2−4: 科学者と軍
若者がうなずくのを見て、兵は私に顔を戻した。
「ところで、先生。ちょっといらしていただけますか?」
「私に?」
「はい。教父さまもいらしています」
教父がすでに行っている。あのなんとかいうプロジェクトについてだろうか。
私は周囲を見渡した。まだ人々が残っている。あるいは戻って来た人もいる
「もうすこし、話をしよう」
人々にそう言い、若者の肩を叩いた。
避難所の建物のすぐ外。軍のテントに入った。そこにはテーブルの前の簡易椅子に教父が座っていた。
兵はテーブルの向こうに回り、そちらから教父の隣りの椅子を指差した。
「それで、」
私は椅子を引き、腰を下ろした。
「プロジェクト、えぇと、プロジェクト・エムの話かな」
「エム?」
兵がテーブルの向こうから訊ねた。
「あぁ。『ミラー Jr』、『メトセラ』、どっちもエムだろ?」
「なるほど。その呼びかたもいいかもしれませんね」
教父が応えた。
「それなんですが、すこし進展がありました」
教父はポケットから端末を取り出した。
「これは?」
「私の端末です。私があの連中に渡すと思いますか?」
「まぁ、渡さないだろうな」
私は笑顔を浮かべようとした。
「職業特権とも言えるかもしれませんが。連中も強くは言わないんですよ」
教父は笑った。
「それで、軍からあの掲示板の本来の使いかたを聞きまして。一日何回かですが、端末に一気に通信が送られるんですよ。こちらからも、もちろん送れます」
「連中はそれを知っていて?」
連中が端末を集めた理由はそれだろうか。
「いえ、それはないでしょう。説明をする前に集めていましたから」
「では、これからでも説明をしてみたら?」
兵は首を横に振った。
「考えどころですが。どういう状態であるにしても、この避難所は落ち着いているとは言えます」
私はうなずいた。
「そこにこの情報を出すと、どうなるか。避難者を保護するのが私たちの役割です。できるなら混乱は避けたい」
「もちろん、それは先生の考えややりかたからはズレるものだとは思います」
教父と兵、あるいは軍はそこも話した上で、私を呼んだのだろう。ひとまず私はうなずき、左手の掌を上に向け、続きをうながした。
「エムははじまりました。他の避難所の教父たちからも科学者たちからも賛同をもらって。ですが、先に先生と話した懸念はもう現実になっています」
「連中の組織化も進んでいたわけか」
「えぇ。ですが汚染地域から集めることについては、あまり問題ではありません」
そこで教父は兵を見た。
「軍の協力があります。この点は連中よりも有利でしょう。しかも汚染地域の外にも中にも、教院は存在します。避難所という、連中の目にとまりやすい場所に集めるよりもいくらかは……」
「ですが、組織化が問題です」
兵が話を継いだ。
「どちら、というか。どれが話を持ちかけたのか、あるいは持ちかけられたのか、それはわからないのですが。テロリストが連中の中核になりつつあるようです」
「テロリストにとって、そんなことがどういう意味があるんだ?」
「テロリストという言葉がわかりにくくしているのかもしれません」
私はそう言った教父を見た。
「つまり、原理主義者と言ったほうがいいかと」
「教えの書トリロジーの原理主義者?」
「はい」
「その連中が考えているのは、どういう?」
「簡単に言えば、紀元前後にまで文明の段階を引き戻すことです」
すこしばかり整理が必要だった。
「産業革命の前くらい、ルネサンスより前、そして紀元前後ということか?」
「はい。それに付け加えると、すべての技術を捨てるという一派も」
またしばらく時間が必要だった。この動かない脳が恨めしく思える。
「なぜ、どうしてそこまで技術を放棄したがるんだ?」
それには教父も兵も答えなかった。
「なぜ……」
もう一度教父と兵を見た。
「あの課長という人はこう言っていたそうです。『原子炉など持っているなら、核燃料はそのまま核弾頭に使える』と」
教父はそう答えた。
「それは違う。それに、今、起きていることとも違う」
「えぇ。ですが、そういうことなのだろうと思います」
「私たちも軍で一定の教育は受けています。そうでないことはわかります。ですが、おそらくはそういうことなのだろうと思います」
「つまり、知らないから拒絶すると?」
「えぇ、言ってしまえば」
教父のその言葉は納得できるものではなかった。
「なら、学べばいい。それだけじゃないのか?」
「先生、それは違うんです」
兵の言葉に顔を向けた。
「私たちは、軍で任務として訓練を受けます。否応なしに。理由はともあれ、ともかく望んで軍に入ったのですから。軍に限らずとも、訓練や学ぶことを望んで行なう人々はいます。ですが、それが全員ではありません」
兵のその言葉を考えてみた。だが、私には理解できなかった。顔を見る限り、兵も教父も同じ思いではあるのだろう。仮に科学技術ではなかったとしても、訓練し、学ぶことが、ここにいる三人の根っこには染み付いている。
「エムは、」
私は訊ねた。
「いつごろから準備されていたんだ?」
「冷戦のころから」
教父は笑って答えた。
「そのころから備えて?」
「備えていたというのとは違いますね。懸念だったというところでしょう」
「それが現実になったのか」
「えぇ。予想とは違う形でですが」
「まぁ、違うだろうな」
私はまた教父と兵を見た。