家庭教師、のち婚約者?!
初謁見から数日後、今日は初めての家庭教師の日。 何を教えようかと考えながら中庭が見渡せる渡り廊下を通り過ぎていると、ふと、中庭にいる人に目が留まった。 シルクのようなローブを纏った金色の髪の美しい人だった。 その人は何をするでもなく、東屋に寄り掛かりながら空を眺めていた。 神秘的であり、どこか悲しげでもある雰囲気に見とれていると、護衛の騎士が私が立ち止まったのに気付いて声をかけてきた。
「ユーリさん? どうかしましたか?」
いつ襲われるか分からないので、詰所以外での単独行動を制限されていて、何処か、特に城へ行く時には必ず騎士団の誰かが、護衛として付いてきてくれていた。
「あっ、いえ、なんでもないです」
慌てて騎士の傍まで走って行く。
「お待たせしました。 行きましょう」
私は身近な改善から始める事にした。 学術などはあまり得意ではないし、、、手始めに豆知識や雑談を通しての改善案などを話せば、時に目を輝かせて少年のように、時に真面目な顔で紙に書き留めながら聞いてくれるジェード王子に、感心しながら授業をしていると、あっという間に約束の時間が過ぎた。
「あっという間に終わってしまった。 ユーリさんの教えてくれることは、驚きの連続ですね」
「それなら良かった。 私も真面目な生徒で話しやすかったです」
そう言って微笑み返せば、ジェード王子は目を見開いてから、ばつが悪そうに横を向いた。
「貴女は誰にでもすぐに心を開きすぎる。 もう少し用心した方がいいですよ」
「大丈夫ですよ。 私には最強の保護者が4人もついていますから。 それにもし万が一何かあっても、助けてくれるって信じているので」
そう言えば、ジェード王子は切なそうな顔で「羨ましいですね」と呟いた。
「ジェード王子も一緒でしょう?」
「私にはそこまで信頼できる味方はいません」
その言葉に、私はジェード王子の手を取って目線を合わせながら話をした。
「ここにいますよ。 頼りないのは申し訳ないですが、私は貴女の先生です。 教え子に何かあれば、全力で守るし、助けますよ」
私の言葉に、呆然としたジェード王子。 その姿が幼児のようで、思わず頭を撫でてしまった。
「、、、あの」
ジェード王子に声をかけられて、初めて無礼な事をしていると気付き、慌てて手を引っ込めた。
「ご、ごめんなさい! 可愛かったもので、つい、、、」
謝罪になっていない謝罪に、ジェード王子は笑って答えた。
「いや、頭を撫でられたのなんて、、、初めてと言っても良いくらいなので、新鮮で、ちょっぴりくすぐったかったです」
「私で良ければ、いつでもいい子いい子してあげますよ」
年の離れた弟が出来たような感覚に、私も嬉しくなってそう答えたが、ジェード王子は少し複雑そうな顔をしていた。
「あまり子供扱いばかりはしないでくださいね? これでも貴女の婚約者候補なんですから」
そう言って、先程までの幼さなど微塵も感じさせない、大人びた雰囲気に面食らっていると、そっと私の手を握りしめ、少し熱を帯びた目で見つめられ、
「私は貴女の事を愛しています。 もちろん、損得を抜きにして。
あの街で見た貴女の姿が脳裏に焼き付いて離れなくなるくらい、貴女に夢中です」
思わぬ、どストレートな告白に不覚にも心臓が跳ねる。 何も答えられないでいると、
「貴女の魅力に虜にされている者は多いが、そんな貴女を虜にしてしまうのは、果たして誰でしょうね、、、」
蠱惑的な色気すら感じさせる仕草で、私の手にそっと口づけを落とすと、打って変わった屈託のない笑顔で、「今日は終わりましょうか」と言われ、私は先程とのギャップに翻弄されたまま、初日が終了した。 気が付いたら詰所まで戻ってきていたらしい。 私は護衛の騎士さんにお礼を言って別れ、部屋戻るとベッドに突っ伏した。
(まさか、この歳になって5歳以上も下の子から告白されるなんて、、、あの目、本気だったよね?)
悶々としているうちに、私は夕飯も取らずにそのまま寝落ちしてしまい、次の日の朝、みんなに心配された。 しかし、若い子に告白されて悶々としてましたなんて恥ずかしくて相談できる訳もなく、、、こんな時に頼りになりそうな人の所に行くことにした。
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「それで、私のところに?」
折り入って相談があると言われ、人払いをしてから、ゆっくりユーリの話に耳を傾ける。
「男性経験は少なからずありますが、、、この国に来てからは初めてだったので、驚いてしまって、、、ましてや5歳以上年下の、身分の高い人に」
手づから入れたお茶を飲みながら聞いていた私は思わずカップを取り落としそうになった。
「、、、初めて? この国に来てから、初めて愛の告白をされたと?」
私の質問にキョトンとしながら愛らしく小首を傾げる、未来の娘候補。
「はい。 そもそも、取り立てて美人でもなんでもない私が、何故好かれたのかサッパリなぐらいですし、、、」
「、、、、、」
彼女は驚くほど、自分に向けられる"好意"に鈍いらしい。 それを知ってか知らずか、ジェード王子は直接的な表現で口に出し伝えてきたようだ。 さすがに理解した彼女は、その好意に戸惑ったようだが、、、
(うちのバカ息子は何をしているのかしら?)
初めて母親に紹介した女性で、明らかに息子は好意を抱いていた。 私も話をしていて、彼女の聡明さや愛らしさに魅了され、ゆくゆくは息子と添い遂げてほしいと切に願っている。 娘として一緒にお茶をしたり、お出かけしたり、、、本当に楽しみにしていたのに、彼女に思いを告げていないのか。 息子の行動の遅さに呆れながらも、目の前の娘候補にアドバイスをする。
「王子の告白は、あまり真剣に受け止めすぎない方が良いかもしれませんね。 謁見の間でも結婚の話が持ち上がったようですし、立場上、言われたのか、はたまた年上の女性への憧れから言われたのか、、、はっきりはしませんが、もう少し様子を見てもよろしいかと。 そのうち、もっと素敵な殿方から求愛があるかもしれませんしね」
私の話を聞いて彼女も落ち着いたのか、肩に入っていた力を抜きソファに身を沈めた。




