尋問
朝食を食べている時にルーファさんに窘められ、やはり自分の常識では通用しないことを思い知った私は、改めてこの世界について勉強しないといけないなと思った。
(無知は許されるものではないし、いつか私や私の大事なものを傷つけてしまうかもしれないからね、、、しかし、やっぱり精霊の常識だけじゃやってけないか)
そう決意しつつ、先程までとは変わり穏やかな印象を持つ青年に目をやる。
(団長さんといい、シュヴァルツといい、みんな親切だな~。 捕虜なのに、こんなに優遇されてて良いのかな?)
ちなみにシュヴァルツとはあの後、名前を呼び捨てにしろと脅され、でも年上っぽい青年を呼び捨てには出来ないと暫く問答した。
そして、お互いの年齢差を知り、私は彼が3歳も下だということに、向こうも私が年上ということに愕然としつつ、年下なら呼び捨てで問題ないだろうということで落ち着いた。
そんな事を考えながら、目の前に広がるパンにスープ、ソーセージの様なものにお茶までご馳走になり、すっかりお腹もふくれた頃、天幕の入口辺りが騒がしくなった。
「帰ってきましたね」
そう言うルーファさんの目線を追い、天幕の入口に目をやると、肩で息をしながらも落ち着いた顔で団長とそれに続いてシュヴァルツも帰ってきた。
「おかえりなさい」
二人に声をかけ、ルーファが用意していたタオルを受け取り、二人に渡す。
団長は少しビックリした顔をしていたが、「ただいま」と笑顔で返してくれて、少し嬉しくなった。
するとシュヴァルツが間に入ってきて、「俺にもタオルを寄越せ」と言われ、渡すとほんの少し、口元が笑ったように見えて、今度は私がビックリした。
そんなやり取りを見守っていたルーファが、声をかける。
「お楽しみのところ申し訳ないけど、さっさと着替えて食事を済ませてくれないかな? 昼にはこの陣を引き上げるんだし、早くしないと尋問の時間が無くなっちゃうよ?」
その声を受けて、二人とも天幕から出ていった。
私はそのまま残ってくれたルーファさんと会話をしつつも、さっき言ってた『尋問』という言葉が重くのし掛かっていた。
暫くして部下の人が呼びに来たため場所を移動し、指揮所と呼ばれたところへやってくると、団長さんとシュヴァルツが待っていて、、、いよいよ始まる尋問に覚悟を決め、中へ踏み込んだ。
「では、これより霊守の森で遭遇したケツァルの変異種、並びにそれに関与しているであろう人物への事情聴取を開始します」
ルーファさんの声で始まった事情聴取という名の尋問は、形式的なところから始まった。
「まず、、、名前、出身地、年令をお願いします」
「名前は悠利、です。 出身地は、、、言えません」
「言えないというのは?」
シュヴァルツの抑揚のない声は、この立場で聞くと少し怖かった。
「、、、ごめんなさい」
返す言葉が見つからず、頭を垂れる。
そんな私に、団長さんが昨日と同じ優しい声音で助け船を出してくれた。
「とりあえず話せることから話してくれればいい」
そっと顔を上げると、優しく微笑む団長さん、真面目な顔をしつつも柔らかな表情のルーファさん、無表情ながらも、どことなく気遣う雰囲気を漂わせたシュヴァルツが視界に入り、緊張し過ぎて先程からみんなが見えていなかったことに、気付く。
尋問を受けているからと言ってみんなが敵になった訳ではなく、むしろこんなに優しくしてもらって、ちゃんと誠実にあらねば、と強く思った。
そして私は今一度、背筋を正しまっすぐに三人を見つめる、ハッキリと自分の意思を伝えた。
「こんなにも良くしてもらってる三人には大変申し訳ないのですが、今は善悪も敵味方も分からず、自分が何なのかもイマイチ分からず迷っています。 なので、自分がはっきりしてきたら、その時にちゃんとお話するので、もう少しだけ待っていただけませんでしょうか?」
「分かった。 話してくれるまで、いつまでも待つとしよう」
