ああ、愛しのマイホーム
彼、日影恵介が事故により日本からこの世界に来て約一年、日本での知識を上手く活かし楽しく順調に、しかし時に命の危険や大変な時もあって頑張っていたと思う。
唐突だがそんな彼は今いったいどれほどの資産を持っているのだろうか。
それはある日のこと、その日は働き過ぎは良くないので彼自身で決めた休息日だった。
寮のベッドでゴロゴロしていると突然『あれ?俺って今どれぐらいの金持っているんだろう?』と言い出して、自らの『アイテムボックス』に保管している金を確かめだした。
結果はビックリ、なんと働かなくても五年は余裕を持って暮らせるほどの貯金があった。
このペースで稼げば彼は今十八歳、あと十五年も働けばその後ずっと楽して暮らせる。
まあ、元々魔物退治という命をかけた仕事をしているのだ、その分報酬だって高くなる。一回やれば半月暮らしていける程度の金にはなるというのにそれを一週間に三回も四回もやってたら当然こうなる。
ここまでの金を手に入れると、当然欲しくなってくるものが出てくる。
そう、マイホームだ。
日本ではどうだったのか知らないが、この世界はまだまだ土地が余っている。建築技術の問題もあるが、建物を縦に伸ばすぐらいなら横に新しく作るぐらいには余裕がある。
ついでに人口も一つの都市で三十万人いれば中々の大都市だ。この世界には危険地帯が多く一つ一つの都市は小さいのだが、それでも土地一つはお手軽な価格で手に入れられる。よほどの豪邸でもない限り一軒家一つぐらいは数年働けば誰でも買える。
ギルドの寮は一回の依頼につき成功報酬の一割を納めることが条件だ。質も決して良いとは言えず、よほどの理由がない限り金があるのにわざわざ借り続ける意味はなかった。
という訳で彼は近くの不動産屋に来ていた。
金はそこそこあり、またすぐにある程度稼げるためかなり奮発して豪華な家を買う気のようだ。
まあそれは良いんだが……、なぜ安さに釣られて曰く付き物件を買おうとしているのか、私には全く分からない。頼むから自分の身の安全を考えてほしい。
今は実物を見学しているが、見た目は中々に綺麗で、キッチンや広いリビング、庭があり、風呂とトイレは分かれていて寝室の防音性は高い。
家具は前の入居者の物が残っていて景色は良好、ギルドにも近く本当に素晴らしい家なのだが、残念なことに昔ここで殺人があったらしい。
店員の話によると、元々ここはとある令嬢の別荘だったらしい。婚約者の王子様と共にこの地を訪れ平和な時を過ごしていたのだが、如何せん冒険者ギルドのある街だ、人は多い。
偶然にも王子がとても美しい女性に出会ってしまい恋に落ちた。そして令嬢をほったらかしにして身分を超えて恋仲に。ここまでならよくある話なのだが……。
王子にできた恋人が何とも独占欲の強い女で、令嬢が出かけると聞いてあろうことか令嬢の別荘で王子と性交に及んだ。
しかし令嬢が出かけるという話は全くの嘘、王子の浮気を確かめるために出ていったふりをしたらしい。
結果、令嬢は二人の行為をがっつり見てしまい、呪詛を吐きながらナイフで二人を殺した。
それにより王子とその恋人は今でも寝室で呪いを受け、苦しみの声が聞こえるという。
一応世界記憶を調べてみたところ実際三年ほど前に店員の話と全く同じことが起きている。
っていうか殺され方えっっぐいな。口に出すのもはばかれるほどに無残に殺されてる。グロすぎて一周回って芸術に見えてきた、芸術よく分からないけど。
他の人間も心霊的な話よりもその殺され方の方が怖すぎて買わないようだ。
どうやら彼は心霊の類は信じていないようで、あっさり購入した。
霊がどうだの呪いがこうだのは無いとは思うが、まあ最悪彼に危害が及んだら魂を司る天使を連れてきてどうにかしてもらうか。
その夜、彼が静かに寝ているとどこからか悲痛な泣き声が聞こえてきた。声から男女一組のものだな、単純な泣き声だけではなく血反吐を吐くような音もする。
彼は久しぶりの柔らかいベッドで爆睡しているため気づいていないが、間違いなく誰かが泣いている。
しかしいったい誰が?家の周囲一帯は誰も気味悪がって住んでいないので、近隣住民のせいだというオチはありえない。
家にはまだ日影青年しか住んでいないし、子供のいたずらにしてもそろそろ日付が変わるのに出歩く子供はいないだろう。
まさか、本当に心霊的な?いやそれはないだろう、女神様が創ったこの世界のシステムに幽霊なんてものは存在しない。
死んだら必ずその魂は天使に連れていかれ転生を待つ。本当に幽霊なんてものがいたら、その天使を後で職務怠慢でひっぱたいてやる。
じゃあ何が?と考えてみてもさっぱり分からない。周りには誰もいないので原因がさっぱり分からない。
世界記憶を調べても確かに周りには誰もいない。あれ?結構マジでこれ原因なんだ?
今のところ彼に一切危害はないので気にしなくてもいいのかもしれないが、いつか被害を受ける可能性があるなら確認しておくべきだろう。
ひとまず私はこの家に関する全ての世界記憶を調べ始めた。
次の夜、流石に彼も初日ほど眠りは深くなく、泣き声が聞こえると目を覚ました。
意外にも冷静で慌てず泣き声が聞こえてくる場所を探し始めた。しかし寝室から聞こえてくるのは分かっているが、それらしきものはなく首をかしげている。
『う~ん、大抵こういうのって……』
と呟きながら床を強く踏み床板をはがすと、泣き声を流す拳ほどの丸い球があった。
「録音の魔法道具」
「音をため込む魔法道具。これはその中でも最高級品」
「周囲の魔力を吸収して半永久的に機能し続け、タイマー機能もついている優れもの」
「録音している音は変更できるので安心して使い回せる」
人間ってやっばいな、自分が殺した時の音を録音しておくとか……。
昨晩、世界記憶を調べたところ泣き声の正体は例の令嬢が王子とその恋人を殺した時に録音したものだった。
二人の性交を見た時頭がかなりぶっ壊れたようで、二人の家にもう誰も近づかないようにこんな怖い音を流しておこう、などという理性が残っているのかよく分からないことを考えていたようだった。
この泣き声以外には怪奇現象は無かったようで、結果彼は格安でかなりの優良物件を手に入れることができたという訳だ。
ついでに隠されていた録音の魔法道具はかなりの高級品で彼の今までの稼ぎよりも更に高い金を得ることができていた。
売らなくても自分で使えばいいのではないかとも思うが、使い方がよく分かっておらず、ならばより有効活用できる人間に売った方が良いという判断のようだ。人が殺されている時の音声が録音されていた、という事に関しては全く気にしていないことに私はとてもビックリしている。
家に関しても、正直怪奇現象が起ころうが何もなかろうが元の所有者が怖すぎて普通は出ていくと思うのだが、彼は平然として暮らしている。
そういえば小悪魔と戦った時に、いきなり人が死んでもグダグダとショックを受けたりせずに、すぐに生きるために行動していたし彼って案外メンタル強いんだな。
そりゃ普段はメンタル強い方が頼もしく感じるが、寧ろこういうような時には少しぐらい心乱れてくれた方が人間味があって少し安心するのだが……。
まあ強いという事実は変わらないのだから私がグチグチ言っても仕方ない。いざという時にメンタルが弱いせいで決断できなくなるよりは遥かに良いと考えよう。
少し忙しくなるので来週分を先に投稿しておきます