2−2: 大学課長と軍
「こういうときだからこそ、秩序正しく行動しましょう」
何日かそう言い続けてきた。
「しばらくは、軍や警察が指示する秩序に正しく従いましょう」
やはり何日かそう言い続けてきた。
「そこで提案があります。個人の端末を、軍に提出してはどうでしょうか?」
やはり何日もそう言い続けてきた。
「なにも没収ということではありません。流言飛語にまどわされ、秩序を破ることがないようにということです」
たった何日かで、ここでは私が望む秩序が作られつつあった。
次は軍だ。避難者に割当てられた通信時間では同士を見付けるのは難しかった。だが、避難からずいぶん早くに軍が避難者向けに設置していた大型ディスプレイを用いた伝言板システムがあった。避難者が通信時間に話した内容が文字になり、それがディスプレイに表示された。そして見付けた。
私は表示されていたその内容を書き写し、それを持って軍の通信の詰所に乗り込んだ。
「私には連絡をとらないといけない相手がいる! 通信時間をよこしたまえ!」
機器の横で待機していたのだろう青年が立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「それは皆さんおなじです。ですからすこしでも連絡がとれるように掲示板のシステムを導入しているんですから」
「他の連中の連絡などどうでもいい! 私に必要な通信こそが、何より大切なんだ!」
「それに何だあの掲示板は! 通信の秘密が守られていないじゃないか! 軍が聞いて書いているんだろう!」
横から法務博士が言った。
通信にあたっていた兵は、法務博士を見た。
「本気でそう思っているんですか?」
「何がだ!」
「まぁ、いろいろですが。あえて言うなら『軍が聞いて書いている』というところでしょうか」
「何が違うのか説明してみろ!」
今度は私が応えた。
「あれは計算機上の音声認識システムが、声から書き起こしたものです。各地に音声とともに、あのデータも送られています」
「つまり盗み聞きしているんだろう!」
「あぁ、まぁ、言いかたによってはそうですね。ですが掲示板に表示するというのは、いい方法だと思いますが。いっぺんにいくつもの伝言を表示できますし、その表示のループもできますし……」
そこでその兵は私たち二人を交互に見た。
「あぁ。あなたたちが個人の端末を没収して周っていなければ、あの掲示板はもっと便利な使いかたができるんですが」
その余裕、その目、その笑いは、私に連中のそれを思い出させた。
「流言飛語がないのは誰のおかげだと思っている!」
「誰のおかげでも。しいて言うなら私たち軍も一役買っているかと」
その兵は落ち着いて答えた。
「軍のおかげだと言ったな!?」
私は一歩踏み出した。
「軍が秩序を守っていると言ったな!?」
もう一歩私は踏み出した。
「それを皆に言ったらどうなると思う!?」
その兵は溜息をついた。
「通信時間がご要望でしたね?」
私は無言でうなずいた。
「でしたら、毎日00:30から01:00は用立ててみましょう」
「計算機のシステムは切れよ!」
「まぁ、そういうご要望なら、そうしましょう」
「それともう一つ。今すぐ避難者用の通信を使わせろ!」
「今は、」
兵は腕時計を見た。
「あと25分待ってください。避難者に割当てられた時間になりますから」
「今すぐにと言っているんだ!」
「無理ですよ、第一、第二、第三のすべての通信機器を軍が使っています。そこは待ってください。毎日00:30から01:00まではかならず用立てますから」
ここは折れておいてやってもいいだろうと思う。むしろそのほうが印象も良いだろう。
「わかった。25分後だな」
「えぇ、」
兵は詰所の外を見た。
「もう並んでいますので、その後にお願いします」
私と法務博士は黙って詰所を出た。軍の青年による扱いには苛立ちを覚えた。力が必要だ。力が。
私は列に並んだ。
「君は他の連中と一緒に、あたりを周って本を集め、燃やしてくるんだ」
法務博士はうなずいて、列から離れて行った。
力が必要だ。避難所で持っているものよりももっとはっきりと、そして強い力が。それもこれから手に入るだろう。