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幸せそうな顔

どうしてこうなった?私は画面を見ながら頭を抱える。

奴隷が虐げられているのを見て何やら憤りを感じていたようだったが、それを抑えていたのには感心していたのに……。

どうしてわざわざ冒険者になろうとするのだろうか。

いや分からなくもない。冒険者というのは身元のはっきりしない者、大した学力や技能もない者、一切金を持っていない者にも仕事を分け与えるための肉体労働専門の職だ。

確かに彼は異世界から来たためその立場はあやふやだ、ついでに無一文。そんな怪しい者に職を斡旋してくれる事は中々ない。なので冒険者を選ぶというのは決して間違った判断ではない。

だが冒険者の仕事というのは鉱山の手伝いや荷物運び、畑仕事などの簡単な力仕事から魔物退治や盗賊退治、身分の高い人間の護衛など危険なものまで多岐にわたる。

そして彼は別に体力自慢というわけではないが、魔法は使えるので恐らく魔物退治などの危険な仕事を渡されることになるだろう。なぜなら平民が魔法を使えるというのはかなり稀だから。


商家の子供や王族貴族などはともかく、平民の多くは魔法は使えない。理由は単純、そのための勉強ができないからだ。

勉強をするというのにもそれなりに金はかかる。余裕があれば別だが覚えて得になるかどうか不確かな魔法をわざわざ覚えさせるぐらいなら、体力づくりや家の仕事の手伝いをする。

そのため、平民で魔法が使えるのは大きく分けて二種類。効率の悪い簡単な魔法でも効果がでるほど魔力が多い者、そして偶然身近に魔法を教えられる存在がいた者だ。

そしてどちらの場合でも魔法使いとして優秀な部類に入る事が多い。

前者の理由は言わずもがな、勉強すれば有能な魔法使いになること間違いなしである。後者の理由としては、平民に無償で魔法を教える存在はかなり少ないからである。

これは魔法使いに限った話ではないが、よほどの善人か職人気質でないと利益にならない仕事はしないだろう?

