はじまり、はじまり
光も一切ない、右左も上下も分からない暗闇の中、私が漂っていると、、、
-こっちだ、、、こっちへ来い
(誰? どこにいるの?)
-さぁ、こっちへ来い。 『選ばれし器』よ
(えらばれし、うつわ?)
どこからともなく聞こえた声が途絶えた途端、目映い光に包まれて、私は意識を手放した。
全ての始まりは私がいつものルーティンで行っている仕事終わりのジョギング中のことだった。
夕方とはいえ、まだまだ昼間の茹だるような暑さを残す9月初旬。
家から5キロほど走ったところにある神社を目指し、順調に走っていたのは、私こと、橘 悠利30歳。
顔立ちは襟足ギリギリまで切っているストレートのショートヘアのせいか、いつもマイナス7歳くらいに見られるが、タレ目、二重、八重歯が人より目立つ以外は良くも悪くもない普通の顔。
バツイチ(子なし)、彼氏なし、父親、兄弟から始まり、男運一切なし。
生い立ちは話せば長く、そしてあまり聞いていて気持ちの良いものでもないので割愛、、、職業はしがない公務員。
強いて言うなら"特別職"国家公務員、、、いわゆる自衛官というやつだ。
と、言っても筋骨隆々のマッスルマンでも、百発百中のスナイパーでも、戦車や戦闘機乗りでもない。
説明すると長~くなるので端折るが、そんな花形ばかりが自衛官ではない。
そういう方々を下から影から支える自衛官もいるのだ。
スポットライトを浴びることはないが、日々、日本の安全のために~、、、と端折りきれてない説明で勘弁願おう(汗)
言えることは、ここ数年、仕事と趣味の読書くらいしか思い出にない、侘しい独りぼっちです(泣)
七分丈のグレーのズボンに、黒いTシャツ、腰には伸縮性抜群、丸洗いOKの愛用のウエストポーチ(長さ調節で、肩から斜めバックにもできる優れもの)に、まだまだ暑いとはいえ、汗がひくと体が一気に冷えて良くないため、白の薄手のウインドブレーカー、足元も履き慣れたランニングシューズという出で立ちである。
そんな私は帰ってから何の本を読もうか考え、先日購入した文庫本に思い至り、それを早く読むべく、往復10キロの距離をいつもよりハイペースでこなそうと足に力を入れようとした時、、、耳元で囁くような声が聞こえて、驚いて思わず足を止めた。
「何? 今の、、、」
あたりを見渡しても、いつもの風景。
遠くの方から部活帰りの中学生達のはしゃぐ声しか聞こえてこない。
「気のせいかな?」
あまり深く考えずまた走り出そうとした途端、さっきよりハッキリと、声が聞こえてきた。
-こっちへ、来い
耳の奥に張り付くように聞こえてくる声に導かれるように、己の意思とは無関係に足が進みだす。
(ちょっ、なんで!?、、、っ)
体の自由が利かない状況に、声を出そうとしたら、空気しか漏れず、さらに私を追いつめた。
(嫌な感じがする。 そっちには行きたくない! 止まって!)
どれだけ、脳みそから信号を送っても、全てシャットアウトしてるかのように体はズンズン突き進む。
いつもの景色の中に突然、見たこともない路地が見え、その先にあるドス黒いもやのようなものを見た瞬間、心臓が痛いほどに脈打ち、全身の毛が逆立つような寒気、冷や汗が出てきて、本能が警鐘を鳴らしていた。
(ダメ、そこには行きたくない! やめて、進まないで、、、!)
私の願いも虚しく、体は着実にもやへと突き進み、、、
-こっちへ、、、早くこちらへ来るのだ!
呼ばれる声に従い、私の体はもやの中へと消えていった。