邂逅
本陣の入口には、豪奢な馬車が停められ、やはりVIPらしい。
連れてこられたのは、団長の天幕。
シュヴァルツが声をかけ、私を連れ立って入る。
用意された応接セットには、団長と来客らしき男性が向かい合って座っていた。
シュヴァルツは団長の傍まで私を連れてくると、一礼をして、団長の後ろに控えているルーファの横に並ぶ。
こちらの世界での公式な場での礼節など、生憎習っていない。
どうしたものかと思案していると、団長が相手を紹介した。
「ユーリ、この方は我がコランダム王国の第1王子で在らせられるジェード王子だ」
紹介されたのは、赤みがかった艶々した金髪に、空のように澄んだ青色の瞳を持つ、これまたイケメンさんだった。
まさに、王子様といった雰囲気を漂わせた彼は、優雅に立ち上り挨拶をしてきた。
「はじめまして、ユーリ嬢。 私はコランダム王国第1王子、ジェード・セレス・コランダムと申します。 お初にお目にかかり、光栄至極でございます」
恭しい礼節に、私は知り得る限り最上級の礼で返した。
背筋を正し、脇を閉め拳を握り、節度ある動作で敬礼をした。
と言っても、屋内で帽子も被ってないので、腰から上体を少し傾ける敬礼だ。
「はじめまして。 私はユーリと申します。 こちらこそお会い出来まして、恐悦至極にございます」
私の対応にその場にいるみんながポカンとしていたが、すぐにイケメン王子はクスクスと笑いながら座るように促してきた。
礼儀を知らないことを笑われているんだろうと思いつつも、知らないものは仕方ないと開き直り、カイルに声をかけてから、その横に座った。
「ユーリ嬢は、どちらかで軍に属されていたのですか?」
「、、、詳しくはお話出来かねます。 それから、恐れながら申し上げさせていただきたいのですが、、、」
私の躊躇いがちな申し出にも快く応じてくれる。
「なんですか?」
「私はすでに30を過ぎております。 ~嬢と呼ばれるには、いささかとうが立ちすぎているかと」
王子は心底驚いた顔をして、まじまじと私の顔を見た後に、声を上げて笑いだした。
それを見て、その場にいた皆がぎょっとした顔をしていた。
「参ったな、、、ククッ、ここまで振り回されるのは初めてだ。 流石は、騎士団トップ3の寵愛を受けるだけの事はありますね。 私も魅了されてしまいそうだ」
ニコニコしながらとんでもないことを口にする王子に、周りは頭を抱えた。
「身に余るお言葉、ありがとうございます。 寵愛というのは分かりかねますが、騎士団長を始め、王国騎士団の皆様には大変お世話になりました」
「そうか、、、ところで、これから王都へ向かい、しばらく滞在すると聞いたが、本当かい?」
「はい」
余計なことを喋らないように、短切に答える。
「それは良かった。 ユーリさんとは個人的にも仲良くなりたいと思ったし、良ければ滞在中はうちに来るといいよ」
「、、、うち、とは?」
「王城だよ。 一度、拐われかけたとの話も聞いたし、王城にいれば、騎士達に守らせることも出来るからちょうど良いですよね」
想定外の提案に、これまたどうしたものかと思案し、沈黙する。
判断がつきかねるのでカイルに目線をやると、渋い顔をして王子を見ている。
その表情から、あまり良くない提案なのだろうと判断し、丁重に断ることにした。
「もったいないほどの温情ではありますが、生憎と仕事をして旅の資金を貯めないといけないので、遠慮させていただきます」
「ふむ、、、それなら、王城への滞在を断られる代わりに、私の家庭教師をしてはいただけないだろうか?」
「家庭教師?」
「そう。 貴女は私に、私が知らない事を教える。その対価として私は貴女に賃金を払う」
「知らない事、とは?」
「何でも良いですよ。 知らないだろうと思うことを何でも言ってください」
教える内容があやふや過ぎる気もするが、下手なところで働くより、安全でそれなりに稼げそうだ。
(要は、私の知識を試すってとこなんだろうけど、、、乗ってやるとしますか)
