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第06話:山登り  作者: 吉野貴博
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上中下の上

 私が録音の依頼を受けるのは、旅行先が決まった後である。

 どこに行くかが決まった後に、そこに行くのならついでに、という具合に頼まれた場所に立ち寄るのだ。

 なので今回は何の依頼もなく、純粋に旅行を楽しむはずだったのだが、まさか旅先で依頼を受けるとは思わなかった。

 こんなことは初めてである。

 住宅街を歩いていたら突然名前を呼ばれたのだ。それも

「すいません、○○さんではありませんか?」でもないし「○○さんじゃないですか!」でもない、ごく普通にフルネームを呼ばれたのだ。

 思わず首が回り、声のした方向に、お洒落な黒の上下で服を統一している優男を見た。

 男は悲しいんだか嬉しいんだかよく解らない表情をしている。

 ヤバイ人か逃げた方がいいかと体重を移動させて体を捻ったところ、私の周囲に三人の男が音もなく寄り添った。

 こちらの三人は、知らない人だが体から発する雰囲気は馴染みの物だった。私が婿入りした一族特有の雰囲気だ。知らない三人だが全国にいる一族の、この土地にいる三人なのだろう。

 とはいえこの三人は私に一言も話しかけず、無表情でガードするだけである。

 ということはこの優男は一族が出てくるほどのヤバイ人なんだろうか。

 そして優男も三人をまるっと無視して私に話しかけてくる。

「あなたがここを訪れるとは思ってませんでしたよ。私はとても運が良い。あなたにお願いしたいことがあるのですが、どうです、そこでコーヒーでも飲みながらお話しをできませんか」

 どうしたものかと三人を見てみるが、三人とも優男から視線を外さない。私のことはチラリとも見ない。話に応じていいものか悩んでいると、私達四人を取り囲むように、あちら側の雰囲気を持っている連中が向こうからも脇の道からも現れてきた。剣呑な感じは受けないが、逃げることは出来そうもない。

 ならば話を聞くしかないようだ。

 いったい何のお願いをされるのだろう、諦めて溜息を一つついた。


喫茶店に入り、六人掛けのテーブルに四人で座り、注文をしたら優男が挨拶も何もなく、用件を切り出した。

「この町の裏手に山がありましてね。うちの重鎮が幼い頃、町のレクリエーションで、河原に行ったんですよ。そこの河原の石が、叩くととてもいい音がしたんだそうです。そのときはいい音だと叩いて遊んで、それで終わったんですけどね、何年か前にそのことを思い出しまして、あの石で楽器を作って、やんごとないお方への献上品としたらいいのではないかと言い出しまして。

 それでうちの者に石を取りに行かせたんですが、もう山は変わってしまって、道が酷くなっていて辿り着けなかったり、帰ってこなかったりとさんざんでして。

 どうしようもないんですが、重鎮に無理でしたとも言えずに困っていたんですよ」

 ふむ。よくある依頼背景だ。

「あなたの名前は聞いていました。しかしこのこととは結びつかずに別々の情報として思っていましてね、実際にあなたがここに来たと聞いて結びついて、お願いしてみようと思ったんです。いかがでしょう?」

 あーそーかそーか。

「えと確認なんですが、その山って、あそこですよね?」

「えぇ、そうです。ご存じですか?」

「あの峠とか、あの展望台とか、あの岩とか」

「ええ、そうですそうです。お詳しいですね」

 私は頭を抱えた。

「この三人のあなたに対する態度を見てますと、なんか感じるものがあるんですけど、その依頼って、断るという選択肢は存在しますんでしょうか?」

「おやおや、何か拙いことでもありますか?」

「拙いことでもって、あなたねぇ…」

 頭を抱えてしまう。

「ご存じですかって、あの山なら、以前に二回、登ったことがあるんですけど、台風やら地震やらで、その当時は道、完全に破壊されていましたよ。山の持ち主から協力を得られたんでなんとか登りましたけどね、道、直りました?」

