30なし
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。
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とりあえずサイズは合わないかもしれないが、間に合わせにと自分の持っていた体操服を押し付け、資料棚の奥に手を引いて連れて行った。その間、自分は鞄の中からある紙束を取り出す。
しばらくしてから、ちょんちょん、と肩を叩かれる。ぶかぶかの体操服に身を包んだ篠目が、腫らした目で自分を見つめていた。
紙とペンが無いらしく、こちらに身振り手振りで何かを伝えようとするのだが、イマイチ彼女に表現力が無いのか、先程からしきりに行っている招き猫のポーズが何を意味するのかがわからない。
自分は筆箱からボールペンを取り出すと、よれよれぼろぼろの入部届に名前とクラス、住所を記入する。そしてそれを篠目に突きつけると、言った。
「というわけで今日から文芸部員になりました、沙前健次朗といいます。よろしく、篠目部長」
途端、くしゃっと顔が歪み、泣き顔みたいになった彼女の目前に、先程鞄から取り出しておいた紙束を突きつけた。去年度発行の文芸部誌、「すまいる八二号」である。
「この中に載ってる百日紅っていう人の小説が死ぬほど好きなんだけど――今度、機会があれば、紹介してもらえないかな」
そう言うと、彼女は。
篠目千日紅は。
一瞬驚いたような表情を見せた後、困ったように眉尻を下げた笑顔を浮かべてみせたのであった。
その笑顔を見られただけでも、赤沢たちを敵に回すに十分すぎる報酬である。
篠目はこちらに歩み寄ると、自分の右手を取った。サイズの余って指先すら見えていない袖口を懸命に捲って、左手の人差し指をこちらのてのひらに立てる。
『ありがとうございます。』
そして、そのあとも何かを書こうとして――結局、やめてしまった。
余り過ぎて、その七割程度で折れた袖に包まれた両手で、しばらくこちらの右手は握られていた。
その小さな両手は、震えていた。
自分は、この小さな部長を、守らなければならない。
それがいつまでかはわからないが、文芸部員として、彼女のことを助け続けなければならないと、そう思った。
或ル部員ニ送ル恋文、高校二年生の時に書いた分を推敲大学一回生の僕でお送りいたしました。物語は起承転結の起承転で終わりましたが、起承転けつは「起承転欠」でありまして、このあとの「欠」はきっと誰かが幸せになれない物語。執筆は大学一回生のたしぎでお送りいたします。
それでは、今までお付き合いいただきありがとうございました。
この物語が「いやあ良い終わりだ」と思った方は、ここで(もししていれば)この小説のブックマークを外し、続きはお読みいただかぬよう。
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投稿は一週間以内が目標ですがたぶんなんの連絡もなく遅れます()