「分かりました。 お受けします」
私の返事に、みんなの空気が固まるのを感じたが、スルーして王子と契約を交わす。
「期間は、私の都合に合わせること。 賃金については、その内容の価値でそちらで判断してください。 それで良ければ、やらせていただきます」
「ユーリ、さすがにちょっと無茶が過ぎますよ」
一足先に帰ると言う王子を見送り、再び団長の天幕まで戻ってくると、すぐに心配そうな3人に窘められた。
「確かに、ジェード王子は王位継承権を持つ者の中では一番まともだと言われているが、少し早計な気がするぞ」
ルーファに続きシュヴァルツまで案じてくる。
「でも、これで王城に寝泊まりしないで済むから、私としては満足いく交渉だったよ?」
「なぜ、王城に滞在することを拒んだんだ?」
カイルの質問に、私なりの答えを返す。
「1つは自由がなくなる事が目に見えているから。 王城で寝泊まりしたら、ただでさえ王位継承権争いに巻き込まれるだろうに、それが激化することは必至でしょう? そして、私の囲い込みに必死になられ過ぎて、私は籠の中の鳥状態に、、、城からも自分の意思じゃ出てこれなくなるだろうし、下手したらみんなとも自由に会えなくなる可能性が高い」
カイルは頷きながら、続きを促す。
「そして、2つ目はカイル達があまりいい顔をしていなかったから。 私の事をいつも最善に考えてくれてる皆が渋い顔をしていた。 ってことは、あまり良くないんだろうと感じたから断った、、、ダメだった?」
そこまで答えてから、少し不安になり聞き返すと、カイルは優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
「正解だ。 あまり王家に深入りし過ぎると、俺達ごときでは守りきれなくなる。 しかし、俺達が王や王子に口出しは出来ないからな。 賢明な判断で助かった」
みんなを困らせないで済んで一安心していると、シュヴァルツが尋ねてきた。
「だが、王子の言っていた事も一理ある。 次を起こさせるつもりはないが、狙われる事はあるだろう」
「そうですね。 滞在先は任せていただけますか?」
王都の実情やこの世界の常識に欠けることは十二分に承知しているので、任せることにした。
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王都までの馬車の中、私は先程まで一緒にいた女性のことを思い出していた。
第1王子として生を受け、これまで多くの女性達と交流する機会もあり、また、教養として女性との接し方も十分学んできた。
まだ結婚はしていないが、仮にも第1王子なので、婚約者ももちろんいる。
そんなこれまでの人生で相手にしてきた女性の中には相手を不快にさせる奇抜さ(要は我が儘)を持っている女性が多くいた。
しかし、話をしていて気持ちのいい女性は珍しく、これまでも片手で数える程だった。
やはり王子のレッテルがあるせいで、誰もが媚を売ってくる。
気持ちのいいものではないが慣れてしまい、無意識にみんながそうだろうと思い込んでいた。
ましてや、私に間違いを正させようとしたり、私の誘いを断るなど、、、初めての事に驚きとなぜか高揚感のようなものを味わった。
(騎士団トップの3人が、いたく目をかけているとは聞いていたが、納得できるだけの魅力があったな)
女性が軍や騎士団に所属する者のような礼をしてきた事にひどく驚いたが、何よりも年齢を公衆の面前で言ってのけ、こちらの間違いを正してきた時には、思わず素に戻ってしまっていた。
家庭教師の話はあくまで彼女と接点を持つための口実だ。
(彼女を愛してやまない3人の目の変わりよう、、、これからが楽しみだな)
その口から語られるものが一体何なのか想像できず、ワクワクしてしまう。
そんな彼女過ごせる日々を楽しみに思いながら、王都までの道程を、どうやって彼女を王城に迎えるか考えるのに費やした。