逆説的に、無償で教える存在は比較的優秀だということだ。


話が逸れてしまったが、要するにそのほとんどが平民である冒険者になろうとする魔法使いはかなり重宝される。

故に誰でもできる簡単な力仕事ではなく、魔物退治などをやらされるというわけだ。

そこから大きな魔法研究機関などにスカウトされる話も珍しくないので寧ろかなり良い選択ですらある。

女神様から«彼を守れ»と使命を受けている私としては、危険な道は歩んで欲しくないのだがなぁ。

とは言え彼が既に選択してしまったことだ、私が泣き言を言っても何も変わらない。

今は簡単な試験を受けているところだ、いくら魔法を使えると言っても弱い魔法じゃ意味はないからな。

まあ彼にはかなりの量の魔力がある。かなり手を抜いても合格は間違いないだろう。

なのでどんな魔法を使うのか少々楽しみにしながら見ていると、ほんの一瞬だけ高圧電流を生みだし発火させるという魔法を披露した。

魔力を上手く収縮させて、高出力で範囲も持続も抑えることができている良い魔法だ。地味だが実力の高さは伺える。

結果は文句なしの合格、晴れて彼はこの世界で確立した立場と働き口を手に入れることができた。


その後、冒険者の細かいルールや依頼のシステムなどを説明され、寮へと案内された。

先述の通り冒険者とは社会的地位の低い者への救済措置の一つだ、当然泊まる宿すらない者も想定されている。

そのため冒険者のギルドには寮がある。一応一人一部屋だが設備は良くはない、部屋は狭いし固いベッドしかない。当然食事は各自での調達だ。

更には報酬の一割をギルドに納めなければならないという条件も付く。

まあそれでもあるとないとでは大違いだ、街に着くまでの数日間ずっと野宿だった彼はベッドに飛び込み直ぐに眠り落ちてしまった。


翌日、無一文の彼に無駄にしていい暇などない。これまでは初めて仕留めたミニマムドラゴンの肉を食べていたが、それもそろそろ尽きそうであった。

そもそも料理の技術も調味料も何も持たない彼ができるのは少々豪快過ぎる丸焼きのみ、娯楽や栄養面でも金を手に得れ食事の確保をすることは極めて優先度の高い案件だった。

というわけで彼に渡された初仕事は大鶏(おおにわとり)の退治だ。別に人を襲ったりなどせず大人しいが、とにかくうるさく迷惑な魔物だ。

人間よりも大きく危険がないわけではないが、それのために貴重な戦える者を派遣するのも勿体ないため後回しになっていたようだ。戦えるが新人で実力が未知数の日影青年を試すにはピッタリだと考えたのだろう。

命の危険もほぼ無く、大鶏は綺麗に仕留めれば羽に肉など得られるものは多い、死体は好きにしていいようで初めての依頼としてはかなり良いものだろう。

そんなこんなで大鶏と遭遇した。その瞬間『鑑定』が使われ大鶏の情報を送り込む。

「大鶏」

「とにかくデカいニワトリ、それだけ」

「肉は美味で羽は装飾品として用いられることもある」

「至近距離で鳴き声を聞くと耳に障害を持つこともあるため、耳栓が必須である」

近くには仲間の姿は見えず、この一匹が偶然群れからはぐれたようだった。

鶏が阿呆だという話は有名だが、巨大化して命の危険が遠ざかったことで警戒心もどこかに置いてきてしまったようだ。日影青年が少しずつ近づいているのに一切逃げず騒いでいない。

そのまま頭を触られるとドサリと倒れこむ。

今のは昨日試験で見せた魔法だな、あれほどの電流を脳にぶち込まれれば間違いなく死ぬ。まあこれは警戒心の薄い大鶏だからこそ使える方法だな。普通、初めて会った奴に無防備に頭を触らせてくれるなんてよほどの阿呆だ。

ギルドで貸し出されたナイフで大鶏の首を切り、血を抜く。超高難度の魔法である『アイテムボックス』を使えるのがバレるのは流石にマズイと考えたのか、ギルドから台車を借りてきて運び込んだ。

外傷は一切なくストレスも与えなかったので肉も羽も良質、元々危険な仕事は報酬が良いということも相まってかなりの金額を受け取れていた。


その夜、彼は近くのレストランに食事しに来ていた。昨日の試験官や他の先輩冒険者達と来ているのでギルドの中でも受け入れられているようだった。

冒険者は他との協力が必要不可欠だからな、早い段階で他者との繋がりができたのは良いことだ。

女神様に彼が一体どんな人間か聞いたところ、元の世界だと友達は少なかったと話していたらしいので不安だったがそこまで対人スキルに問題はなさそうで安心した。

まぁ、私は天使なので人間の対人スキルが高いのか否かザックリとしかわからないが……。

『うっま!これすっごい美味しいですね』

と、少し別の事を考えていたらそんな声が聞こえてきた。

日本の食文化はかなり優れていると聞いていたが、魔物の肉は彼の基準でもかなり良質らしい。

生き物の体は足りないものを食べるとかなり美味に感じるようにできている。魔物の肉は魔力を含むので実際の味より美味しく感じる、ということだな。


彼が他の人間と笑い、腹から笑っているのを見て少し頬が緩む。

私も一応天使だ、人が幸せでいる方が嬉しいに決まっている。それは女神様から命じられた事を別にしても……。

日本の文明レベルはかなり高いと聞く、曰く魔力を持たずに空を飛び、山より高い塔があり、音よりも早く鉛の玉を打ち出す武器があると。

そんな場所の生まれの彼がこの世界に満足できるか心配だったが、杞憂だったようだ。

あんな幸せそうな顔してるんだもの、きっと彼はこの先も幸せになれるだろう。

あれを見れるのは天使冥利に尽きるな。さて、これからもがんばりますか。

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