彼女という存在(カイルside)
副団長に呼ばれ指揮所へ行くと、書類を全てまとめてくれてたルーファが待っていた。
それらに目を通し、サインをしていると、ルーファが彼女について聞いてきた。
「様子はどう?」
「骨が折れていたり、足の怪我も、、、早めに医者に診せた方が良さそうだ」
俺の返事に、いつもの飄々とした顔を歪ませた。
「あんな可愛らしい若い女性が、、、まだ20くらいかな、嫁入り前だろうに、痕が残らないと良いけどね。 状況が状況だけに、早く事情聴取した方が良いだろうけど、、、どうする?」
何故か『嫁入り』という単語に、彼女の顔を思い出し胸がざわついたが、それは顔に出さないように気を付けつつ、王都にいる内政官達を思い浮かべた。
上に報告するためには彼女の存在を明らかにしないと辻褄が合わない。
絶対に必要だ。
そして、遅くなればなるほど、上からの反応が厳しいものになるだろう。
彼女のためにも、早めに形だけでも体裁を繕ってあげないと、、、
「明日の朝食後にしよう」
せめて今日はゆっくり休ませたいという俺の気持ちを汲んで、ルーファも了承し、書類を王都に送るため出ていった。
位の高い精霊と契約をし、ケツァル(やつ)を追っていった先に見たのは、泥だらけの怪我だらけ、立つのもやっとという姿の彼女だった。
黒のショートヘアに黒い瞳、見たこともない出で立ちは、彼女が何者なのか、想像を難しくした。
背はそこまで高くなく細身ながら、少しだけ見えてる足は程よく筋肉がつき締まっていた。
絶体絶命の状況だったが、瞳は生命力に溢れ、手に握る木の枝を構える姿は剣客にも見えた。
幼さの残る愛らしい顔に似合わぬ凛とした佇まいに、一瞬にして俺は目を奪われた。
やつの攻撃から彼女を庇い、抱き抱え避けると、その大きな漆黒の瞳を零れんばかりに見開いて驚き、その唇から漏れた声は爽やかな風の音の様であった。
やつを倒した後に改めて彼女を見れば、顔や腕、足などそこら中が打撲傷や裂傷で、怪我してない所を探す方が困難なほど、、、特に足の怪我は酷いものだった。
ケツァルの切り離された頭が人間の言葉を操ったことにはかなり驚いたが、その醜悪な声の主の目的が彼女だと分かると、精霊との契約など忘れて彼女を守るため自然と動いていた。
なんとか無事に陣まで戻ってこれたが、、、先程の天幕での出来事を思い出し、頭を抱えた。
目線を合わせて話をするのは甥っ子など幼子にしたりするので慣れているが、私の言葉を噛み砕くように頷くその仕草はとても愛らしく、男ならば庇護欲をそそらずにはいられないだろう。
俺も思わず赤くなった顔を隠すために俯いた。
「、、、犯罪だろ」
そんな俺のひとり言は聞こえてなかったようで、頭の上では不安そうな気配が漂い、落ち着いて顔を上げればホッとした漆黒の瞳と目が合った。
その後に森での件に触れると、ケツァルの事を思い出したのか、その細い肩が震えだしたのを見て、不安を取り除いてやりたくて思わず手を握り、自分に出来る最大限の優しい声で話しかけていた。
(まさか、俺が一人の女性にここまで思い入れるなんて、、、出会ったばかりで、まだ名前すら知らないというのに。 面倒は勘弁なんだがな)
今までにも、その整った顔立ちと騎士団長という立場上、女性とのお付き合いは少なくないし、貴族ということで許嫁もいた。
しかし、あまりにも面倒な女性独特の価値観に付き合いきれず、結局未だに独り身だ。
なので、これからも付き合うのは後腐れのない大人の女性とばかり思っていたが、、、彼女には惹き付ける何かを感じた。
自分を自然と突き動かし、面倒でも首を突っ込み、この背に庇いたくなる何かが。
俺は息を吐くと、彼女の待つ天幕へと戻るため、指揮所を出た。
この僅かの間だけでも離れていることに不安の様なもの感じ、自然と足が速くなる。
最後は少し早足になりながら自分の天幕まで戻ると、少し息を整えてから中に入る。
すると、先程座らせたハズのベッドに姿はなく、血の気が引くのを感じた。
「なっ、、、一体、どこに?」
らしくもなく焦る気持ちに、落ち着けと命令しながら、考える。
(あの怪我では満足に歩けないだろう)
天幕の外を探すかと考えを巡らせ、しかし夜とはいえ彼女が一人で歩いていたら、部下達が気付くはずと思い直し、ゆっくりとそう広くない天幕の中を見渡した。
そしてすぐに、入り口から見てベッドの反対側に黒い髪が少し見えているのを見つけ、安堵しながらそちらへ回った。
「、、、、、」
そこには大きくない体をさらに小さくするように抱き締めた形で踞る彼女の姿があった。
声をかけるか悩んだが、そっと傍まで近付き、彼女の傍に座ると、その愛らしい顔を上げ、少し潤んだ瞳でこちらを見てきた。
「っ、、、!」
不意打ちの表情に今すぐベッドへ押し倒し、啼かせたくなる衝動に駆られるが、目線を外し深呼吸を繰り返し、なんとかその衝動を抑え込む。
(どうしたというんだ、一体?)
そこまで欲にまみれている訳ではない自分だが、それなりに解消もしているし、そこまで相手に困ってないはずだ。
自身の理解出来ない変化に戸惑いつつも、彼女を不安にさせないよう、そっと顔を向けた。
(不安にさせないようにって、、、)
無意識に相手を気遣う思考に苦笑する。
自分でもまだよく分からない、名前を付けるには少し小さすぎる、胸の奥に宿る想いをもて余しながら、俺は彼女の名前を知るために向き合った。




