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袖すり合うも、他生の縁

恥ずかしい連行で人生初めての冒険者ギルドへ足を踏み入れる。

担がれたままの私の姿に、中にいた人達は驚いていた。

やっとことでカウンターの前で下ろされ、そのまま男は「待っていろ。 すぐ戻る」とだけ言い、どこかへ行ってしまった。

仕方がないのでカウンターに寄りかかりながら辺りを見渡す。

入って右の壁には大きな掲示板があり、そこには様々な色の紙が貼られていた。

左側には簡素なテーブルとイスが何組か置いてあり、そこには何人かの冒険者風の人達が座っていた。

中には耳やしっぽのある人達もいた。


(あれが獣人かぁ、、、)


初めて見る異種族に興味をそそられるが、声をかける勇気はない。

むしろ、先程から囁かれている声が、、、痛い。


「王国騎士団がなぜ、ギルドに?」


「女のガキにしか見えないが、、、」


「だが、騎士団は男しか入れんだろう」


「天下の騎士様が何の用だよ?」


面と向かって言われはしないが、どうやら冒険者と騎士団は仲があまりよろしくないらしい。

居心地の悪い空気に、空気の読める日本人(わたし)は、ますます息苦しくなって帰りたいな~と思っていると、張本人が戻ってきた。


「待たせたな、ついてこい」


そう一方的に言うと、またズンズンと歩き出す。

居心地の悪い場所から逃れられる唯一の手段は、この訳の分からない相手についていくこと、、、私は諦めて後を追いかけることにした。

2階に上がり、奥の部屋へ通されると、そこは誰かの執務室のような場所だった。

大きな執務机に、その前には品の良い応接セット。

そこに座るよう促される。


「失礼します、、、」


一応、声をかけて座る私に、ニヤリと笑いながら向かい側に座ってきた。


「改めて、、、俺の名前はデンドリティック・アゲート。 冒険者ギルドのギルド長を務めさせてもらっている」


まさか、ギルドで一番偉い人とは、、、そこに驚いていると、「そっちの名前は?」と尋ねられたので、慌てて答える。


「失礼しました。 私はユーリです。 ただの一般人です」


「はははっ、ただの一般人ってか、、、なかなか良い性格してるな、お嬢ちゃんは」


「そんなこと言われても、剣も魔術もからっきしですから、そうとしか言いようが、、、というより、お嬢ちゃんと呼ぶのは止めていただきたい。 そこまで若くないもので」


「可愛い見た目してなかなかしっかり物言うな、お嬢」


あまり変える気のないアゲートさんに、諦めにも似たため息をつき、そこまで話をして、ずっと気になっていたことを口にする。


「その目は、、、」


「これか? 昔、魔獣にやられたんだ。 まぁ、無事に討伐は出来たが、これのお陰で俺はめでたく引退だ」


そう皮肉を言う彼に申し訳なく思ったが、、、なぜだか、どうしてもその傷ついた片目が気になった。

それから少し雑談をしていると、ギルド職員のお姉さんがお茶とお菓子を持って部屋に入ってきた。

それと入れ替わりでアゲートさんが席を外す。

お茶を持ってきたお姉さんにお礼を言いながら、アゲートさんについて尋ねてみた。


「ん~、、、めんどくさがりですけど、仕事はちゃちゃっとこなしちゃうスゴい人ですかね? 元々は冒険者の中でもトップクラスの伝説の人だったんです。 ある日魔獣の変異種が現れていくつもの街に被害が出て、討伐をすることになったんですけど、、、そいつが魔障に侵されていたらしく、死ぬ間際にギルド長に攻撃して、魔障を憑かせたそうなんです。 だから時折、スゴい苦しむんですけど、魔障はどうしようもないし、、、」


お姉さんが少し悲しそうに言う事実に衝撃を覚えた。


(まさか、ここにも魔障が、、、)


「おい、人が居ないとこで何、余計な話をしてやがる」


少し呆れたように書類を持ったアゲートさんが入ってくるが、私はそれどころではなかった。


(、、、異様に気になるのは、私の中の魔障が、アゲートさんの中の魔障に反応していたから?)


「おい、どうした? お嬢」


名前を呼ばれてハッとした私は何でもないと言いながらも、魔障が気になり、上の空になってしまった。

まもなくして、ラリマーさん達が迎えに来てくれ、そのまま帰る事となったが、帰りの道中も終始無言で思い詰めた顔をしていた私はラリマーさん達に、冒険者に虐められたんじゃと要らぬ心配をかけてしまった。

帰るとすぐにカイルの天幕に呼ばれ、カイル、ルーファ、シュヴァルツに小一時間の説教を受けるハメになった。

しかし、しこたま怒られてる間も魔障の事が気になり、気もそぞろで、やはりここでも冒険者に虐められたんじゃという疑いが持ち上がり、ギルドに乗り込もうとする3人を必死に止めるのに苦労した。


