2−1: 教父と科学者
今日も、若者の話を横で聞いていた。快活なその言葉は心地良く、そして時折入れられるジョークはたいしたものだった。何回かの話でこれだけの調子を掴むとなれば、ただ学生だったというだけでもないのだろう。実践が足りなかった。それだけのように思う。
親や周囲から、これに参加しないようにと言われた子供もいるようだ。それで参加をやめた人もいれば、それでも参加している人もいる。希望はあるように思う。
話を聞いている人々を見たときだった。教父がその向こうに立っているのに気付いた。教父もそれに気付いたのだろうか。人々の横を通り、こちらへとやって来た。
「先生、すこしお話しがあります」
「私は先生じゃないよ。あなたには何回も言っているけど」
教父は笑みを浮かべ、手招きした。
重い体を持ち上げ、教父について避難所のすみにまで歩いていった。
「先生、軍に頼んで教院の本部と連絡を取りました」
「教院は軍にも影響力があるのか?」
「影響というわけではありませんね、今回は。避難者に割当てられている時間でですから」
「個人の端末ではなく?」
「えぇ。ご存知のとおり、あの二人と賛同者に……」
教父は避難所の中に目をやり、歩き周っている二人に目を止めた。
しばらく教父は二人に目を止めてから、こちらに顔を戻した。
「それで、教院は『プロジェクト・ミラー Jr』を始めることになりました」
「ミラー Jr?」
「えぇ。あるいは『プロジェクト・メトセラ』とも」
私はしばらく考えたが、それがどういうものなのかはわからなかった。どこかで聞いたことがあるとは思う。だが、それがなんだったのか。
「それで?」
「教院が影響を持つ人々すべてが、本とデータの保全を始めます」
「だが、あの二人のような連中は?」
教父はまたあの二人を見てから顔を私に戻した。
「それが問題です。どうやら連中は、避難者に割当てらえた時間以外に、通信時間をもぎ取ったようです」
「それは、他の避難所にも似たような?」
「えぇ、そう考えていいでしょう」
私は教父に聞こうと思うことを二つ、なんとかまとめあげた。
「そうすると、避難所やその周辺にどれほどそういうものが残っているのかか」
「えぇ。ですが、もしあまり残っていない場合……」
「汚染地区からの回収か。それはどうやって?」
教父はしばらく黙っていた。
「教院の影響は小くはありません。軍にも警察にも医療にも。そして装備も」
「だとしても、汚染されているかもしれない本などをどうやって?」
「ひとまずは隔離します。そのあとは除染するか、それともデータとして残すか」
それを聞いて、これまでのデータ保存についての問題を思い出した。
「データとして保存するのは、メディアやフォーマットの問題があると思うが」
「えぇ。データとして残すとしても、急いでプリントアウトや書き写す必要があります。ですが、その結果、また問題が起きる可能性も」
「量の問題? 紙の問題? 思い付くのはそのあたりだが」
「それらももちろん問題ですが。量があると、連中の目にとまりやすくなるかもしれません」
「あぁ」
それがどれほどの量になるのかは想像するのも難しい。
「教院には要塞と言える、いやはっきり言いましょう。実際に要塞であった建物も少なくありません。ですが、それは現在の武力を前提にしたものではありません。しかも今回のようなやりかたであれば……」
「どうにもならないか」
「えぇ。しかも攻撃が繰り替えされるほどに、燃やされなかったとしても、本やデータは特定の場所に集中するでしょう」
負けるとわかっていることなのかもしれない。今、起きているのとは別の戦争をはじめても、それは負ける。
「それでも教院はやるのか?」
教父は笑みを浮かべた。
「教院は負ける戦いには慣れていますよ。ずいぶん科学にやられましたから」
「いや、教院を相手にしたわけでは…… 教義すらを捻じ曲げたエセ科学を……」
「わかっています、」
教父ははっきりと笑った。
「信仰を失なわない科学者も珍しくありませんから」
「そうだな」
「えぇ。先生の状態はすぐによくなるものではないかもしれません。ですが、すこしでも、気休めにでもなればと思いお話ししました」
確かに気休めだろう。だが、乗り越えようとする人々がいる。それは希望だろうか、それとも結局は絶望なのだろうか。
「ありがとう」
そう言い、私は若者のところに戻った。