団長さんの声に同意するように二人も頷いてくれ、嬉しくなりながらお礼を言った。
「では、年齢も言えないということでよろしいですか?」
改めて尋問に戻り、ルーファさんが先程の答えてなかった質問をする。
「いえ、年齢は隠すほどのものでもないので大丈夫です。 年齢は30歳です」
「「え?」」
私の回答に団長さんとルーファさんが固まる。
「??」
二人の反応に、私の頭も?が浮かび、見つめ合うことしばし、、、
「どうせ二人とも20歳くらいと思っていたんだろ」
シュヴァルツの言葉に、私が「まさかっ!」と返していると、両手に顔を埋めながら団長さんが、
「いや、、、そのくらいだと思っていた」
と言えば、ルーファさんも
「私もさすがに年上の方とは思わず、、、淑女に失礼な言動をすみませんでした」
と謝られた。
歳がいってることで謝られるのはいささか不本意だが、気にしないでくださいと苦笑混じりに返答すると、少し気まずそうに質問を再開した。
「続けます、、、貴女があそこにいた経緯は?」
分かる範囲で、答えていく。
気が付いたら、あの森に倒れていたこと。
その前の記憶ははっきりしないこと。
精霊に助けられ、森を出ようとしていたところへあの化け物が追いかけてきたこと。
アルマースとのやり取りは魔障も関わってくるので、まだ説明出来そうにないため端折った。
「、、、では偶然、あの場所にいたと?」
私がコクリと頷くと、
「団長、この様子だとケツァルとは関係なさそうですね」
ルーファさんの言葉に頷き、そのように報告書を認めるよう指示していた団長さんが、私の方を向き、1つ質問してきた。
「歌は、君のか?」
「え?」
「昨日、森の中で歌声を聴いた。 とても美しい、柔らかで暖かみのある声だった、、、」
歌は歌った覚えはあるが、美しいだの、澄んだだのと言われるほど上手くないし、キレイな声ではない自信のある私は、団長さんの質問に否と答えた。
「そうか、、、」
「もう良いかな? では、これで事情聴取を終わります。 ユーリ、お疲れ様でした」
そう言って、ルーファさんがにこやかなな笑顔を見せてくれた。
「え? これだけですか?」
驚いて聞き返すが、みんな終わったとばかりに動き出す。
「私の今後の処分は、、、?」
捕虜となった以上、厳しい労働などが待っているんだろうけど、その事に触れられないのが不安で自分から聞いた。
「処分?」
私の質問に、ルーファさんから質問で返され、真意を問う。
「私、捕虜、なんですよね? これからどこかで強制労働とかが課せられる、、、んですよね??」
私が捕虜と言った辺りから団長の顔が厳しくなり、ルーファさんからも笑顔が消えた。
(どゆこと? 私、間違ってた?)
「誰かに言われたのか?」
厳しいままの団長に問われ、しどろもどろに答える。
「ここに連れてこられた時に、尋問とか不審って言ってたし、、、尋問を受けるっていえば、通常捕虜なんだと思っていたんですが、、、」
私のしりつぼみになる説明に、団長は顔を覆い、ルーファさんも大きな溜め息をついた。
「、、、勘違い」
シュヴァルツの呟いた言葉に、目を丸くしていると、団長が近くに来て、いつもの優しい表情で肩に手を置いて話し始めた。
「貴女の育った環境は分からないが、わが国では出会ってすぐの女性を、何の嫌疑もなく捕虜にはしない。 ただ、要らぬ心配をかけ、不快にさせてしまったことはこちらの落ち度だ。 すまない」
そう言われ、心底安心した私は、ほっと息を吐きヘニャっと笑うことしか出来なかった。
しかし、私の締まりのない笑顔を見て、3人がそれぞれ、
「っ、、、間近で人を殺す気か」と団長さんが顔を反らしながら呟き、「、、、、、なんなんだ、一体」とシュヴァルツが息を詰めながら少し血色の良くなった顔で俯き、「これは、、、参りましたね」とルーファさんが苦笑した。