開戦
救護天幕周辺は、まさに戦場と化していた。
次々に運ばれてくる怪我人、怒号。
指示を飛ばすラリマーさんの顔も、いつもの柔和さは消えていた。
その時、獣人が一人運ばれてきたが、天幕に入ることが出来ずにいた。
私は駆け寄って声をかける。
「大丈夫ですか?」
「悪いが、俺はすぐに戻らないといけないから、こいつを頼む」
そう言って、連れてきた冒険者は去っていった。
簡単に衣服の上から程度を調べる。
腕の角度から、骨が折れているだろう事は容易に想像できたが、他にも刺し傷の様なものや、切り傷なども多数あって、出血量が多かった。
「今、手当てしますからね。 少し我慢しててくださいね」
そう負傷者に声をかけると、私は折れている腕をそこら辺に落ちていた板きれと自分の上着の裾を千切ったもので固定し、気をつけながら抱き抱えた。
「!、、、見かけによらず、力持ちなんだな」
自分の体重の倍はあろう獣人を抱えあげ歩く私の横に並びながらのアルマースの感嘆に、苦笑する。
「これでも、軍人の端くれですから、、、簡単な応急処置と、自分の倍くらいの物なら運べるよ」
「軍人? ユーリがか?」
私の返答が予想外だったのだろう。
大きく目を見開き、立ち止まっていた。
「まぁ、戦争屋じゃなく、救助屋だったけどね。 ただ、この事はカイル達には内緒でお願いします」
「何故だ?」
「、、、18歳から10年以上所属してきて、戦争や人殺しの経験なんて皆無なんだよ。 女だから、とかってことは関係なくね。 そんな私が軍人を名乗るなんて、彼らの前ではおこがまし過ぎるよ」
私は苦虫を噛み潰した表情でそう答えると、そのまま天幕に入っていく。
中にいた人達も入ってきた人の異様さに気付き、驚いて手を止めた。 ラリマーさんが慌てて駆け寄ってくるので、容態を伝える。
「先程運ばれてきました。 腕の骨折と、複数の出血箇所が見られます。 呼吸は安定していますが、意識はありません」
そこまで聞き、ラリマーさんは的確に指示を出し、患者を収容していった。
それからしばらくは中の手伝いをした。
一段落ついた頃、ラリマーさんが私と一緒に手当てをしながら話しかけてきた。
「先程は驚きました。 獣人を抱えてきたこともそうですが、、、それなりに知識があるようですね」
私はその評価に、曖昧に返す。
「まぁ、少しだけ噛ったことがある程度で大したことは出来ません。 力は多少、一般的な女性よりあるかなってくらいですよ」
「いや、"カンセツアッパクホウ"など私達の知らない処置の仕方もあります。 私は是非とも一度ご教授願いたいです」
現代知識の賜物だが、まだこの世界にはあまり医療が確立されてないらしい。
まぁ、魔術である程度の怪我や病気が癒せるのだから、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
私が答えあぐねていると、外がまた騒がしくなった。
ラリマーさんと天幕の外に出ると、怪我をした騎士達がやってきたようだった。
遠くにカイルの姿も見えた。
カイルの無事な姿に安堵しつつ、私も手当ての道具を持って、天幕周辺を走り回る。
手が空いたところを見計らって、カイルが声を掛けてきた。
「ユーリ、もう大丈夫か?」
「私は大丈夫。 カイルこそ、怪我してない?」
私の返事に笑顔で頷く。
こんな時にまで、私の身を案じてくれる優しいカイル、、、全ての元凶である事実に息苦しさを感じる。
「アツアツなところ、失礼します。 こんにちは、ユーリさん。 無事な様で何よりです」
カイルの後方より声をかけられ後ろを覗くと、そこには、ジェード王子の姿があった。
魔獣の返り血を浴びながらも優雅に歩く姿は、流石、一国の王子様である。
「ジェード王子こそ、ご無事なようで、、、王都からの増援は王子自ら指揮されてきたんですね」
