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いちばんさいしょのおはなし

作者: 咲良

とある友人におくったぬいぐるみの話。

まぁ、推敲も何もしてないですが、なんとなく読んでやっていただければと思います。

あくまで個人的な作品です。

de Bijenkorf。


日本語でどう音写していいかわからないけど、あえて音写するなら、デ・バイエンコルフとなるのかな。

なんてことはない、オランダ全土に展開するデパートの名前だ。

滅多に買い物に来ない、どちらかといえば引きこもりがちな僕は、今この、デ・バイエンコルフの三階にいる。 平日の午後、たくさんの人が楽しそうに買い物をしている。


まいったな……。

にぎわう雰囲気にふさわしくなく、頭を抱える。


きっかけは、とある友人に、誕生日プレゼントを送りつけてやろう、という思いつきだった。

いつも世話になっている、とても大事な友人だ。

喜んでもらえるかはさておき、とにかく自分の気持ちを示す意味でも、オランダにしかないものを日本へ送りつけてやろう、という魂胆だ。

まずお菓子、これは決定。

それからあと一つ、コースターかペンか、なにか。

そうだ、以前デパートの地下で、やたらかわいらしいキャラクターのグッズがあったのを思い出した。

キャラデザだけなら日本でも十分ヒットしそうだけど、背景がなんというか、暗い。そのせいでなんだか呪いの人形のような雰囲気が出ているのに、やっぱりかわいく見える、不思議な魅力を放つキャラクターだ。 ただ、名前がわからない。 店員に尋ねることができないけれども、まぁ、以前あった場所を探そう。

そして手書きの手紙を添えて、送る。

うん、我ながらいいアイディアだ。


頭の中で描いた即席の計画を自賛した後、僕は意気揚々と昼間のデパートへ繰り出した。


以前、そのキャラクターを見つけたデパート、デ・バイエンコルフ。

このデパートの地下に、文具売り場があるが、そのキャラクターはそこで見つけた。

もし配置がかわっていなければ、今もそこにあるはずだ。

それより問題はお菓子だ。 どのお菓子にしたら喜ばれるだろう? やはりオランダ名物として毎年各所で配り歩いているストロープワッフルにしようか? いや、それではベタすぎる、もっとウチの街にしかないお菓子にしたほうがいいのではないだろうか――あれ。


途中で思考が途切れた。


おいおい、ウソだろ?


以前、文具売り場の陳列スペースの一角を占有していたあのキャラクター商品。 が、今そこを占有しているのは、かわいらしい女の子のキャラクターではなく、あやしい雰囲気の猫のグッズだった。


おいおいおい。

顔が軽く引きつりそうになりながら、とりあえず問題の文具売り場をしらみつぶしに捜してみる。

古文書みたいな背表紙の…これはなんだ、メモ帳か。よく見たらクリムトの絵が描かれてる。ここはウィーンじゃないぞ。

さっきの猫の目がでかでかとプリントされた…ペンケース。言っちゃなんだが怖い。 こんなのをオランダの小中学生が、かわいい~、とか言いながら買うのかな? オランダの流行はわからない…。

青一色の中に、何やら文字が書かれている小さな缶。 スタイリッシュでかっこいいけど、用途が全くわからない。 クリップでも入れるのだろうか?

かくして、文具コーナー捜索が終了する。


……。 ないな。


考えてみれば、そもそも前回ここに来た時から一か月経っている。

商品の入れ替えが行われていても不思議じゃない。

うむむ…。

どうしようか、と考えを巡らせる事2秒。

そうだ、このデパートの三階に、雑貨コーナーがあったはずだ。

そこに移転したのではないか!?


善は急げ。

エスカレーターを大股で上る。


かくして、三階、調理用具売り場と紳士服コーナーの間、雑貨コーナーはやたらとカラフルな色を放っていた。

アナタの欲しいものはここにありますよ、とでも言わんばかりの雰囲気が、この際は頼もしかった。

よし、ここにならあるな!

なんの裏付けもない自信を胸に、雑貨の城へと飛び込んだ。


……そして5分後。 冒頭の、まいったな、になるわけだ。

例のキャラクターグッズはこのデパートから駆逐されてしまったらしく、どこにも見当らなかった。


しかし参った…。 計画の根本が崩れてしまった…。

こうなると、他にプレゼントになりそうなものを探すしかないか…


探し物がなかったことへの失意と、これから何を探そうかという迷いを胸に、再び雑貨の城へと、とぼとぼ入る。


しかし、普段贈り物などしたことない僕だ。 こういう時、ただでさえ少ない僕の対応力は一気にゼロにちかくなる。 何をかったらよいのやら。 何をかったら心が伝わるのやら。 どうせ贈り物は心なのだから何でもいいじゃないか、と逃げる自分がいる反面、いや、折角だからちゃんと自分の目にかなったものを買おうと意気込む自分がいる。

――ん?

レジの真後ろ、あまり目立たない陳列スペースにそいつはいた。


くまのぬいぐるみ。

両手にハートを掲げたくまのぬいぐるみだ。

眠たいような、ぼんやりと前方を見ながらハートを抱えている。

ハートにはこんな文字が書かれている。


Je t'aime


不思議とそのぬいぐるみが気になった。

お前はこんな目だたないところにいるのかよ。

おいおい、折角の愛の言葉も、目立たないとこにいちゃ、にも届かないぞー?

