カシカルド王国の女王、ローデリカ陛下との面会をお願いします。あちらからの要望です。理由は大体察しておられると思いますが。あと、カシカルドからは弓が贈られるそうです。ブーズの防衛に役立てて欲しいと」
エールタインはレアルプドルフの町民として、弓という新鮮な響きに驚く。
「剣士の町に弓、ですか。使えるのかな」
「その辺も考えてくださいましてな、修練用にも数を用意されているようです」
「すごい――」
エールタインとルイーサは目を合わせてお互いに驚いていることを共有した。
「ダン様、他に何かありますか?」
「いや、面会についてはすべて――おっと、わりぃ。ルイーサのことを話していなかった」
「おやおや」
町長が笑う中、エールタインが呆れ顔になり、ルイーサは何事かと肩を強張らせた。
「ちょっとダン、カシカルドの話はボクとティベルダだけじゃなかったの?」
「すまん、実はルイーサたちにも行ってもらいたい」
「は!?」
エールタインが平手で机を叩くと、その音か話の内容なのか定かではないが、ルイーサは驚いて強張ったままぴくりとした。
「ルイーサには普段から迷惑をかけているんだ。びっくりさせるようなことはしないでよ」
エールタインが珍しく怒って見せると、ティベルダがすぐに反応して立ち上がった。
一気に目の色が紫色へと変わりそうになるが、主人たちのいる年季の入った木の机に一匹の小さな魔獣が駆け上った。
もう一度机を叩こうとしたエールタインの前に座った魔獣が、両前脚を掲げてエールタインの手を受け止めようとする。
「あっ――と、アムレット!?」
エールタインは振り上げた腕の力をなんとか抑え、アムレットが構える両前脚で手のひらを受け止められた。
「あら、上手」
その様子を間近で見ていたルイーサは、反射的にアムレットを褒めると同時に緊張が解ける。
「お、驚きましたな。これがヒルデガルドの懐かせた魔獣ですか?」
「はい、最初に私とお話しをしてくれた子です」
エールタインは手のひらを支えたままのアムレットを見て微笑んでいる。
「机を叩くのは駄目ってことかな」
「エールタイン様のお気持ちを静めようとしたみたいです。アムレットはびっくりしたみたいですね」
エールタインは止められた手をアムレットの頭へと場所を変えて、優しく撫でた。
「驚かせちゃったのか、ごめんねアムレット。この師匠にイラッとしたからワザと怒ってみせたんだ、ありがと」
「あ? ああ。ルイーサよ、すまん」
「い、いいえ、とんでもありません。もちろんお話に驚きはしましたけれど、エールタインと同等に扱っていただいていることがとても嬉しくて――」
ヒルデガルドは、ルイーサがエールタインと剣聖であるダンに囲まれて話している様子に微笑む。
ティベルダは主人の動きに同調したことで、思考よりも早く体が反応し、能力を発動するための心力を急激に上昇させた。
ところが能力は解放されず不発となったため、心力を抑えることが出来ずに立ち尽くしたままとなっている。
場が和む中、ティベルダの体は踏み倒される亜麻のようにバタリと倒れていく。
「ティベルダ!」
エールタインは、ティベルダから生気が伝わらないことに違和感を覚えて振り返ったところだった。
エールタインの脚力が、体を瞬時にティベルダの元へ移動させると、両腕で頭を抱えて床に着地した。
「大丈夫!?」
主人から声を掛けられるが、ティベルダからの返答は無い。
「どうしました!?」
町長が慌ててエールタインに尋ねる。
エールタインは、ティベルダの頭が床に叩きつけられるのを防いだことにホッとして大きく息を吐いた。
「たぶん能力を使おうとしたのだと思います。ボクがアムレットに止められる時、ティベルダの強い気配を感じたので」
「――なぜ能力を?」
「ボクが怒ったと思って許せなかったんだと思います。安易に遊んだボクがいけなかった」
町長の隣でダンが後頭部を掻きながら言う。
「わりい、最近俺がきちんと話をしていないから、エールに余計なことをさせちまった。ティベルダ、すまない」
座ったまま小さく頭をさげる剣聖を見て、町長が尋ねる。
「ティベルダが能力を操ることに苦労しているとは聞いていましたが、この状況もその結果ということですかな?」
エールタインは割座になってティベルダの半身を起こし、背中を抱きつつ頭を肩に乗せて支えた。
終始驚いているルイーサとヒルデガルドからの目線を浴びながら、エールタインは答えた。
「――そうです。ティベルダの能力発動は、ボクへの感情の大きさによります。冗談とはいえ、ボクが机を叩くなんて普段しませんし、ダンに対して本気で怒ることが無いのをこの子は知っている。ありえないことが二つ同時に起きたと錯覚したのでしょうね。そうなるともう止められない。トゥサイ事件の時のように、一気に能力解放をしてしまう」
エールタインの口から出たトゥサイ事件の言葉に、ルイーサとヒルデガルドは当時を思い返したようで、二人の表情が曇る。
「なるほど。それで操れずにこのようなことに――エールタイン様への思いが深いのですな」
寄り掛かるティベルダの頭に頬を当てたエールタインに代わり、ダンが言う。
「ティベルダは元々心に傷を負っている。どうも男性恐怖症だけじゃなく、同じ年ごろの子から傷つく言葉を浴びせられることがあったようだ。区長からよろしく頼むと言われた中で、そんな話を聞いてはいた。その傷をまとめて受け入れたのがエール。感情が爆発しやすいのは仕方がないと理解していた――まだ俺たちがティベルダの能力を操ってやらねばならんのに情けない」
じっと主人の後ろで控えていたヘルマは、ダンの肩へ手を乗せる。
「ダン様、私たちもティベルダと同じように、探りながらではないですか。こんな時こそ剣聖らしく振舞ってもらわないと」
「――そうだな、ヘルマの言う通りだ。エールとルイーサは面会の件をよろしく頼む」
エールタインはヘルマから安心できるいつもの笑みを見せられ、苦笑いでため息をついてから答えた。
「わかったよ、町長からの指示ですから従います。ルイーサは大丈夫?」
「私はあなたがいれば問題ないわ。それに町長からの指示ですから従います」
「かーっ! こいつら……ま、まあ今回は目を瞑ってやる。俺の落ち度が多過ぎたのは確かだからな」
気絶しているティベルダをのぞいた全員が笑う中、アムレットは机の上に置かれたルイーサの指を振った尻尾で撫でていた。
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軽い百合ファンタジー、楽しんでもらえていると幸いです。