「魔獣が大群で押し寄せているなどという大事、呑気に城で胡座をかいているなど、愚鈍な者のすること。 民が苦しんでいるときに手を差しのべられなくて、何が王族ですか」
きれい事の様な台詞も、ジェード王子が言うと心に沁みてくるものがあるあたり、この人は求心力が高いようだ。
「先程、部下に聞きましたが、後方の救護活動でも目覚ましい活躍をされたとか、、、さすがは私の師となる方だ」
「自分に出来ることをしたまでです。 微力ながら助ける力があるならば、それを使わないなどという選択肢はないでしょう?」
私の返事に、ニコリと微笑み、王子が何かを言おうとしたが、後ろの天幕から聞こえてきた大声に阻まれる。
異変に天幕へ飛び込むと、奥に寝かされている騎士の一人に小さな人だかりが出来ていた。
近付くと、必死に声をかける騎士と、治癒の魔術をかける騎士が苦しそうな顔をしていた。
「死ぬな! お前には待ってる家族がいるだろう!?」
「、、、クソッ」
一緒に入ってきたカイルとジェード王子も顔を歪めている。
カイルが衛生兵に声をかける。
「駄目なのか?」
「足からの出血が多くて、、、それに、息も止まりました、、、もうっ」
それを聞いて、私は無意識に動き出していた。
呼吸を確認するも、感じられない。
脈を確認すると、極々僅かだが不定期に感じることが出来た。
「! まだです! 治癒の魔術をかけ続けてください!」
「しかし、、、」
衛生兵の言葉を遮り叫ぶ。
「まだ生きてる! この人はまだ脈がある、心臓が動いているんです! 諦めるなっ!」
それだけ言うと、布団を丸めて足の下に入れる。
顎を上向かせ、人工呼吸を開始すると、周囲の者達がざわめく。
カイルやジェード王子も驚愕の表情をしていた。
騒ぎを聞きつけて、ラリマーさんがやってくると、心臓マッサージをしている私に尋ねてきた。
「ユーリさん、それは一体、、、?」
「人工呼吸と心臓マッサージです。 まだ息が止まってから時間が経ってない今なら、まだ間に合う。 出血箇所を止血するのと、治癒の魔術をかけ続けてください。 この人を助けたいなら、早く!」
その声に、ラリマーさんが慌てて周囲に指示を出し始める。
「止血布を持ってきなさい! 貴方は私と治癒の魔術を、、、」
それを横目に見ながら、人工呼吸と心臓マッサージを繰り返した。
「戻ってこい、、、戻ってこい!」
何度目かの心臓マッサージの後、僅かだが呼吸をし始めた。
「きた!」
私の笑顔に、ラリマーさんも慌てて確認し、
「生き返った、、、」
その呟きに、みんなが歓喜の声を上げた。
「まだ予断を許さないと思います。 目を離さずに注意深く観察をお願いします」
付き添っていた騎士にそう声をかけ、私は天幕を出た。
天幕の外で肩を回してひと息ついていると、カイルとジェード王子、ラリマーさんも出てきた。
「さっきの、口づけやお腹を押していたのは、一体何だったのですか?」
「人間を生き返らせるなど、そんなの魔術にもないぞ」
ラリマーさんの疑問に、ジェード王子が付け加える。
「心肺蘇生法と呼ばれる、一時的に心臓や呼吸の止まったものを再び蘇らせる方法です。 ただ、万能ではないので、絶対の効果は保証できないですが、、、治癒の魔術と併用したから、今回は私ごときの技術でも蘇生させることが出来たかと思います」
「、、、素晴らしい。 やはり我々の人智を越えたものをお持ちのようだ」
ラリマーさんの感嘆に、他の二人も頷く。
それをむず痒く感じ、居心地悪そうにしていると、真面目な顔をしたジェード王子が話しかけてきた。
「ユーリさん、貴女がこの街や国のために尽力してくださっているのは十分承知しています。 つい先程も神の御業のようなものまで、、、」
そこで言葉を切ると、真摯な表情で続けた。
「貴女の力を、我が国を、、、この街を守るためにお使い頂くことはできないでしょうか?」