そう心の中でつぶやいてみた。


ああ、ダメだ。

昔からそうなのだ。

こうして、目立たないところでひっそりおかれたおもちゃ。

そんなものを見るとほっておけなくなる。

バカ野郎、プレゼントだぞ? お前自身の感傷で選んでどうする。

と止めに入る自分もいるが、もうダメなのだ。

見れば見るほど魅力的に見えてしまう。


Je t'aime


本来ならば、恋人か自分の子供にでも送る用の言葉なのかもしれないが、こう改めてみると、今回のプレゼントの趣旨にあっているような気もする。

そこで考えるのをやめた。


この子にしよう。


ずっと目が合っていた先頭の彼を持ち上げて、レジに直行した。


「お包みしますか?」

「お願いします」

「かしこまりました。 プレゼントですか?」

「そうなんだ。 友人の誕生日でね」

「わかりました」


店員は慣れた手つきで、ぼんやりとした表情のぬいぐるみを包んでしまった。


「リボンは何色になさいます?」


店員が聞いてきた。


「じゃあ――」


――――――


デパートを出た僕は自転車をこいでいた。

右手に通した、ビニールの手提げかばんの中身がゆらゆら揺れる。


ラップに包まれたぬいぐるみは、いきなり真っ暗な世界に放り込まれてびっくりでもしているのだろう、手提げかばんの中でゆらゆら揺れている。


本当は自分のカバンの中に入れたかったのだが、生憎この子は少々サイズオーバーだったらしい。


ゆらゆらゆらゆら。


昼の通り道を、ゆらゆらさせながら自転車で通り抜ける。

さんざん迷った末、お菓子は、一度も入ったことのない、個人経営のお菓子屋さんで買うことにした。

何を買うかは決めていた。

クッキー。

日持ちする、という短絡的な理由で選んだ。

お菓子屋さんのレジで、清算を待つ間、手提げかばんの中身はまだ揺れていた。


その足で郵便局へと向かう。


自転車をこぐ僕の右腕で、手提げかばんはやっぱりゆらゆらしていた。 ことによると、ちょっと回転している。 ごめんね、もう少ししたら揺れは収まるからね。 となんとなく心の中で話しかける。


郵便局で郵送用の箱と、外国へ荷出しする際に必要な書類を購入すると、急いで家に帰る。


手提げかばんの中身は、疲れてしまったのか、もうあまり動かなかった。

はじめて店の外に出てから大変だったね…。 と、心の中で頭を下げる。


だが仕事は終わらない。

急いで箱を組み立てる。組み立て式の箱ではあるけど、ガムテームなどで補強しないと、箱としての形を成さないのだ。

何重にも何重にもテープで留める。

くるまれてリボンをされたぬいぐるみは、その横で、こてん、と横になっていた。

ようやく箱が完成する。

次は中に敷き詰めるものをさがす。

以前日本から送られてきた生活用品の梱包に使われていた、新聞紙と気泡緩衝材(通称ぷちぷち)。

箱の中にプチプチを敷き詰めた後、クッキーとぬいぐるみをその上に置く。


ぬいぐるみはさらにプチプチを巻きつけておく。

息苦しいかもしれないが、数週間がまんしてくれ。


最後に手紙を書く。


筆を走らせながら、ぬいぐるみのことを思った。

ぬいぐるみくん、こんな、君から見たら外国人の僕に買われて、君はこれから日本に旅立つんだ。 この国にはもう戻ってこられないかもしれない。 君にとっては、この国で、誰か知らない小さな子供のために買われて、この国でひっそりと生活したほうが、ひょっとしたら幸せだったのかもしれないね。 だとしたらごめん。 僕はその幸せを摘み取ってしまった事になる。 でも、安心してくれ。 これから送り出す相手は、きっと君のことを大切にしてくれるよ。 賭けてもいい。 きっと次この箱が開いたとき、君はきっと幸せな世界に降り立っていると思う。


久々に書いた直筆の手紙は、お世辞にもきれいな文字とは言えなかった。


それをリボンの間に差し込む。


さあ、ぬいぐるみくん。

君はこれから、この手紙を届けるという重大任務を果たしてもらうことになる。

君の初任務だ、がんばってくれ。


ゆっくりと箱のふたを閉じる。


願わくばこの子が、いつまでも大切にされますように。


閉じた箱をテープで完全に密閉する。


ねえ、ぬいぐるみくん、世界には楽しいことがいっぱいあるんだ。

君かこれから、行った先の世界でそれを体感すると思う。

送る相手の人は、とってもいい人だから、きっと君を可愛がって、大切にしてくれると思う。

でも、その人は少しさびしがり屋さんなんだ。

だから、その人のそばにいてあげてね。


翌日、箱を抱えて郵便局へ行く。


15ユーロ20セント。


思ったより費用がかさんだのは、クッキーのせいだった。


手ぶらになった僕は、再度自転車にまたがる。


誕生日までに届くだろうか。

箱の中で、あの子は大変じゃないだろうか。

プレゼント、喜んでもらえるだろうか。


そんなことを考えながら。


願わくばこの子が、いつまでも大切にされますように。



たくさんのお礼の言葉とともに、ぼんやりと眠そうなぬいぐるみ君が、アップルパイの前に座った写真が送られてくるのは、もう少し後のお話。



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