「何があったんた?」


いつも通り、テーブルを四人で囲み、落ち着くためにと入れたお茶を四人で飲み、一息つくと、カイルが心配げに尋ねてきた。


「、、、魔障に侵されて苦しんでいるらしい人と出会いました」


魔障という単語に、それぞれ反応する。


「まさか、何か喋ってきてないだろうな?」


「出発前に、みんなと魔障の力のことと、精霊とのやり取りは王都に着くまで内緒にするって約束したから、まだ何も言ってないよ。 でも、、、」


シュヴァルツの問いかけに返しつつも言い淀む私の思いを汲み取り、カイルが言葉にする。


「その者を助けたい、と?」


私がコクリと頷くとルーファが反対を示した。


「まだどんなリスクがあるかも分からないのに、私は反対です」


「そうだな。 ユーリが負担を受けてまで助ける必要はあるのか?」


シュヴァルツも反対らしく、そう言葉を重ねる。

みんなが私を思って言ってくれているのは分かる、、、

するとカイルが尋ねてきた。


「そもそも、、、ユーリの魔障について、まだ腕輪を外したところを見たことがないんだが、、、見せてもらうことはできるか?」


「それは、、、」


初めて見た時の衝撃を思い出す。

ドス黒く変色し、硬くなった皮膚、、、あの森を出てから確かに自分でも見てなかった。

というより、見ないようにしていた。

怖かった、、、未知のものに侵食されていく姿を目の当たりにし、現実として受け止めきれるのかも分からなかったからだ。


「無理にとは言わないが、、、ユーリの背負っているものを、少しでも知っておきたいんだ」


真摯な瞳に嘘はないだろう。

ユーリは小さく息を吐き出してから、ゆっくりと腕輪に手をかけた。

ゆっくり、ゆっくり引き抜いていく。

するりと腕輪が抜けると、袖から見える手が見る間に黒く変色した。

上着を脱ぎ、タンクトップのようなもの一枚になると、咄嗟に目を背ける3人に、苦笑しながら声をかける。


「見ても大丈夫だよ、、、まあ、見せられてあまり気持ちのいいものではないだろうけど」


自嘲気味な独白に3人はこちらをしっかりと見つめてきた。


「これは、、、!」


森を出る頃は腕から胸の石にかけてだった変色も、へその辺りにまで達していた。


辛そうに顔を歪める3人に大丈夫というように微笑みかけながら、ゆっくり言葉を選んで紡いでいく。


「でも、皆は騎士として、力ある者として、私を助けてくれた。 でも、私には皆を守るだけの剣術も知識も、富も地位もない。 私にできるのは、精霊と話をする事と、苦しむ人から魔障を取り除くことだけ、、、世界中の魔障で苦しんでいる人を助けることは出来ないし、そんな大それた事を言うつもりはさらさらないけど、みんなが私を助けてくれたように、私は私に助けられる範囲で、目の前で苦しんでいる人を助けたい、、、駄目ですか?」


私の思いに、みんなが沈黙する。


「ごめんなさい。皆さんに面倒を見てもらってる身分で、我が儘を言って」


みんなの沈黙に、申し訳なさを感じて謝罪する。

すると、私の肩に上着をそっとかけながら、少し怒ったような声でカイルが答えた。


「ユーリ、我が儘を言うことを謝るな。 そして、自分を卑下するな。 俺達はユーリを下に見たことはないし、これまでもこれからも対等でいるつもりだ。 ユーリは、自分の気持ちや考えを話すことを躊躇う節がある。 もっと、俺達を信頼して、さっきのように話して良いんだ」


「カイル、、、」


「ユーリが対等だからこそ、私達もきちんと自分の意見を持って反対したり賛成したりするんです。 先程は黙ってしまって不安にさせましたが、単純に、ユーリが自身の意思をはっきりと示したことに驚いただけなので、心配ないですよ」


「俺達は、ユーリが何を言おうが、何をしようが、決して嫌いになることはない」


「ルーファ、シュヴァルツ、、、ありがとう」


みんなの優しい言葉に、嬉しくて泣きそうになる。

こんなに大切に思ってくれて、自分のことをわたし以上に考えてくれてる、大切な家族に、改めて感謝した。


「ハイリスクだが、ユーリがやりたいと思い、行動するなら、俺達は手助けしよう、、、と言っても、魔障に関しては何もしてやれないが」


苦笑いで頬をかくカイルに、力一杯、首を横に振る。


「カイルやルーファやシュヴァルツが、私の手を離さないで、傍にいてくれるって思うだけで、私はどれだけでも強くなれる気がする」


そう言って、安心させようと笑いかければ、カイルを始め、3人はテーブルに突っ伏した。


「、、、ほんと、無防備」


シュヴァルツの謎の発言を最後に、この日はお開きとなった。

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