上中下の中
その時間にあの喫茶店に行くと、優男の後ろに若い衆が六人控えていた。
「大切な人が一人も殺されていない、怪我もさせられていない者を探したら、この六人が見つかりました。この六人があなたの荷物持ちになります」
なんか無茶苦茶睨んでいるのですけど。
「物心が付いてからずっとそちらへの恨み言を言われ続けましたからね。実際に大切な者が害されたら、穏やかな表情になりますよ」
あなたもずっと笑みを浮かべていますね。
「では本題に入りましょう。
正式な依頼内容は、石がある川原までの道順を記録して欲しい、です。今までにプロの登山家に何回か依頼して誰も川原を見つけられなくて、うちの者に探しに行かせたら半数以上というか、まるっきり手も足も出なかった者以外は戻ってきませんでした。あなたは何か心当たりはありませんか?」
「一つ思い出しましたよ。前に登ったとき、頂上近くまで〝あの山の人〟に案内してもらったんですよ、その道の途中で「こっちに行けば面白い川原に出る」と言われましてね、そこに目当ての石があるかは解りませんが、何かはあるようです」
「なるほど。まあ行ってみなければ解らないのは確かですね」
事態が進むことが嬉しいのか、両手を組んでうんうんと目を瞑りながら頷いている。
私は後ろで控えている六人を指して
「その六人は、登山経験はあるのですか?」
「いえ」と振り向いて六人を確認しがてら
「しかし若いので体力はありますし、性根も据わってますよ」
「そりゃま、最終的には根性ですけどね」
持ってきてもらった地図を広げる。もともとの情報が乏しいからだろう、空白が多い。
「ここまでは、とりあえずでも道路がありますよね、そこからここまでは、私の記憶では悪路ですけど四輪駆動なら行けるはずです。で着いたところから森がありまして、そんなに長い距離ではありません、森を抜けますと…」
思い出したくもない。
「荒野が広がっているんです。大小石がごろごろしていて、靴底が薄いと直接足に衝撃が来ます。延々と続く障害物競走のような感じです。そして常に風が強く、砂埃が酷いです。軽い砂嵐に見舞われます」
「ふむ」
「それで急な山の斜面ですからね、私は平地でしたらいくらでも歩いて行ける自信はありますが、階段でもなく坂道で、それも急で足場が酷いときてますから、結構きついですよ」
「なるほど…」
「で登ってって途中に目印の柱がありまして、そこを曲がるんですけどね。実はさらに厄介なのがいまして、人ならざる者の存在です」
「…ふむ、我々にそれを言いますか」
少し驚いたようだ。
「いや、まずそもそも、ただの人間だって面白いからと嫌がらせをする奴はいますよね、悪意と無責任を持った人ならざる者、端的に言って化け物は、始末に負えないですよ。考えて見てください、強風の風上から石を投げてこられると、威力は馬鹿に出来ませんよ」
「…あー、なるほど」
「幸い私は二回しか登っていなくてそういうのにやられることはありませんでしたが、それは山の人が一緒に居てくれたからだと思います。その山の人に注意されましたからね、もし一人で登ることになったらって。今回はあなた方が山を買い取ったわけで、山の人の協力は得られないと思うべきでしょう」
優男は黙り込んでしまった。帰ってこなかった者は○人で登って×人が命を落としたこともあれば、一団全員が未帰還で何が起こったか解らないということもあったのだろう、後ろの六人が不安そうな顔になっている。
私も単純に不安だし、足の痛みを思い出すと行きたくないのだが、今回の責任者である優男としては止める権限を持っていないようだ。
彼らが今まで一度も登らなかったルートを行くので、みんなで登山用品の買い出しである。
私は一度家に帰れば前回の道具があるのだが、優男はカネはいくらでも出すという言葉にケチをつけたくないのだろう、買ってもらえる。そして六人に具体的な説明をするよう頼まれた。それで六人に体格とか体重とかいろいろ聞くのだが、皆複雑な表情で私に答える。六人の中に女性が一人いて、この女性だけがずっと私に従わない顔をしていた。まぁ優男の命令なので仕方がないが表情だけでも、という抵抗だが。
厚底の登山靴の他に、速乾性の肌着、落石対策のヘルメット、防塵対策のマスクとゴーグル、無線機、笛、携帯非常食そして杖。日帰り予定なのでこんなものか。
問題は装着型の録画機材である。こればかりは私もよく解らない。私が登ったときはこんな機材は開発されていなかったし、詳しい案内人がいたし。私も含めた七人全員が購入する必要はないんじゃないかと話し合い、お店の人に選んでもらい、二人が録画機材、三人が録音機を持ち、常に状況を記録しようということになった。
それらの機材をちゃんと使えるようにならないといけないし、新品の靴が足に馴れるようにしないといけないのもあるのだが、今回の出発で天気は確実に晴れの日にしてくれということを、強く要請した。
もちろん山の天気は変わりやすくて雨が降ったり止んだりの繰り返しになることはあるだろうが、せいぜい曇りの時間が多くなければ、とてもじゃないけどやってられない。もちろん雨が降れば砂埃はずいぶん抑えられるだろうが、寒い方が嫌だ。
というわけで数日を開けたわけだが、いざ出発というときに、目が点になった。
六人の若い衆が四人になっている。
「別にあなたがたの一族とぶつかったわけではないですよ。敵は他にもいますから、そこは気にしないでください。六人が四人になりましたが、まぁまぁ」
…いや、いいんだけどね、貧乏性の私は、せっかく買った諸々が無駄になったのかなぁと気になってしまう。
「いや今回一度きりというわけではありませんので」
さいですか。靴なんて他の人、足に合うのかな
録画担当と録音担当の比率がどうなったのかは聞かないことにした。
出発の前、私と四人、一人一人に車の鍵を渡された。
一人しか鍵を持ってないと、その一人が滑落したりしていなくなったら車が動かせなくなるからだそうだ。
私の経験上、日の出と共に森に入れれば、日帰り出来るはずだ。夜中に車に乗って行けるところまで行くのだが、優男が車に乗らないことに何も思わなかった思慮不足を車を降りるときに思い知った。
「…車を降りて、みんなで行くの?車番に誰か残るの?」
優男を車番にすればよかったのではないか。まぁ私にはどうでもいいことだが、四人は話し合い、一人が連絡係などで残ることになった。
無線機で話せることを確認し、私と三人で森に入る。この森は大したことがない。一時間もしないで抜けられる。懐中電灯で足下を照らし、黙々と進む。
予定どおり、朝日が昇り始めたときに森を抜けた。
丁度荒野に明かりが差して、私としては(ここからが本番だ)と悲しい気持ちになるのだが、三人を見たら一人男がいない。
「一人、どうした?」
二人とも驚いて周囲を見回す。今まで気がつかなかったようだ。少し戻ったり大声を出したりするが返事がない。無線機で車番に聞いても戻っていないと言われる。
どうするよ、と二人を見るが、男の方が決めるようで、
「使命は石です。我々がどうなろうが、進むだけです」。
荒野に足を踏み入れた。




