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出発

 あらかたの資料を持って研究室を後にすると、像にもたれかかるような形でエインは座っていた。どこを見つめているのか分からない瞳は、沈んだ赤色だ。呆然としていて、私にすら気づかない。


「大丈夫なのか」


 問うと、彼は虚ろな目をこちらに向けた。私を捉えると、彼のは覇気は少し戻ったようで、小さく笑って頷く。


「なんでもないんだ……本当に」


 本当に、と繰り返したエインは、再び視線を虚空へと向けた。

 ……気にはなるが、追及する気までは起きない。別に、そこまで親しい仲というわけではない。ただ、一時の協力するだけの仲だ。それを仲と呼んでいいのかは知らないが。

 頭を空っぽにしたようなエインを見つめていると、彼はその口を開いた。


「なにかを訊きだそうとしていたなら……すまない」


 重く吐き出された言葉に、私は軽く微笑った。


「構わん。別になにかしようというわけではなかったしな」


 それに、と私は手の中の資料に目をやった。


「情報なら、有り余るほど手に入った。なるほど奇怪な研究をしていたようだ」


 発見した資料を読む限り、確かにこれは、これまでの自然の摂理を書き換えることになるような話だった。それは凡人には到底理解できず、故に頭痛が襲うほど。そして、それはおそらく、記事の事件を説明づけることができるものだ。

 私はエインに資料を投げ、像に背を向ける。


「時間が惜しい。詳しい説明は移動中にでも行おう」

「……足はどうするんだ?」


 資料をかき集めて隣に並んだエインが問う。


「足ならここにやってきた客人が置いてきてくれただろう」


 私は玄関をくぐり、荷馬車の馬の腰を撫でた。


「なに、馬にも乗れないで王族がやっていけると思うのか」


 乗馬は剣術、礼儀作法、帝王学に次いで必修だ。エルヴァーリオ出没の噂を聞いたという村までは、割と距離がある。それまで、情報を共有しておくのも悪くないだろう。


「……馬で行くってことか?」


 エインは荷台の陰から馬を覗き、露骨に顔を顰める。


「なんだ、馬は苦手か?」

「そういうわけじゃないが……」


 彼は馬から視線を逸らす。荷馬車の陰に隠れて、ちらちらと馬を見つめていた。

 恐らくだが、馬が怖いのだろう。微かに震えるように動く左腕。ノイズ交じりの息遣い。彼に動物嫌いの一面があるとは意外だ。私は含み笑い、荷台の革扉を開く。


「安心しろ。御者席と荷台は区切られている。馬が苦手なら荷台にでも寝転がっていればよいだろう」


 私はひとつの荷馬車の中を覗く。きっとあの蛮族どもは、ここへの物資の補給も行っていたのだろう。食料や水樽、包帯や薬などが積まれているが、二人ほどが寝転ぶに十分なスペースはある。旅するにちょうどいい代物だ。


「これをそのまま持っていこう。野宿は危険だ。安全な寝床がいる。それに、これならばいろいろと化けることも可能だろう」


 さらに、食糧も水もそろっているのはありがたい。いくら不死とはいえど、飢餓は反応を鈍らせる。エインに至っては死んでしまうのだ。総合的に考えて、これを奪っていくのは好都合だろう。

 エインはためらうような素ぶりを見せたが、深呼吸をし、革扉を開いた。


「……りょーかい」


 骸を蹴飛ばして、馬は高く嘶いた。私は手綱を引き、街へと進路を定めた。

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