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団長と部下達と、、、

柄にもなく早起きをし、ユーリに会いに行こうとしたが、女性の寝所に早朝から訪れるのも失礼だと思い直し、暫く待つことにした。


(朝食を共に食べれば、気持ちがより解れるだろうか)


本日の予定が纏められた紙に目を落としながら、考えているのは本来、自分が使うはずだった天幕で寝ているであろう娘のこと。

会いに行けば、あのあどけない表情で迎えられるだろうと考えると、書類の内容など頭に入るはずもなく、、、そんな自分に苦笑しながら、少し早いが迎えに行くことにした。




「ユーリ、いるかな? 騎士団長のカイルだ」


天幕の外から声をかけるが、中で動く気配はない。

まだ寝ているのかと思い、もう一度声をかけてから中に入るが、彼女の姿は見えなかった。

昨夜のようにベッドの陰に隠れていることもなく、もぬけの殻だった。


(ルーファが迎えに来たか? いや、昨日の別れ際に私が指揮所に連れていくといってあったし、それはないか、、、)


彼女が自分の意思でこの天幕から出たか、何者かに連れ去られたか、、、そこまで考え、捜索隊の編成をすべく指揮所に行こうと天幕を出ると、前方から見知った顔が歩いてきた。

しかも、俺が探していた女性を抱きかかえながら、、、


「どういうことだ」


思わず声が厳しくなるが、その声に怯えたのはユーリの方であった。

不本意に怯えさせてしまったことに心の中で後悔するが、シュヴァルツに抱かれている姿にどうにも心がざわついた。


「外の空気が吸いたいと天幕から顔を出したユーリと出会い、少し外も見たいというので、(うまや)まで連れていった。 しかし、あまり無理をさせても良くないと思い、こうして抱えて帰ってきた」


いつもの無表情でそう答えるシュヴァルツに、目線をユーリにやると、彼女も少し青ざめた顔で頷いた。


「私が無理を言ってお願いしたんです、、、シュヴァルツを怒らないでくださいっ」


端からみたらほほえましい庇い合いも、今のカイルには逆効果だ。

まだルーファにも伝えていないユーリの名前をシュヴァルツが知っていたことも、一番打ち解けているであろうカイルですら『団長さん』なのに、ユーリがシュヴァルツを名前で、しかも呼び捨てで呼んでいたことも、、、この短時間で何があったのか、問いただしたい気持ちが込み上げてくるが、グッとこらえて、シュヴァルツに声をかける。


「ご苦労だった。 あとのことは俺に任せて、お前は飯でも食ってこい」


なんとか騎士団長の仮面を張り付け部下を労い、ユーリを渡すように言うと、予想外の答えが返ってきた。


「いや、団長に手間をかけさせるほどのことでもない。 ユーリは俺が天幕に運んでおきます」


この時、この場に人がいたならば、ビシッという空気が割れるような音を聞いたかもしれない。

二人の間に何とも言えない空気が漂い始める。

ユーリを渡すように手を広げるカイル。

ユーリを抱き上げたまま渡そうとしないシュヴァルツ。

そんな二人の膠着状態を打ち破ったのは、当事者に挟まれているユーリではなく、この二人の部下であり上司である男だった。


「いい加減にしないと、レディが泣きそうですよ」


二人の間に割って入った男、ルーファの言葉にハッとした顔の二人が、シュヴァルツの腕の中でいたたまれない顔で身を小さくしている女性に集まった。


「さっきから彼女が取りなそうと一生懸命声を上げているのに無視するなんて、君達は騎士として、紳士として、いかがなものだね」


厳しい指摘に、二人とも居心地悪そうにしていた。

その間にルーファはシュヴァルツからユーリを引き取り、彼女を地面に下ろすと、カイル達とユーリの間に立ち、厳しい沙汰を言い渡した。




「今から陣のの周辺をぐるっとして、魔獣を蹴散らし頭を冷やしてきなさい」




××××××××××




「とんだ災難だったね」


彼女の使っていた天幕に戻り、私は目の前に座るレディにお茶を差し出す。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。 困った人達だけど、あの二人が戻ってこないと話も進められないし、とりあえずゆっくり朝御飯を食べるといいよ」


