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4金閣寺

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 四月、五月と二か月を過ごし、良くも悪くも環境に慣れ始める六月。

 本来楽しいものであるはずの席替えのくじ引きで、自分のくじ運を呪うことになるとは思わなかった。

 窓際、一番後ろの席。漫画などで大体の主人公が座ることになる、恐らくほとんどの生徒が垂涎の席。替われるものなら替わってやりたい。むしろ金を払ってでも替わっていただきたい。なりたいと思う人とは遠く離れて、なりたくないと思う人とは隣になったりする、席替えのジンクスなんてクソ喰らえだ。

 一番ではないが美人の隣である。ここまでだとフィンガー5の「学園天国」みたいだ。違う点は、どいつもこいつもこの席を、ただ一つ「狙っていない」んだよ、という点か。赤沢の隣である。誰が好んでこんな席に着こうというのだろうか。「学園天国」ではこのクラスで一番の美人の隣になれないならばグレてしまうらしいが、自分はこのクラスの美人三人に囲まれたのでグレてしまいそうである。

 まず隣に赤沢が座っている時点で良い気がしない。右斜め前には山根が椅子の上で胡坐をかいているし、さらに何とも悪いことに、すぐ目の前の席には篠目千日紅が座っている。自分の席に座る生徒が生徒なら、これだけで不登校になるかもしれないようなものであったが、そして、これが一番気に食わないのだが、一体どういう確率か、篠目のすぐ前の席ではエラ不細工こと芳賀山が下品な笑みを浮かべているのだ。ここまでくればくじに細工でもしているのではなかろうかという疑いを覚えずにはいられない。

 運命の女神さまよ。

 もうグレちまうよ。


――孤独だって? どうして孤独でなくちゃならんのだ。それ以降の俺についちゃ、附き合っているうちにだんだんわかってくるよ。


 三島由紀夫の「金閣寺」において、柏木が溝口に放った言葉がよぎる。前後の文章を無視して、この言葉だけを解釈するのなら、その人間のことはある程度の付き合いを持ってみなければわからない、だろうか。赤沢とも話してみれば案外仲良くなれるかも、とは、どれだけポジティブになっても思えそうにない。まだトカゲと友好を育む方が簡単とさえ思えた。

 己のくじ運のなさへのやり場のない怒りの矛先が、運命の女神さまに向く。以降神社では一円しか賽銭にしない、と、よくわからない決意を固めていると、五時間目の始業のベルが鳴った。せめて席替えを七限目が終わった後にしてくれたら、とりあえず今日は苦しまずにすまなかったのに。どうして時間のない昼休みなどにくじを回したのか……

 英語構文の廣島先生が言う、テキストの何ページを開いて、の声がやけに鮮明に届き、我に返る。普段うるさい赤沢たちが静かなことに違和感を覚えた。特に篠目に何かをしている様子もなく、また、何かをたくらんでいる様子もない。山根なんかは、珍しいことに教科書を開いているではないか。

 この席は三人の行動が良く見える。篠目の小さな背中もだ。今は何かをされているわけでもないのに、萎縮してさらに小さく見えるその背中は、雨に打たれる子犬を思わせた。もしくはアリクイに巣を突っつかれた蟻か。どちらかといえば後者の方がしっくり来る気がする。鷹に攫われる子猫でも、猫に狙われるハツカネズミでも、ネズミの大群に襲われる小動物でもいい。とにかくその小さな背中は、被捕食者のそれであった。赤沢、山根、芳賀山というシャチに狙われるアザラシ、それが彼女なのだ。食物連鎖において、篠目は三人よりも下にいる。篠目は学級内ヒエラルキーの最下位なのだと、女皇・赤沢は決めなさったのだ。だれも逆らえない。

 やっぱり面倒な席に決まってしまった、と、吐くため息を立てた教科書の影に隠す。赤沢たちが大人しいのは、手紙を書いているからのようであった。赤沢、山根、芳賀山、赤沢……という風に、小さく折りたたまれた紙が彼女たちの間をサイクルしている。憐れな小鹿こと篠目は、その紙片が投じられるたびに肩を震わせて反応していた。

 とりあえず今のところ、実害はなさそうである。このまま何事もないことを祈ろうと思ったのだが、神に祈ったところでそれが叶わないことは先程わかってしまったので、少し迷ったあと、夏目漱石に祈ることにしておいた。明治の大文豪である、なにかしらのご利益くらいあるに違いない。

 しかし数日後、夏目漱石の本はもう買わない、と決意する羽目になった。



 学園天国とかもう知ってる人いませんよね。同年代以下じゃあ。

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