治癒と回収の違い
カイルさんに抱き上げられながら入った部屋にいたのは、この間会った青年の面影はなく、やつれ疲弊しきった痛々しい姿だった。
「ライズさんの側に」
カイルさんがベッドにそっと下ろしてくれる。
他の二人も黙ってついてきた。
「何があるか分からないので、部屋から退室していただけるとありがたいのですが、、、」
退室を促すも、首を横に振る3人に諦め、そっとライズを見下ろす。
「ごめんなさい、巻き込んで、、、」
小さな声で謝罪をしてから左腕に填まった腕輪に触れ、アルマースを思い浮かべる。
(何かあればいつでも呼んで良いっていってたよね)
さすがに初めての魔障を取り除く行為に、一人では難しいと判断し、頼れる存在に助けてもらうことにする。
青色の瞳と髪を持つ青年に語りかけるように歌を歌い始める。
ゆったりとしたバラードに合わせて、私の前に光が集まりだし、一際輝いた後に、アルマースが現れた。
3人は突然現れた人物にとても驚いていた。
「なっ、、、」
「まさか、、、」
「ユーリ、、、」
呼び掛ける声はバラバラだが、言いたい事は1つだろう。
「紹介します。 精霊のアルマースです」
私の言葉に今度こそ言葉を失った3人を尻目に、アルマースが私に話しかけてきた。
「少し、いやかなり、だいぶ、呼ぶのが遅くないか? その体はどうした? 知らないとでも思ったか? 私を甘く見すぎじゃないか? どうしてこうなる前に私を呼ばない? 本当に愚かとしか言い様がないな、、、」
冷え冷えとした瞳に見つめられ、永遠に続きそうな小言に心底弱り果て、泣きそうになりながら「ごめんなさい」と謝ると、しぶしぶ許してくれた。
「それで? お前の傷を癒せば良いのか?」
呼ばれた理由を聞くアルマースに、私は傍に横たわった人物を指差す。
「、、、魔障か」
「取り除くために、力を貸して欲しい」
真剣な表情でお願いすると、なにを言っても変わらないと悟ったのか、深々とため息をついたあとに、了承してくれた。
「この者の進行はかなり進んでいる。 ダメージは前回の比ではないと分かっているな?」
コクリと頷く。
「では、歌え。 お前の精神と肉体の維持は任せろ」
ゆっくり、ゆっくりと一言ずつ確かめるように言葉を紡ぎだす。
ゆっくりだけど、元気が出るような歌を歌いながら、隣に立つアルマースを見ると、目が合う。
温かな何かがアルマースから注ぎ込まれているのを感じる。
そして、彼が頷くのを合図に、ライズさんの黒くなった肌に触れる。
すると前回同様、何かが私の中にズルズルと這い入ってくる感覚が来た。
「あぁあ!」
あまりの痛みと意識を持っていかれそうになる感覚に、歌が途切れ途切れになるが、何とか紡いでいく。
(治って、、、また笑顔になって、ライズさんっ!)
ズルルッと最後の魔障を吸いとりきると、ライズさんの顔色はみるみる血色が戻り、穏やかな寝息に変わった。
「良かっ、た、、、」
私はホッとため息をつき、そのまま意識を手放した。
××××××××××
倒れた娘を抱き上げながら、あまりのボロボロっぷりに嘆息する。
腕輪を通して粗方の状況は視ていたが、実際に目の当たりにすると、痛々しかった。
呼ばれなければ彼女の元へ来ることも出来ないほど弱りきった体に情けなくなる。
そして、一番守れる位置にいた人間達に苛立ちを覚え、八つ当たりと分かっていても怒りをぶつけたくなった。
「これはどういうことだ?」
私の問いかけに、人間達の気配が揺れる。
「この娘の事を託したはずだったが、違ったか?」
「っ、、、」
悔しさに顔を歪ませるが、言い訳を口にしない姿勢に、ほんの少しだけ態度を軟化させる。
それを感じ取った騎士団長が深く頭を下げた。
「森の長殿、貴方から預かった彼女を危険な目に合わせ、このような大怪我までさせてしまい、大変申し訳ない。 これらの責任は全て俺にある。 約束通り、俺の命を持っていってくれ」
後ろに控えていた二人の顔色が変わるが、それを目配せで抑え、嘆願してきた。
自分の力不足を八つ当たりがしたかっただけなので、何も命まで取るほど、悪党ではない。
「お前の志は分かった。 しかし、お前の命ごときで、彼女の傷が癒える事もあるまいて、、、ユーリはこのまま連れていく。 いいな?」
「それはダメだ!」
後ろに控えていた男の一人が私の前に躍り出た。
「シュヴァルツ!」
仲間の制止も振りほどき、私に挑んできた。
「ユーリは、俺の大切な存在だ。 連れていかせはしない」
「守れもしないくせに、渡さないと?」
「っ!、、、今回は守れなかった。 俺の力不足だ、、、情けないし、ユーリに笑いかけてもらう資格も、傍にいる資格もないのかもしれない。 だが、次は守る。 たとえ、俺の命と引き替えになろうとも、絶対に守りきる」
あまりにも真っ直ぐで一途な想いに、驚きを感じた。
「まったく、、、一人でカッコつけないでもらえますか?」
もう一人の控えていた男も出てきて、シュヴァルツの肩を叩きながら、彼の前に進み出た。
「一人では守れないでしょう。 非常識で、聡明で、遠慮がちなのにとても頑固で、、、こんな女性に出会ったのは、生まれて初めてです。 でも、出会ってからまだ2週間ほどしか経ってないのに、そんな彼女を感じられる日々が大切なものに変わってしまった。 今さら、その手を離すことができないんですよ」
「今一度、我々にチャンスをくれないか?」
二人の声を纏めるように、騎士団長が言ってきた。
「シュヴァルツだけじゃない。 ルーファも、俺も命をかけて守り抜くと誓う。 俺達にもう一度だけ、彼女を守る機会を与えてくれ」
私の腕の中にいる彼女を愛おしそうに見つめる彼らの目に迷いも偽りも感じられない。
「そのためなら、今の地位も名誉も捨てることが出来るか?」
私の小狡い質問にも無論だ、と言わんばかりに力強く頷く。
小さくため息をつくと、今はまだ彼らに預ける事にした。
「次はないぞ?」
私の厳しい問い掛けにも、怯むことなく頷いた。
「しかし、、、人間だけではどうしても厳しい時もあるだろう。 その時は私を呼ぶようにユーリに言え。 彼女のためなら、いつでもどこでも馳せ参じよう」