囚われの身
私はあのあとすぐに、用意してあった馬車に乗せられ、しばらく走った所にあった薄暗い屋敷に連れてこられ、そのまま薄暗い石畳の地下牢に押し込められた。
(リーツさんとライズさん、大丈夫かな? 怪我、何ともないといいけど、、、)
あの森で別れた二人を考えると心配で仕方なかった。
特にライズさんは呼んでも動かなかった。
(、、、死んで、ないよね?)
床や壁の冷たさが体温を奪っていくのと同時に、暗い考えを増幅していくようだ。
最悪の事態を想像し、やはり私が護衛を断っておけば、未来有望な彼は命の危険に瀕することがなかったんじゃないかという自責の念に駆られた。
(カイルさん達になんて謝れば、、、)
そんなことを考えていると、階段を降りてくる足音が響き、濃い色のドレスに身を包み、濃い化粧を施した美しい女性が先程のフードの男を連れて格子の前にやってきた。
すると女性は侮蔑するような目で見てきた。
「これが例の?」
「はい、奥方様。 間違いなく、例の精霊術士です」
私を頭の先から爪先まで眺め回し、口元を持っていた扇で覆いながら続けた。
「粗末な服に短い髪、貧相な体つき、、、何が良いのかさっぱりだわ」
今の私の服装は、リーツさんから借りた長袖のブラウスにジャンパースカートのようなもの。
髪も寝癖を落とし、リーツさんが「せっかく綺麗な髪なのに、、、」と小言を言いながら櫛でとかしてくれてるだけで、飾り気の欠片もない。
元々着飾ることがあまり好きではないので気にしたことも無かったが、相手の目には貧相に写るのか、、、などと考えながら、勝手に私の品評会をしている女性を眺めた。
歳は私より下だろうか?
化粧をバッチリ決めているので、イマイチ年齢がハッキリしない。
奥方様と呼ばれてる辺り、結婚しているのだろう。
身分もそれなりに良さそうだが、性格は生憎、、、といったところか。
「見た目は粗末ですが、その能力は手に入れた者に富も名声も与えられるほどの、誰もが欲しがるもの。 あのお方の心もこれで奥方様のものでございます」
「ふぅん、、、そうね。 これが何であろうと、あの方の心さえ私にあれば、後はどうだっていいわ。 これの躾、よろしく頼んだわよ」
『あの方』を思い浮かべているのだろう、恍惚の表情を浮かべたあとに、悪役みたいな顔で指示を出した。
去っていく女性の背中に深くお辞儀をしたフードの男がこちらを向き、ニヤリと気持ち悪く笑った。
××××××××××
その報せが届いたのは、王都からの使者との用談が終わりしばらくしてからだった。
ユーリが来た事とまた昼くらいに来るという言伝は聞いていたので、それまでに雑務を終わらせようとルーファと書類の整理をしていた。
そこに討伐から帰ってきたシュヴァルツが来て報告を聞いていた時に、転がるように部下が入ってきた。
「どうしました?」
ルーファが尋ねると、村人からの通報で、うちの団員が1人大怪我をしたと聞き、確認に行ったところ、ライズ・グルガンが怪我人だったという。
それを聞いた瞬間、椅子を蹴飛ばして立ち上がっていた。
「ライズはどこだ?!」
「や、宿屋にとりあえず寝かせて、医者に診てもらってますっ」
聞くが早いか、俺は天幕を飛び出していた。
村までの最短距離を走っていると、シュヴァルツが追いついてきた。
「団長、!」
呼び止める声にも立ち止まっている余裕などない。
全速力で走りながらシュヴァルツの聞きたいであろう事を答える。
「今日はライズは夜勤明けだったが、ユーリが森へ行くことになったので、その護衛をしてくれてた! そのライズが大怪我を負ったということは、、、っ」
「まさか、ユーリが、、、!」
普段ならば大した距離に感じない道のりも、今は凄く遠く感じる。
それにもどかしさを感じながらシュヴァルツの言わんとしている事を肯定する。
「何も無かった、なんて都合の良いことはないだろうな、、、」
そう答えて、辿り着いた宿屋の扉を開くと、ユーリと共に出掛けていたはずの宿屋の娘を見つける。
「あっ、、、!」
こちらに気付くと同時に足下に駆け寄ってきた。
「ごめんなさい! 私がっ、、、私のせいで!」
そう言いながら泣き崩れる彼女を宿屋の親父さんが立ち上がらせ、頭を下げてきた。
「大変、申し訳ない。 うちの娘のせいでユーリさんが連れ去られたそうです」
予想していたとはいえ、負傷するより酷い事実を突きつけられ、思わず拳が震えた。
後ろに控えていたシュヴァルツが怒気を孕みながら前へ出てきて問いただす。
「誰だ?」
シュヴァルツの滲み出る殺気に当てられてか、宿屋の娘はブルブル震えながら、「分からない」と声を絞り出す。
しかし、それで済ませられるような事態ではない。
シュヴァルツがさらにドス黒い殺気を纏わせながらさらに詰め寄ろうとしたところ、遅れて到着したルーファが間に割って入った。
「彼女に当たったところで、何も解決しないだろう? それより、詳しく事情を聞いて、一刻も早くユーリを見つけ出す方が先決だ」
厳しい表情で諭すルーファに、俺もシュヴァルツも少し冷静さを取り戻す。
「団長はライズの様子を見て、聞けるようなら聞いてきてください。 シュヴァルツも」
ここは任せろと暗に言うルーファに託し、宿屋の女将さんに案内されて2階へ上がる。
案内された部屋に入ると、身体中を包帯で巻かれた若者がベッドに横たわっていた。 そばにいた医者に容態を確認する。
「怪我事態は肩の刺し傷が深いだけで、それほど危険なものはありません。 ですが、、、」
言い淀む医者に、シュヴァルツが質問を投げる。
「なんだ?」
「、、、魔障に侵されております」
「!」
「まさか、!」
「1週間が山場でしょう」
そう言って、申し訳なさそうに医者は出ていった。
さすがの二人も言葉を失ってしまった。
魔障に侵されれば、まず間違いなく死ぬ。
しかも、生気を奪われ、魔力を吸いとられ、とてつもない激痛に悶え苦しみながら、、、何度か見たことのある光景を思い出し、為す術のない現状に歯噛みする。
「一体、誰が、、、!」
ユーリを連れ去り、仲間を死に追いやろうとしている見えない敵に、シュヴァルツは怒りを落ち着かせるために壁をドンッと殴った。
その音に、ライズが意識を取り戻す。
「うっ、、、」
慌てて駆け寄り、声をかける。
「ライズ、大丈夫か?」
俺の声を聞くと、苦しそうに呻きながらも、声を絞り出す。
「だ、んちょ、、、すみません。 ユー、リさんが、、、」
「聞いている。 絶対に助け出すから、安心して休んでいろ」
途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めようとしながら、尚も言葉を紡ぐ、ライズ。
「あれは、闇の魔道士で、す。 それに、あの家、紋は、、、!」
大事な事を伝えようとするライズの口元に耳を寄せ、聞き取りづらい声を聞く。
犯人に繋がるヒントを伝え終わると、ライズはまた意識を失った。
「分かった。 お前の意思は、しっかり受け取った。 あとはゆっくり休め」
怪我のせいか、魔障のせいか、苦悶の表情を浮かべている部下に労いの言葉をかけ、部屋を出る。
下に降りると、ルーファも終わったらしく、3人で宿屋を出た。