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第06話:山登り  作者: 吉野貴博
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上中下の下


 石がごろごろしているし、行く手を阻む岩も少なくない。そして地肌が見えていて、強風に砂塵が舞う。風に押されて石が落ちてくるし、大きな石が転がってくることもある。俯いて登るのは危険だし目を開いていたら砂が入る。ゴーグルがあるので砂は大丈夫だが、ふだんしてないことなので違和感がぬぐえない。

 靴底の溝に石が食い込む感じがする。鋭利な石を踏むと、やはり足にグッとくる。

 空は、青い部分が三割、雲が七割というところか、これで雨や雪が降ったら悲しくて仕方がない。でも昔の旅人は、そんな中でも歩いていたんだろうなぁ。

 とにかく登る。先頭で登る。

 足が下ろせるなら地面に足を置くし、岩に登らなければならなければ安定を確かめて登る。

 登るのが大変で、帰りのことは考える余裕がない。

 よっこらせ、なんてリズムでは間に合わない、まだ体力があるうちはなるべくホッホッホッという感じである。いずれ体力も尽きるが。

 二人は私より余裕かと振り返ってみると、そこそこ苦労しているようである。それでも女性は身が軽いからか、男と比べても大丈夫そうだ。

 小さい石がいくつか落ちてきて、その度に大げさなジェスチャーで二人に知らせる。

 すると右上の遠いところに、白い服を着た一団がいるのが目に入った。修験者か人ならざる者か解らないが、遠いから攻撃してきてもこっちには届かないし、向こうもこっちに気がついたようで手を振ってきた。それくらいなら反応しても大丈夫だろう、手を振り返す。

 と、一団は向こうの方に行ってしまった。

 またえっちらおっちら登り続け、ちょっと大きめの石が落ちてくるのを見つける。自分でも妙な動きをして横に動くのだが、まだ石がここに来る前に二人を見ると、男の姿がなくなっている。

 大きく横に移動し、女性がこっちに着くのを待ち、

「おい、あいつ、どうした!」

 大声を出さないと耳に入らないだろう。

 女性もそこで後ろを振り返るのだが、まるで心当たりがないようだ。きょろきょろ辺りを見回し心細そうな表情を浮かべる。

 石が当たったとは思えないし、足下が崩れて下に落ちたのなら笛を吹く手筈になっていたが、私にも女性にも笛の音は聞こえなかった。双眼鏡で下を見ても見つけられない。

 無線機のスイッチを入れたが、雑音ばかりで車番からは何の応答もない。

 さてどうするか、と女性を見るが、しばしの逡巡の末、

「行きましょう」と力強く言った。


 二人はどこに行ったのかを考えながら登る。別にこの山は人を攫うような怪異はなかったと思うのだが、私が最後に登ってからずいぶん経つので、変わってしまったのだろうか。

 落ちてくる石もそんなに大きい石がないため、ルーティーンになりつつある。とは言っても登り初めてもうそれなりに経つから、もうそのうち目指す分岐点に到達するはずだ。

 ちらちらと後ろを見て、女性が順調に着いてくることに安心する。とそれで私の気が緩む部分が出たのか、疲れや足の痛み具合が酷くなってきた。もう一歩進むのに最初の頃の三倍くらいの感覚が必要な感じである。

 急に疲労痛みが増えてくるぶん、女性に注意を向ける余裕もなくなってくる。

 それでも、この山の嫌なところは、泣いても喚いても足さえ前に出せば登頂出来てしまうところにある。経験者でなければそれ以上先に進めなくなるということはない。疲れてようが痛かろうが、前に進めなくなるのはそいつの責任だ、という山なのだ。

 頭の中で歌をいくつも歌い、良い思い出を掘り起こして、杖に縋って前に倒れるように道なき道を登り、いつまで続く山道ぞというときに、ようやく目標の分岐点の目印が見えてきた。

 あと数十メートル、十数メートル、数メートル、一番きつい。

 もう石が落ちてくることもなくなり、上を見上げる気力もなくし、最後の力を振り絞って標柱に辿り着く。

 ちらっと女性も着いてきたのを見て、座り込んで仰向けになってぜいぜいと休む。

 頂上を目指すのでなければ急な登りはここまで、ここから少し、平地となだらかな区域になっている。

 ぼんやりとそちらを見ていると、つむじ風が出ているようで、くるくると砂が巻き上げられ始めるのが見えた。

 やばい、竜巻になるか、と身構える。砂だけでなく小石も巻き上げられ、…え?いやに縦に長い三角錐に育っていった。

 つむじ風とか竜巻って、こうなのか?

 風と砂塵は相変わらず酷いのでゴーグルとマスクを外すことはできないが、自分の目が信じられなくなってくる。

 ある程度上下に伸びてから、それから少し横に広がり、あれ?と思っていると、空中に紙だかなんだかが現れて、三角錐の上に停まり、目が開いてこちらを見た。

 なんだこれ?と釘付けになってしまい、三角錐の中が光り始めて(これ、やばくないか?)と危険を感じてくるのだが、体が動かない。

 光はどんどん増していき、白い光が黄色くなり、その黄色も濃淡がついて輝くのだが、とりあえずこちらに攻撃してくる気配はない。といっても光で攻撃されたら避けようもないのだが、こっちが動かず敵対的な行動をしないのがいいのか、ただひたすらにビカビカ光っているだけだ。

 どれだけ時間が経ったのか解らないが、向こうのピークは過ぎたようで、眩しさが徐々に下がり、光が消えて頭に相当する部分が消え去り、砂塵も風に巻かれて散っていった。

 なんなんだあれ、という不思議さも落ち着いていき、後ろを見ると女性が目を丸くして放心していた。


 分岐点から川原までは大したことはない。

 のたのたと歩いて川辺に行き、二人して石を拾って叩き、確かに良い音だからこれでいいだろうといくつかリュックに入れ、また分岐点まで歩き、注意しながら帰路に就く。

 登りに比べると体力的には楽だが、相変わらず落石には注意しないといけないし、石から飛び降りるのは危険なので腹ばいと言っていいのだろうか、石に腹を向けて慎重に降りることを何度も繰り返す。

 難しい降り方もあるが二人で協力すれば大丈夫で、登りにかかった時間よりは短い時間で、まだ夕日になる前に森のエリアに着くことが出来た。

 途中でいなくなった男達の姿も探すのだが見つからない。それどころか森を抜けると、車はあるのだが車番がいない。

 無線機も運転席に置かれている。

 三人を探さないといけないのは解るが、暗くなったら危険だしここで一夜を明かすのも怖いので、女性が運転して帰ることにした。

 どうせ対向車はいないだろうと、スピードを出さず三人がいないか道々注意して周囲を見るようにはしたが、誰も見つけることは出来なかった。


蛇足に続きます。

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