お礼を良い、目の前にあるパンを口に運ぶ彼女の姿を眺めながら、考えを巡らせる。

昨日から何かと団長が彼女を気にしているのは分かっていたが、まさか、他の(シュヴァルツ)にあそこまでの態度を示すとは思わなかった。

女性に対しては一線を引いていた上司の変わりようにとても驚いた。


(そして、シュヴァルツも、、、)


普段から自分より強い者以外眼中になく、女性なんて煩いだけの生き物と(のたま)っていたにも関わらず、認めた者以外にはさせない名前の呼び捨てを許し、団長に譲らないほどの執着を見せた。


(いったいこの()のどこに、そこまで惹き付ける何かがあるのか、、、)


それを見定めるため、彼女の人となりを知るべく話しかけた。


「ユーリさん、で良かったかな?」


二人がさんざん呼んでいたため、知った名前。

それで呼び掛けられると、持っていたパンを置き、こちらに向き直った。


「はい」


「一晩経って、少しは落ち着いた?」


私が訪ねると、少し考えてからコクンと頷き、「お陰様で」と少し大人びた回答をした。

それから他愛のない会話をしたが、これといって惹き付けるものが分からなかった。

顔は愛らしいが、美しい訳ではない。

身なりは謎だったが、それなりに良い生地と仕立てがされてそうだった。

話した限りでは、教養もあり聡明そうだ。

食事のマナーも完璧で文句のつけようがない。

身なりとたまにある奇妙な言動を除けば、どこかの貴族の子女だと言われても疑わないだろう。


(しかし、貴族なら家名を名乗る。 名乗れない後ろ暗い何かがあるのか、それとも高名な令嬢のお忍びか、、、)


憶測を巡らせていると、私の手がカップに当たり、茶が零れてしまった。


「あっ、、、」


彼女は慌てて立ち上り、近くにあった布巾で私の袖を拭い始めた。


「火傷とか、大丈夫ですか?」


自分の手を取り水滴を拭いながら心配そうに眉根を寄せる姿はそそるものがあった。

もっと困った顔を見てみたいという嗜虐心を駆り立てられ、思わず反対の手で彼女の腕を掴んでいた。


「えっ?」


私に腕の自由を奪われ、驚きに目を見開いた彼女の表情を眺め、自分の心の中の気持ちがまた膨れ上がるのを感じた。

もっと、もっと見たい、、、何故かそんな残忍な思いに動かされ体は無意識に動く。


「男性に(みだ)りに触れるなど、何をされても文句は言えませんよ? それとも、、、誘っているんですか?」


そう良いながらゆっくり立ち上がると、自分の胸当たりに来る幼い顔に動揺が見て取れた。


「あの、、、すみません」


何に対しての謝罪なのか分からなかったが、そう言いながら手を引こうとする姿は、もっとと言われてるような気にさせ、もっと酷いことをして泣かせたくなる。

どうしてやろうか、、、そんな自分の暗い部分が鎌首をもたげようとした時、たまたま彼女の足が机に当たり、さっき自分が倒したカップが床に落ち割れた。

その音にハッとなり、慌てて相手との距離を取った。


(、、、私は、なんてことを)


今まで女性に対しては常に紳士的に接し、相手を喜ばせる事、情事の際も相手を不快にさせることなどしたことのなかった自分が、この娘に対しては困らせたり泣かせたり、たまらなくそういうことをしたくなった。

普段、自分が持ち得ない感情にしばし呆然となる。


(どうしたんだ? まさか、あの二人も似たような事があったのか? それであの変わりように、、、)


そこまで考えてから、目の前にいる娘を見ると、少し困ったような、泣きそうな顔をして立ち尽くしていた。

しかし、その姿を見ても先程の劣情は浮かんでこない。

そのことに安堵しつつ、怯えさせないよう、細心の注意を払いながら、相手に声をかけた。


「冗談が過ぎました。 不快にさせてしまい、すみません」


そう謝ってから落ちたカップの破片を拾い始めると彼女も慌てて手伝った。


「こちらこそすみませんでした。 このせ、この辺りでは男性に触れてはいけなかったんですね。 そうとは知らず、、、教えていただき、ありがとうございます」


そう言ってしゃがんでニコリと微笑む彼女は、あまりにも無防備で、先程とは別の庇護欲を掻き立てられる感覚を覚えた。


(先程まで私の言動に怯えていたというのに、お礼を言われるなんて、、、無知な上にお人好しなのか)


ここにはいない二人を思い浮かべながら、これから波乱が待ち受けていそうだと、小さく嘆息した。

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