 優男は笑顔のまま、態度を崩さなかった。

「依頼を受けていただけるのなら難点を話そうと思っていましたよ。ええ、重鎮が話を言い出してから、あの山は私達で買い取りまして、今では私達のものです。前の持ち主の時、山に入ったことがあるのですか。石のことはご存じでしたか?」

「いえ、そのときは全く別の件でした」

「そうですか。いえ、道は修理していません。さすがに破損が酷すぎるので、車が入る部分だけでもまともにしようとお金をかけているのですが、直す端から何かしらが起こって酷さが保たれてしまいましてね、重鎮になんとか言って、止めることができないかも話し合われてはいます」

 当時の疲れ具合や足の痛みを思い出し、何も喋りたくなくなる。

「報酬は望みのままに。カネで済むことでしたらね」

 優男は続けるのだが、私はやる気ゼロの目で視線を外す。こちら側の三人は沈黙を保ち続ける。

「と言われましても、別に欲しい物もありませんからねぃ」

 優男はほほえみを保ちながら

「こう考えてみてくれませんかね。

 私達とあなたが婿入りをした一族と、千何百年も渡って殺し殺されの関係を続けてきました。今さら和解は不可能でしょう。あなたはよそから来た人ですので標的には入りませんが、あなたの奥さんや子供達はそうではない。その時が来たら我々は殺しますし、そうなればあなたも黙って見ていることでもないでしょう。そうなれば私達もあなたを殺します」

「…それはとても勤労意欲が減退する話ですね」

「しかし、考えて見て下さい」

 優男はコーヒーを一口飲んで続ける。

「千何百年もの間、そちらの主家で、公式に余所から人を呼んで血を入れたなんて、初めてのことなんですよ。余所から来た人と主家の一人娘の間に出来た子供を正式に跡取りとすることを決め、他にも生まれた子供達をみんな、正式な記録に残すなんて、初めてのことです。今までに個人的な恋愛感情があったり、記録に残さずこっそりと跡取りにしたことはあったかもしれません。しかしあなたの存在は、そちらの一族にとって画期的なことなんですよ。

 そして我々が、その正式な婿に頭を下げて願いを乞う、これも千何百年続く殺し合いの中で、初めてのことなんです。だからといって実際に殺すことになったらためらいはないでしょう。

 しかしそちらでも初めてのことが起こり、こちらでも初めての決定が下されるという、初めての将棋倒しが起こったんです。

 その将棋倒しはすぐに途切れるかも知れませんし、このさき延々と変わり続ける事態の最初なのかも知れません、それは私には解りませんし、私の側の者にも、そちらの一族の誰にも解らないことだと思います。

 私があなたにお願いすることは石を持ってくることやその道筋を調べて欲しいという表の話だけではありません。その初めての連鎖を途切れさせないでもらえないかということでもあるのです」

 話が大きくなっていた。

 とにかくこの場で返事は出来ないと、決定を後日に延ばしてもらった。

 喫茶店を出たらこちらの三人はそのままいなくなった。

 優男から連絡手段を聞き、ホテルに戻る。静かな住宅街の見方が声をかけられる前と全然違うものになっているが、居心地が悪いこと自体は何も変わらない。見知らぬ土地がそのまま敵地になっただけだ。

 宿に戻り、本家にカクカクシカジカとメールを送る。妻は本家跡取りとして忙しいのだが、夜に返事がきた。

「勝手にしろ」。

 駄目だと言われたら断る口実になったのだが、そうでないのなら。

 石の出す“いい音”は、素通りは出来ないな。


 本家が不許可を出さなかったことを、この土地の責任者に説明して依頼を受けることを報告する。

 三人のうちの一人が、あのときとは打って変わって柔和な顔で話をしてくれる。

「あの男があそこまで言う以上、婿殿の身の安全は守るでしょう。連中の性格からいって、「最後の一人になっても守る」というやつです。ですのでこちらから護衛は出しません。私達がいて向こうに怪我人が出たり命に関わることが起こったら難しいことになりますし、向こうの護衛が全滅したら、こちらが手を出したのではないかと疑われることも出てくるでしょう」

 へいへい。

 優男に連絡を取ると単純に喜んでくれ、打ち合わせにあのときの喫茶店を指定してきた。


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