重い事実に
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まだ明かりの付いている部屋を見上げ、先程まで自分達の前で気丈に振る舞っていた女性を思う。
(本当であれば、取り乱して泣きすがったり、助けを乞うてもおかしくないものを、一人で震える手を机の下に隠し、ひたすら耐えていた、、、。 守ると誓ったのに、国の犬である俺には、彼女を全ての弊害から守ることは出来ない。 せめて、後ろ楯を得ることが出来れば、、、)
同じように窓を見上げる二人の顔にも悔しさが滲み、自分と同じ思いなのだと知る。
(少しでも、助けになれる事を考えねば、、、)
そう思い、二人に指示を出す。
「シュヴァルツ、こちらを探っている影を特定しろ。 ルーファは信頼できる者の人選を、、、とりあえず早急に早馬を王都に出す」
シュヴァルツは無言で頷き、去っていく。
ルーファも言われる前から分かっているのか、何人かの名前を書いたリストを渡し、その中から、適任者を推薦する。
その者に後で天幕へ来るよう指示を出し、ルーファも急ぎ足で去っていった。
それぞれが動き出す。
様々な思惑を窺わせながら、ユーリを中心に大きな渦が生まれようとしていた。
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久しぶりに寝れない夜を過ごし、目の下に出来た情けない隈を何とかするべく、宿屋の裏手にある井戸までやって来た。 朝のひんやりした空気を胸一杯に吸っていくらか頭をすっきりさせると、井戸から汲み上げた水で顔を洗う。
「あぁ~、冷たい! 目ぇ、覚めるわ~」
痛めた腕を不自由に動かしながら、濡らした布で体を拭っていく。 背中も拭きたいな~と思っていると、宿屋の娘リーツさんがやってきて声をかけてきた。
「おはようございます。 早いですね」
「おはようございます。 年寄りなもので、朝が早いんです」
冗談混じりにそう答えると、笑いながら背中を拭くのを手伝ってくれた。
歳は19歳とかなり若いが、ハキハキとしていて気持ちよく、地味に人見知りをする性格ながら、すぐに打ち解ける事ができた。
「今日はゆっくりできるんですか?」
「はい、なのでこの辺りを散策してみようかと思います」
「そうですか。 村の南を流れる小川の辺りが散策するにはうってつけですよ。 それならパンでも持って行かれますか? 軽く食べられる物を用意しておきますよ。 後で声かけてください」
私は彼女の好意に甘える事にして、身支度を整えるために部屋へ戻った。
と言っても、服は騎士団から借りてる長そで長ズボンだし、置いてあった荷物を持ったら終わってしまう。
少し部屋で時間を潰してから食堂へ行き、約束のパンと果物を受け取る。
そのまま裏の井戸へ行きペットボトルに水を汲んで持っていく事にした。
あまり大きくない村なので、少し歩くと川岸にたどり着いた。そこから少し下って、ちょうど村が見えなくなるくらいの辺りで腰を落ち着けた。 確かにリーツさんの言う通り川面を吹く穏やかな風が気持ち良かった。 先程、食べ物と一緒に借りていた釣り竿を適当に垂らし、ボーッと水面を眺めた。
(少し1人になって考え事をしたい時に、釣りはちょうど良い、、、昔、部隊で先輩がやってたのに付いてったのを思い出すな~)
離島の基地に転属した時、先輩に連れられ休みの日は釣りをしていた。
本土に行くには時間もお金かかるし、そこまでして出なくても良いやと思うときは最高の暇つぶしだった。
先輩は針に餌も付けず、ただ釣りの真似事をするだけ。
どうしてかと問えば、ただの暇潰しに、食べるわけでもないのに、痛い思いをさせ、いたぶる必要はないだろう、と。
周りからはいつもボウズだと笑われていたが、私はその姿勢を尊敬していた。
そんな懐かしい事を思い出し、今のメチャクチャな立場とのギャップに苦笑した。
(あの頃はただ空気を読んで、痒いところに手の届くよう努力したけど、、、今は何を考えて何をすれば良いのか、正直、分かんないもんな~。 どこかの国に所属する? それこそ選択肢を間違えれば奴隷のように扱われるだろうし、戦争の火種にしかならなさそうだ)
想像した事態にゾッとして、頭を振る。
(そういえば、同じ力を持っている人がいるっていうし、その人の所を訪ねるか? 、、、訪ねてどうするって話か。 いっそのこと逃げ出したいけど、先立つ物を何も持ってないし、魔障の手掛かりだって、何もない。 リーツさんは、この辺りで魔障なんてあったことないっていうし)
昨日の夜からひたすら堂々巡りする思考に少し呆れながらも、現時点で持っている情報をいくら組み立て直しても、新しい答えは見つからない。
お腹が空いたらパンや果物をかじり、ペットボトルの水を飲む。
そんな些細なことを繰り返しているうちにあっという間に夕方になってしまった。
(そろそろ帰るか~)
釣り竿を片付けてまた川沿いを村に向かって歩いていく。
宿屋が見えてきた頃、宿屋の前に見知った三人を見つける。
三人はこちらに駆け寄ってくると、、、
「どこに行ってたんだ」
シュヴァルツが厳しい声音で声をかけてきた。
日没後とはいえ、そこまで遅くないだろう時間に戻ってきたハズなのに、何を怒っているのか分からず、キョトンとしながら返事をする。
「川下で釣りをしていたんだけど、、、何か問題あった?」
はぁ~というため息が3つ。
「貴女は少し無用心過ぎる。 もし暴漢に襲われたり、誘拐でもされたらどうするんですか?」
大の大人に対して誘拐だなんて馴染みのない言葉に、驚きながらも心配していた意図が分かり、なんとも言えない気分になる。
「暴漢くらいならば、相手に出来る程度のものは身につけているので問題ないですが、、、大の大人を誘拐するなんて、やるとしたら本業の方でしょうし、そうなればどこにいても変わらないと思います。 それならば、部屋の中でじっとしているより、少しでも体を動かしている方が性に合っているので、、、」
暴漢くらいならば、と言った私の言葉にも驚いたようだが、その先も想定していた私の意見に、カイルさん達はとても驚いたようだった。
しかし、今までも仕事に接し、自分の命の価値や身の置き方について考える機会も多々あり、有事の際の捕虜としての心構えなどは多少培ってきたので、大人が誘拐されるという事態も一般人より受け入れやすい。
良くも悪くも自分の命を掛けることに慣れてしまっているので、腹を括って大きな流れに身を任せるのは得意な方だと思う。
「、、、だったらせめて、その最悪の事態を回避出来るよう、護衛をつけさせてはくれないか?」
最大限の譲歩なのだろう提案に、これ以上心配をかけるのも本望では無いので、承諾することにした。